見出し画像

第五十五回 課武功男女較射 販馬計大鬧金陵

第五十五回 武功をはかりて男女 射をくらべ、販馬の計もて金陵きんりょう 大いにさわぐ。

 詞に曰く:

 武の教えはまず射から始まり、
 古来これを徳を観る高い技と称してきた。
 孤矢に志が現れ、丈夫は雲を凌いで気を吐く。
 さらに喜ばしいのは、佳人が瞿圃にならい、
 弓馬に熟達して妙技を備えることだ。
 おおむね人意を満たし、世の風もまた異なるものがある。

 まして四方に壘多く、
 目前には営陣の戦場がある。
 出師にあたり旌旗を立てる前に、
 まず計を較べる。
 国土に遊びつつ進退を決し、
 海をかき回し江を翻して天地を驚かす。
 奮い立って踏み進めば、功名は万里に及ぶ。

 ――右、《魚游春水ぎょゆうしゅんすい》の調。

 さて、周世宗が兵を起こして西蜀を討ったとき、蜀主は南唐に救援を求め、使者の王立中おうりつちゅうに書状を持たせて帰国させた。
 ところが途中で向訓しょうくんの巡兵に捕らえられ、都へ送られて裁可を仰ぐこととなる。
 世宗はこれを知って激怒し、ただちに王立中を斬った。
 この件を受けて、世宗は趙匡胤と南唐征討について協議し、朝廷の裁断もすでに定まった。
 そこで軍備を整え、将を選び、兵を閲し、日を選んで出立することとなった。
 この件はしばらく措く。

 一方、陶三春は内職に封ぜられてから、随嫁ずいかしてきた侍女たちを選んで王府の家将に配し、夫婦二人ずつ日替わりで当直に就かせた。
 さらに小婢を四人雇い、房内の雑務にあたらせた。
 配された侍女たちには、三・六・九の日ごとに弓馬や槍刀の稽古をさせ、腕前に応じて賞を与え、励みとした。
 また常々、女たちにこう語っていた。

「私は太后と皇后から厚い恩を受け、検点の職を賜った。これは並のことではない。この恩に報いたいと願うがゆえに、そなたたちにも力を尽くして武芸を学ばせている。
 もし宮中に思いもよらぬ事が起これば、安寧の策を立て、臣下としての万分の一でも尽くせればと考えるからだ。」

 このため陶三春は、朔日さくじつ(ついたち)と望日ぼうじつ(十五日)のたびに必ず入宮して太后と皇后に拝謁し、常に褒賞を受けていた。
 また幼くして母を失っていたため、趙王の母である杜老夫人を母と仰ぎ、賀金蝉がきんせん杜麗容とれいよう韓素梅かんそばいとともに姑や嫂の間柄として呼び合い、気が合って親しく往来していた。
 そのころ杜麗容はすでに匡胤と婚姻を結び、夫婦仲も睦まじく、いよいよ賢さが際立っていた。

 ある日、杜麗容は実母の褚氏ちょしを屋敷に迎え、宴を設けてもてなした。
 さらに家将に帖を持たせて陶妃(三春)を招き、親類一同で酒を酌み交わすことにした。
 ほどなくして陶妃の輿が到着し、麗容と素梅が連れ立って迎え、内堂で対面した。
 陶妃が言った。
「本日、嫂上からお招きを受けましたが、どのようなご用件でしょうか。」

 素梅が答えた。
「姉上のご母堂である褚老夫人がお越しになったので、姑娘にもお会いいただこうと思いまして。」

 陶妃はそれを聞き、対面を願った。
 侍女が褚氏を堂に案内し、互いに顔を合わせた瞬間、双方とも思わず驚いた。
 陶妃は心中で、
「これほど不器量な婦人から、どうしてあのような美しい娘が生まれたのだろう。幼い頃に養子にしたのではあるまいか。」
と訝しんだ。

 一方の褚氏もまた、
「鄭王ほどの英雄が、すでに王位にまで昇ったというのに、どうしてこのような顔立ちで足も大きい女を正妻に迎えたのだろう。腹の中で婚約が決まっていたのかもしれぬ。」
と内心で思っていた。

 やがて双方が礼を交わし、互いに辞譲する。
 陶妃が言った。
「褚老夫人は年長の方。ぜひ上座にお上がりください。私が拝礼いたします。」

 これに麗容が答えた。
「姑娘は太后の内臣で、爵位も尊いお方です。母のほうから拝礼するのが道理で、年齢をもって礼を拘ることなどできましょうか。」

 すると褚氏は自分の力に任せ、いきなり陶妃を抱えて椅子に上げようとした。
 ところが蜻蛉せいれいが石柱を揺らすようなもので、陶妃は微動だにしない。
 褚氏は驚き、目を見開いて呆然とした。
 そこで素梅が脇から言った。
「お二人がこれほど譲り合われるなら、賓客の礼に従い、常礼だけにしてはどうでしょう。」

 こうして二人はそれぞれ四福の礼を行い、並んで腰を下ろした。
 茶を引いたのち酒宴が整えられ、年長順に座を定め、和やかに語らい酒を酌み交わした。
 この話はここまでにしておく。

 さて、趙匡胤はこの日、鄭恩、高懐徳、韓令坤かんれいこん李重進りじゅうしんら十数名とともに、巳の刻に府邸へ集まった。
 匡胤が言った。
「聖上より南唐征伐の詔が明らかに下された。今日は兄弟そろって、思う存分に酔おう。」

 匡義が続けた。
「今日は鄭王嫂もおられるそうだ。鄭兄は出征なさるのかどうか、早めに一言伺っておくべきだ。もし王嫂が許されぬなら、我らも口裏を合わせて病と称する手もある。」

 鄭恩が笑って言った。
「兄弟よ、冗談はよせ。二哥が行くなら、俺が行かぬ理屈があるものか。」

 高懐亮が言った。
「王嫂はたいそうな剛力と聞く。今日はぜひ腕前を拝見したいものだ。」

 匡胤は笑って、
「人に劣る方ではない。軽く見ると、かえって恥をかくぞ。」
と言い、侍女に命じて陶妃を招き、射を競わせることにした。

 陶妃は家丁を府に戻し、弓の得意な勇婦十人を呼び寄せ、自ら用いる弓矢も運ばせた。
 ほどなくして陶妃は女たちを率いて堂に上がり、匡胤に一礼して言った。
「王兄、どのようなご用向きでしょうか。」

 匡胤が答えた。
「明日、聖上は南唐討伐の詔を下される。皆で相談したところ、王妹を前鋒に推薦したいが、いかがだろうか。」

 陶妃は目を上げ、少し背をかがめて両手を合わせた。
 一同もまた頭を下げ、身を低くした。

 陶妃が言った。
「皆さま、どうか冗談はお控えください。私が臆して行かぬのではありません。ただ、初陣から婦人を前鋒に立てれば、南唐の者に中国には人がいないと笑われましょう。
 加えて職務を帯びております以上、太后のお心に背くことはできません。どうかご理解ください。」

 高懐徳が言った。
「その弁舌は見事で、我らの及ぶところではない。かねて妙技の評判を聞いている。ぜひ一度、教えを請いたい。」

 陶妃は答えた。
「私はまだ学び始めたばかりです。先に立つなど恐れ多いこと。どうぞ皆さまが腕を試され、私は歩いて射ることにいたしましょう。」

 そこで匡胤らは順に射を行い、優劣を比べた。
 一人につき五矢と定め、次々に放つ。
 二矢当たる者もいれば、三矢当たる者もいた。
 ただ高懐徳だけは五矢すべて命中し、趙匡胤、鄭恩、高懐亮はそれぞれ四矢を中てた。

 陶妃はあらかじめ褚氏を招いて着座させ、見物させていた。
 一同が射終わると、陶妃は的場を百歩離れた場所に移し、新たに的を立てさせ、まず褚氏に弓を取らせて射させた。
 褚氏は嬉々として立ち上がり、手に馴染んだ弓を選び、的を定めて五矢を続けざまに放ち、三矢を命中させた。

 続いて三春が弓を取り、矢をつがえて次々に射る。
 四矢は紅心を射抜き、一矢は脇に刺さった。
 さらに女たちを左右から順に射させたが、いずれも一本も外さぬ者はなかった。

 男女の射比べが終わると、皆で大杯を捧げ、座は大いに盛り上がった。
 女たちにもそれぞれ酒が振る舞われ、場は終始なごやかであった。
 その折、高懐徳が口を開いて言った。
「明日、勅命が下って出兵となるが、鄭王兄は行かれるのかどうか、これは状元殿のご判断次第だ。もし行かれぬなら、我ら一同で連名し、代わって休暇を願い出ようではないか。」

 これを聞いた陶妃は顔色を改めて言った。
「兵を養うこと千日にして、用いるはただ一朝。今まさに事あるときに理由をつけて退くなど、臣たる者の道ではありません。そのような言葉で人を惑わせ、軍心を乱すのは不善です。
 私は明日、宮中に参って太后に奏上し、軍法をもって正していただきます。」

 一同は慌てて罪を詫び、
「高兄は酒後の失言に過ぎません。どうかお気に留められませぬよう。」
と取りなした。
 匡胤もまた、
「賢妹よ、どうか愚兄の顔を立てて、寛大にお収め願いたい。」
と勧めた。

 陶妃はそれを聞いて、
「今後は礼を失した言葉を、軽々しく口にしないことです。」
と言い残し、褚氏と女たちを伴って奥へ引き上げた。

 諸侯は皆、肝を冷やしつつ、その才覚にあらためて感服した。

 奥へ入った褚氏は、笑いながら言った。
「陶娘娘はまことに女中の豪傑です。先ほど、あなたほどの才力がなければ、あの男たちに私たちは草芥のように扱われていたでしょう。」

 陶妃は答えた。
「舅母さまほどのお力があれば、誰も欺こうとはいたしません。」
 褚氏が先ほどの件を語ろうとしたが、麗容は醜態を恐れて、急いで目で制した。

 やがて宴はあらためて整えられ、再び席に着いて和やかに酒を酌み交わした。

 外の広間にも宴席が設けられ、諸侯は思い思いに酒を楽しんだ。
 その席で匡胤が言った。
「明日、兵は江南へ向かうが、地の利はいまだ詳らかでない。そこで思うのだが、出兵前に兄弟四、五人で家将を差し向け、良馬百余匹を押し立てて、我らは馬商人に身をやつし、金陵城へ入り込む。
 馬を売る名目で城郭の隙を探り、攻め口を見定めてはどうだろうか。」

 一同は大喜びし、口々に賛成した。
 こうして策は定まり、心ゆくまで飲み明かして散会した。

 翌日、匡胤はこの件を世宗に奏上した。
 世宗は言った。
「朕が好戦というわけではない。だが、先に劉崇を討ったのも、彼が我が疆界きょうかいを侵したからであり、今また蜀を征する我が軍を襲おうとしている。
 これを討たねばならぬのは道理だ。卿らにすでに定策があるなら、京へ戻り次第、兵を興すがよい。」

 匡胤は勅命を受けて帰宅し、ただちに白銀千両を用意し、勇健な家将十数人を選んだ。
 そして辺境の張光遠、韓通のもとへ赴き、馬百余匹を買い付け、期日までに都へ届けるよう命じた。
 家将たちはその日のうちに出立し、半月ほどで馬を連れ帰ってきた。

 そこで匡胤は、鄭恩、高懐徳、韓令坤、李重進の五人とともに、遼国の官商に扮し、遼の公文書を偽造して名を記し、身分の証とした。
 その日、一行はそろって汴京を発ち、江南を目指した。

補足。
 遼朝と南唐朝は通好していますからね。
 そして南唐を兄としての礼をし、馬などをよく献じていました。

 道中数日を経て、やがて金陵城に到着した。
 馬を城内へ引き入れ、帥府の中軍に届け出ると、中軍はこれを元帥の劉仁贍りゅうじんせんに報告した。
 仁贍は大いに喜び、
「わが朝はまさに用兵を控え、馬を待ち望んでいた。遼の商人の馬は、まず五日間は自由に売らせ、残りは時価で見積もり、帥府から銀を支払おう。」
と言い渡した。

 届け出を済ませたのち、馬には城内で売買の札が立てられた。
 金陵の富豪たちは毛並みの良い馬を選び、武官たちは骨格の強い馬を選んだ。
 日中、匡胤らは馬を売るふりをしながら、ひそかに城郭を見て回り、攻撃や防備の要所を一つ残らず胸に刻み込んだ。
 夜になると、馬を城外の野に連れ出して草を食ませた。

 五日も経たぬうちに、馬は大半が売れ、残りは劉仁贍の命で中軍が時価でまとめて買い上げた。
 馬代は合わせて八百余両となり、全額が揃い次第、支払われることになった。

 まさにこうである。

 龍虎を羊犬と見誤り、
 都城を騒然とさせることになろうとは。

 一行は帥府に届け出てはいたが、飲食と宿泊は別の宿で取っていた。
 馬の取引がすべて終わると、客店に戻り、零売(バラ売り)で得た銀をすべて取りまとめた。
 二十両を残して酒保に渡し、
「料理と酒を十分に整え、できるだけ盛大に用意せよ。残りは帥府から銀が下りた日にまとめて清算する。」
と命じた。

 店主は銀を受け取り、大喜びで上等の宴を整え、夕刻になると一行を二階の座敷に招いた。
 楼上には紅灯がともり、きらびやかに輝いている。
 窓の外を見れば、広い通りの両側の店々にも紅灯が掲げられ、夜市で賑わっていた。
 ここは金陵随一の繁華な場所で、まさに見事な眺めであった。

 諸侯はこの光景に酒興をそそられ、龍が虎を呑むかのように飲み続け、夜更けになってようやく各自の部屋へ戻った。
 このとき鄭恩はすでに泥酔し、先に寝入ってしまった。

 匡胤はひそかに皆と相談した。

「我らは地の利を探るために来たが、まだ十分とは言えぬ。明日もう一度、街を見て回りたい。だが鄭恩を連れて行けば、騒ぎを起こしかねない。何とかして彼を外さねばならぬ。」

 一同はうなずき、妙案だと称え合って休んだ。

 翌朝、諸侯は早く起きたが、鄭恩はまだ眠っていた。
 匡胤は家将に命じ、店主へこう伝えさせた。
「朝食には焼酎一壺と、白湯を四壺、必ずそろえて出せ。間違いは許さぬ。」

 店主は承知して、まず洗面用の湯を四盆運び入れた。
 一同は顔を洗い、先に点心を食べ始めた。
 ちょうどそのころ鄭恩が目を覚まし、身を起こして目をこすりながら、
「いい酒だ、いい酒だ。朝になってもまだ酔いが残っておる。」
とつぶやきつつ、用を足しに出て行った。

 戻ってきて、皆が点心を食べているのを見ると、
「お前たちだけ先に食うとは、水くさいではないか。」
と言う。

 皆は笑って、
「呼んでも起きなかったのはお前だ。ほら、桶の湯もまだ熱い。ちゃんと待っていたぞ。」
と返した。

 鄭恩は湯で顔を洗い、卓につくと、
「もう皆は腹いっぱいだろう。では俺が皿を空にする将軍になろう。」
と言った。

 一同は大笑いして、
「それは淨盤じょうばん将軍ではない。食いしん坊大王だ。」
とからかった。

 やがて店の小僧が朝膳を運び入れ、焼酎一壺と白湯四壺が並べられた。
 その酒壺には目印が付けられていた。
 皆はそれぞれ水壺を手に取り、酒壺だけを鄭恩の前に置いた。
 鄭恩は酒があれば満足で、真假を見分けるはずもない。
 互いに注ぎ合いながら飲むうち、三、四分ほど酔いが回ったところへ、さらに小僧が二壺を追加した。
 皆から三杯、五盃と次々に勧められ、あっという間に鄭恩は酔いの境地に送られ、前後不覚となった。

 家将がこれを寝台に運び、寝かせつけた。
 一同は軽く食事を済ませると、家将たちに言い含めた。

「鄭爺が目を覚まして尋ねたら、馬代を受け取りに帥府へ行ったと伝えよ。」
 家将たちは命を受け、うなずいた。

 諸侯たちは新しい袍服に着替え、乗馬を整えると、そろって宿を出た。
 たてがみをつかんで鞍に飛び乗り、そのまま三山街へ向かい、紫金山しきんざんの方へと下って行く。

補足。
 紫金山はたしかに金陵=南京市の北東にある山なので、この話の文脈は間違ってないのですが、実はこれから始まる淮南戦役にも激しい戦闘が繰り広げられた紫金山があります。
 淮水の南岸、寿春を流れる淝水との合流点ほどにある八公山をそう記しているのです。

 見れば、どの家もにぎわい、どの店も戸を開き、幌を高く掲げているのは茶屋や酒肆しゅしである。
 目に映るのは繁華そのものの景色で、人々の物腰は柔らかく、尽きることのない美しさがあり、汴梁にも勝るほどであった。

 一行が城門を出て四方を見渡すと、まさにこうである。

 歌と笛の音は楼台に細く流れ、
 鞦韆しゅうせん(ぶらんこ)のある庭は夜深く静まり返る。
 まことに青山緑水、翠柏蒼松すいはくそうしょう
 緑の絨毯が地を覆い、紅の錦が枝を染め、
 水は天の色と連なって晴光に美しく、
 山は雲霞と接して万丈にそびえ、
 実に壮観というほかなかった。

 人々は東へ西へと巡り歩き、遊山を装いながら、ひそかに地形を観察した。
 城壁は高く大きく、きわめて堅固で、攻め入る隙は見当たらない。
行き交う者に怪しまれぬよう、わざと声高に、
「なんと見事な土地だ。国は豊かで民も潤い、我ら大遼の辺塞とは大違いだ。本当に良い所だ。」
などと語り合いながら、目だけは油断なく周囲を探っていた。

 さらに鳳凰台門のあたりまで来ると、そこだけは四方が手薄で、脇に一本の小径が外へと通じており、水路もあって、大軍を通すことができそうであった。
 ここには陣を張れる、この場所なら攻め口になる、と心中で次々に見当をつける。

 そうして見回っているうちに、遠くから人だかりの騒がしい様子が目に入った。
 諸侯は馬を進め、目を凝らして見ると、そこには擂台らいだいが設けられていた。
 台上には灯が掲げられ、彩りが施され、絹や金銀の賞品が数多く並べられている。
 台下には大きな掲示板が立ち、こう書かれていた。

「南唐主の御下命により、威鎮金陵いちんきんりょうの教師・李豹りひょうが告ぐ。
 勅を奉じ、ここに擂台を設け、天下の英雄を募る。
 武芸を比べ、もし拳を一つ当てられた者には銀五十両、元宝一個、絹十反を与える。
 脚を一つ当てられた者には銀百両、元宝二個、絹二十反を与える。
 さらに武芸高く、完全に勝ち抜いた者には、教師の位を譲り、争いはしない。
 死を恐れる者は台に上がるな。
 死を恐れぬ者は、命を賭して上がって来い。」

 諸侯はこれを読んで言った。
「なんと大胆な。あれほど大言を吐き、天下を侮るとは、どれほどの腕前か、一度会ってやろうではないか。」

 ほどなくして、台上に一人の好漢が姿を現した。
 なるほど英雄の風格で、装いも実に勇ましい。

 頭には刺繍入りの紅い戦巾、
 身軽な緑綾の短衣。
 腰には真紅の絹帯、
 杏黄色きょうおうしょくの刺繍ズボンは新しい。
 黒綾を脚に巻き分け、
 多耳の麻鞋まあいを足に履く。
 台の中央に独り立ち、虎のように睨み、
 威を揚げ武を誇って気勢を示す。

 台下には、花拳繍腿かけんしゅうたい(みせかけ)ばかりの若公子や王孫が並んでいたが、誰一人として上がろうとしない。
 李豹は大声で叫んだ。

「台下の者よ、三教九流を問わず、英雄豪傑で、我に拳一つ脚一つでも当てられる者があれば、掲示の通りその場で与えよう。さらに威鎮金陵の名も譲る。死が怖ければ命を差し出すな。怖くなければ、上がって来て教えを受けよ。」

 これを聞いた匡胤は、
「なんという大口。目中に人なしとはこのことだ。誰か、上がってあの者の腕前を試す者はいないか。」
と言った。

高懐徳がすぐに応じた。
「不才ながら、小弟が上がって手合わせしてみましょう。」

匡胤は大いに喜び、
「賢弟、くれぐれも油断するな。」
と声をかけた。

 懐徳はうなずき、馬を下りると、鸞帯らんたいを解き、錦の箭衣を脱ぎ、内に着ていた黄綾の短衣姿となった。
 帯を締め直し、頭巾を整える。
 これを見た者たちは、
「見事な男だ。台上が勝つか、台下が勝つか。」
と目を見開いて見守った。

 こうして高懐徳が台に上がったが、その勝負はしばらく措く。

 さてそのころ、鄭恩は宿で酒を飲まされ、昼近くまで眠り込んでいた。
 目を覚まして外を見ると、皆の姿がない。
 家将に尋ねた。
「皆はどこへ行った。」

 家将は答えた。
「帥府へ馬代を受け取りに行かれました。」

 鄭恩は聞いて、
「なんだと。どうして俺を待たずに行った。」
と叫び、慌てて跳ね起き、馬も用意せずに宿を飛び出した。
 家将は止めることもできず、ただ見送るしかなかった。

 鄭恩は帥府の門前まで来たが、中へ入る勇気はなく、辺りをきょろきょろと見回していた。
 すると中から当直の者が出て来たので、手を合わせて声をかけた。
「兄貴、ひとつ尋ねたい。今日は馬商人が代金を受け取りに来たか。」

 当直の者は鄭恩の風貌が異様なのを見て、大遼の者かと思い、丁重に答えた。
「馬商人は今日は来ておりません。」

 鄭恩は心中で、
「これは妙だ。馬代を受け取りにも来ていないなら、半日もどこへ行ったのだ。きっと俺が口うるさいから、隠して出かけたに違いない。」
と思った。

「まあいい。暇なのは同じだ。俺もぶらついてみるか。追いつくかもしれぬ。」
 そう決めると身を翻し、城門を出て前へ進んで行った。

 さて、高懐徳は台に跳び上がり、名も名乗らず、互いに衣を整え構えを取った。

 一人は金鶏独立きんけいどくりつの構え、
 一人は抱嬰ほうえいの構え。
 こちらは猛虎離山、
 あちらは蛟龍出海。
 一方が迎風にすくい、
 一方が双拳で顔面を襲う。
 行きつ戻りつ攻め合うが、どちらも決定打を与えられない。

 懐徳は心中で思った。
「この男、武芸は確かに高い。策を用いねば勝てぬ。」

 そう決めると、わざと拳を空振りさせ、回龍敗勢を装ってゆるりと身を引いた。
 李豹はそれを真に受け、勢いに乗って詰め寄り、両手で掴みにかかる。

 懐徳は身を低くしてかわし、脇の下を抜けて背後に回った。
 まさに、忙しい者は会得せず、会得した者は慌てない。
 懐徳は一気に李豹の腹巻きをつかみ取った。
 李豹が振り返ろうとした瞬間、素早く左脚を取る。
 腹巻きを放したかと思うと、今度は右脚をつかんだ。

 李豹は踏ん張れず、懐徳に捕らえられ、逆さまになって台下へ放り投げられた。
 ちょうどその時、鄭恩が息を切らして駆け込んできた。
 汗を滝のように流しながら擂台に向かい、人垣をかき分けて前へ出る。

 顔を上げると、懐徳が台上から人を投げ落としたところであった。
 鄭恩は雷鳴のような声で叫んだ。
「おお、高兄弟、楽子がくしが来たぞ。」

 その一声は、まるで青天に霹靂が落ちたかのようで、周囲は騒然となった。
 鄭恩は事情も問わず前へ突進し、胸元めがけて数脚蹴り込み、相手をその場で蹴り殺してしまった。

 人々は李豹が死んだのを見るや、どっと声を上げた。
「大変だ。白昼堂々、人を生きたまま打ち殺したぞ。逃がすな!」

 趙匡胤たちは高懐徳の勝負を面白がって見ていたが、鄭恩の叫び声が聞こえ、さらに李豹が蹴り殺されたのを見て、
「しまった。またあの黒い奴が災いを持ち込んだ。」
と顔色を変え、慌てて鄭恩を引き留めた。

 鄭恩は言った。
「二哥、お前たちが俺をだまして遊びに来ていたとは、ここにいたのか。」

 匡胤は返事もせず、懐徳に合図して台から降ろし、馬に乗せた。
 そのまま引き返そうとしたが、李豹の家人や弟子たちが、懐徳が李豹を台から投げ落とすのを目撃しており、面目を失って助けに向かおうとした矢先、黒い大漢に蹴り殺されるのを見て、

 一方では飛ぶように城内の帥府へ駆け込み報告し、
 一方では武器を手に取り、諸侯たちをぐるりと取り囲んだ。

 人々は声を張り上げた。
「ちょっと待て。清平の世で人を殺して、どう説明するつもりだ。」

 諸侯は答えた。
「これは無闇な喧嘩ではない。擂台もあり、大言牌もある。これを持って行けば自ずと分かることだ。何をそんなに慌てる必要がある。」

 そう言って馬を進め、城内へ入るふりをした。
 周囲の者たちは、この一団が只者ではないと見て、敢えて阻まず、ただ遠巻きに取り囲むだけであった。

 一方、城へ知らせに入った家人たちは帥府に到着し、大堂の前で、ちょうど元帥の劉仁贍が軍議をしているところへ跪いて報告した。

「ご注進申し上げます。大変なことが起こりました。家の主人は勅命を奉じて大言牌を立て、天下の英雄と打擂をしておりましたが、三か月もの間、敵はありませんでした。
 ところが本日、どこからともなく雄々しい大漢が四、五人現れ、容貌も恐ろしゅうございました。そのうち一人が台に上がり、数合の末、主人を台から投げ落としました。
 そこへ黒顔の大漢が人垣から飛び出し、数脚蹴って主人を殺してしまいました。小人どもでは捕らえきれず、急ぎ元帥様にご報告申し上げた次第です。」

 劉仁贍がまだ言葉を返さぬうち、李豹の兄・李虎りこがそばで聞き、弟が殺されたと知るや、胸を打たれる思いで涙を流し、進み出て跪いた。

「どうか元帥、兵をお出しください。小将が先頭に立ってあの凶徒どもを捕らえ、弟の仇を討たせてください。」

 仁贍はこれを許し、精兵三千、副将四人を発し、李虎とともに城外へ向かわせた。
 ちょうど鳳凰台のあたりで諸侯たちと行き合い、兵たちは声を上げて四方から取り囲み、
「強賊を逃がすな!」
と叫んだ。

 諸侯は馬上から迫る兵を見て、手に武器もなく、皆が心を乱した。
 鄭恩は切羽詰まって機転を利かせ、道端に並ぶ柳の木を見ると、救駕の場で棗の木を引き抜くような勢いで、ほどよい太さの柳を一本引き抜き、手にして振り回した。
 匡胤は鸞帯らんたいを解き、風にひるがえすと、たちまち神煞棍棒しんさつこんぼうに変え、前へ打ちかかった。

 そこへ李虎が馬を駆って突進し、
「死に損ないめ。弟の命を返せ!」
と罵り、刀を振るって斬りかかった。

 匡胤は棍を掲げて迎え撃ち、十合も経たぬうちに、一棍で李虎を馬下に打ち落とした。

 鄭恩はそれを見るや、すぐさま駆け寄り、柳の木を振り下ろして、何度も叩きつけ、李虎を打ち砕いた。
 その勢いで李虎の刀を奪い取り、地を転がりながら乱れ斬りにした。
 李虎の馬は前へ逃げ出したが、李重進が見つけて馬を走らせ、手綱をつかんだ。

 しかし諸侯がいかに英雄といえども、三千の兵に四人の副将、さらに李豹の弟子たちまで加わり、皆が必死で襲いかかる中では、とても持ちこたえられない。
 形勢不利と見るや、
「老黒、行くぞ!」
と叫んだ。

 鄭恩は声を聞いて身を翻し、李重進が
「早く乗れ!」
と呼ぶのを見て大喜びし、ひらりと馬に飛び乗った。

 諸侯は戦いながら退き、官兵に三十里余り追われ、日も傾き、腹も空いてきた。
 まさに危機というところで、道端に一つの廟が現れ、額には「顕真道院けんしんどういん」と書かれていた。
 一同は山門へ入り、馬を下りた。

 すると耳に馬のいななきが聞こえ、皆いぶかった。
 丹墀たんち(院の踊り場)へ進もうとしたその時、廊下の下から十数人の大漢が走り出てきた。
 驚いて目を向けると、それは馬商人に扮していた遼の客、つまり宿で同行していた家将たちであった。
 これを見て、ようやく胸をなで下ろした。

 諸侯が問うた。
「なぜここにいる。」

 家将は答えた。
「小人どもはご命令どおり宿に残っておりましたが、正午ごろ鄭爺ていやが目を覚まし、王爺方の行き先を尋ねましたので、馬代を取りに行かれたと申しました。
 すると鄭爺は宿を飛び出しました。止めることもできず、かといって同行もできませんでしたが、これはきっと事が起こると思い、宿代を清算し、荷をまとめました。
 折よく帥府から馬代が下りましたので、宿を出て出立し、事情を探りましたところ、擂台で李豹が打ち殺され、帥府が兵を出して追っていると知りました。
 そこで先回りして城を出て来たところ、この道院を通りがかり、道長どうちょうが引き留め、『申と酉の刻に、必ず王爺方が来る』と言われました。
 言葉に因があると見て、異人と知り、そのまま従った次第です。果たして王爺方がここへお越しになりました。」

 諸侯はこの話を聞き、大いに喜び、その手際を称えた。
「飯を用意してあるなら、早く出してくれ。我らは食べてすぐ立たねばならぬ。追兵が来れば、逃げられなくなる。」

 家将は言った。
「食事はすでに殿上に整えてあります。」

 一同は殿に上がり、腹いっぱい食事を取った。
 立ち去ろうとしたその時、殿の奥から一人の道長が現れた。
 神清らかで骨格も美しく、風采はひときわ抜きんでている。
 諸侯を見るや進み出て言った。
「王爺方、貧道、ここに稽首けいしゅいたします。」

 諸侯は慌てて礼を返した。
 道長は言った。
「ご一行が訪れたとは、この場は立ち話に向きません。清浄な部屋へ参り、ゆるりと語り合いましょう。」

 諸侯は答えた。
「仙長にお引き留めいただいたのはありがたいことですが、災いを招いており、長居はできません。後ろから追兵も迫っております。遅れれば逃げ切れぬ恐れがあります。」

 そう話している最中、外からや太鼓の音が鳴り響き、殺気の叫びが天を衝いた。
 諸侯は肝をつぶし、手足も定まらなかった。

 すると道長は呵々と笑って言った。
「王爺方、なぜそれほど慌てなさる。たかが雑兵、取るに足りるものか。自慢ではないが、千軍万馬が泰山のごとく迫ろうと、貧道が一歩出れば、誰一人として身近に寄ることも、観門を越えることもできまい。隊を成して来ても、必ず敗れ去るであろう。」

 そう言うと、奥へ入って一振りの宝剣を取り、ゆっくりと殿を出て行った。
 ここに一つの伏線がある。
 道院という仙居の地に、血の海と屍の山の兆しが現れ、
 城を争い地を奪う戦いの中で、狼煙と矢刃の傷を受けることになろう。

 まさに、
 寝台は人の熟睡を許さず、
 巣を覆す災いは、我が手にかかって起こる。

 さて、その道人はいかにして兵を退けるのか。
 それは次回に譲ることとしよう。

独語。
 ここのところ真面目な軍記小説が続いていたので、こうしたノリだったのだなぁと改めて思い返す。


いいなと思ったら応援しよう!