カナイと八色の宝石⑤
「カナイ。腕、出して」
カナイが素直に右腕を出すと、シスカははずした腕輪をカナイの右手首にはめた。
「それ、カナイにあげる。お友達と、たくさんお話してちょうだい」
「え? でも、それじゃ」
シスカが動物と話せなくなって、困るのではないか。
そう、カナイが戸惑いの表情を浮かべると、シスカは右手首を上げてみせた。そこには、カナイの右手首を飾っているものと同じ腕輪が輝いている。
「もう一つ持っているから、大丈夫。私、お友達とお揃いの物を持つの、初めてよ」
シスカの言葉に、カナイの頬が赤く染まった。
「私もっ。初めてだよっ」
「明日は、休憩の日なの。カナイのお友達を紹介してもらえたら、嬉しいわ」
嬉しさで舞い上がってしまい、うまく口が開けないカナイは、何度も何度も頷いた。その姿を見て笑い声を上げるシスカの背後から、テンデが「はいはいはいっ」と声を上げる。三人が振り返ると、テンデは布が巻かれた手を伸ばして上下に振っていた。
「休憩の日なら、秘密基地に来ませんか?」
「秘密基地?」
すっかり笑いを収めたシスカは、小首を傾げた。同時に、頭の上で結った金色の髪が揺れる。
「私とシュリとテンデの基地だよ。テンデが騎士になる修行をしたいって言うから、作ったんだ」
「余計なこと言うなよっ」
顔を赤くして怒鳴るテンデに、カナイは舌を出して対抗した。彼女の隣りに座るシュリも「本当のことじゃない」と肩をすくめる。
「騎士に? あなたが?」
顔が赤いままのテンデをじっと見ていたシスカは、カナイとシュリを振り返った。
「カナイとシュリも、一緒にきてくれる?」
「もちろん」
「毎日のように行ってるしね」
カナイとシュリが笑みを浮かべて肯定すると、シスカはもう一度テンデを振り返り見た。
「いいわ。これでも私は、騎士の修行がどういうものなのか知っているの。騎士にふさわしい修行場になっているか、見てあげる」
「よ、よろしくお願いします」
シスカの鋭い目の輝きに怯んだのか。それとも、思っていた答えと実際のものに、ずれがあったのか。テンデの顔からは赤みが失せ、口元は引きつっているようにカナイには見えた。
「騎士の修行を知ってるって。シスカは、見たことがあるの?」
テンデの様子を知ってか知らずか、シュリが口を挟む。それに、シスカは少し考えるように斜め上を見上げた。
「私は首都の出身だから。何度か訓練場に忍び込んだことがあるのよ」
「忍び込んだことがあるって」
ほほ笑みを浮かべるシスカに、今度はシュリが口元を引きつらせた。
その時、外の動物達が一斉に騒ぎ出した。シュリとテンデはぎょっとして、テントの入り口を見た。カナイは腕輪を見下ろした後、同じようにテントの入り口を見る。
「団長さんが来るの?」
「そうよ。団長は動物達から嫌われてるから、怒鳴り声がすごいでしょう?」
シスカがささやき終えたのと、テントの入り口が開いたのは、ほぼ同時だった。四角く開いた入り口には、小太りの男が立っている。彼の背後からは、動物達の声がより一層大きく聞こえる。それがカナイには、『気安くテントに入るなっ』という非難の声だと聞き取れた。きっとシスカにも、同じように聞こえているのだろう。
団長はテントの入り口を閉めると、外に跳ねた口ひげを撫でた。
「みなさん、初めまして。私が団長の、イルーゼでございます。この度は、そこの小猿めがご迷惑をお掛けしてしまいまして、まこっとに申し訳ございません」
謝罪の言葉を口にした団長だったが、どうしたことか、カナイ達には彼が心の底から謝っているようには見えなかった。口ひげを撫でる手は止まらないし、丸い腹のせいか、ずっとふんぞり返っているからだ。
テンデが眉を吊り上げて口を開きかけたが、それより早くシュリが言葉を発した。
「たいしたことはなかったので、大丈夫ですよ。当人もこの通り、元気にしておりますので、お気遣いは無用です。ご心配いただき、ありがとうございます」
シュリが浮かべた笑顔は、カナイとテンデには作り物のように見えた。しかし、団長はそれと気付かず大きく二回頷いて、小さな目をシスカに向ける。
「今後は、気をつけるように」
シスカは姿勢を正すと、「はい」と短く返事をした。それにまた団長が大きく頷いて、テントの中を見回す。それから、鼻から長く息を吐くと、今度はあごを擦りだした。
「見れば、もうシスカはお友達を作ったのかね?」
シスカはカナイを見ると、一つ頷いた。
「はい。明日はお休みなので、一緒に遊んでもらえることになったんです」
「それは良いことだ」
団長は大げさなほど腕を回し、顔の前で手を合わせた。本人としては拍手をしているようだが、あまり音が響かない。
「友人を増やすことは、おおいに結構。みなさん、シスカを頼みましたぞ。では、私はこれで」
団長はつまづきそうになりながら、そそくさとテントを出て行った。動物達からはシスカをいじめていないか心配する声が上がっていたが、徐々に止んでいき、しばらくすると物音一つしなくなった。テントの入り口を見たまま、シュリが口を開く。
「僕達が来る時は、あんなに鳴かなかったのに」
「不思議でしょう? 私も一度、動物達に、どうしてなのか聞いたことがあるの。でも、危ないからって言って、教えてくれなかったのよ」
シスカに振り向いたシュリは、眉をひそめた。
「危ない?」
対して、シスカは一つ頷く。
「団長達は、訪れた場所で何かをしてるみたい。でも、私にも詳しいことは分からないわ。一度、後をつけてみようと思うのだけど」
「危ないまねは止めろ、と言っているだろう」
突然、テントの入り口が開けられる。カナイとシュリは勢いよく振り返り、シスカは目を丸めた。テンデにいたっては、大きな悲鳴を上げて、テントの奥まで後ずさった。いち早く立ち直ったシスカは、テンデを見てため息を吐く。
「あなた、騎士になるんじゃなかったの?」
「ううう、うるさいっ」
顔を真っ赤に染めたテンデは、はいながらシスカに近付いた。しかし、声も体を支える腕も震えていて、いまいち迫力が無い。
一方で、カナイとシュリは、入り口に立つ男から目を離さなかった。動物の鳴き声も無かったし、シスカが慕うほどだから、怖い人物ではないはずだ。しかし、顔の前面を覆う黒い仮面のせいで、彼が冷たい人間のようにカナイには見える。彼女の隣りで、シュリも身を硬くしていた。
