第2章:「普通」になれない息苦しさ。もがき続けた2年間(2歳)
隣に、この子の温もりがある。
それだけで、胸がいっぱいになった。
あたたかい家で、家族みんなで眠れること。
当たり前のはずのその日常が、何よりも尊く感じられ、私は毎晩、感謝しながら眠りについている。
この気持ちは、ココがもうすぐ5歳になる今でも、少しも変わらない。
毎晩、隣で眠るココの寝顔を見ながら、あの日と同じ感謝を、何度も噛みしめている。
もちろん、できないこともある。
周りと比べて、焦りや不安に押しつぶされそうになる夜もある。
そんな時、私は自分に問いかける。
「今、私の手の中にあるものは何だろう」と。
思い浮かぶのは、ココの温もり。
家族の笑顔。
あたたかい我が家。
そして、親身になって寄り添ってくれる先生たちと、いつも隣で「大丈夫だ」と言ってくれる夫の存在。
そうだ、私は一人じゃない。
この感謝を胸に抱きながら、私たちは、もがき続けた2年間へと、静かに足を踏み入れていく。
1. 「できないこと」だらけの世界
1歳を過ぎ、ココとの生活は「できないこと」を突きつけられる日々に変わっていきました。
ココには、乳児期の頃に診断されたPVL(脳室周囲白質軟化症)という脳の疾患があります。早産などが原因で脳の運動神経にダメージを受け、足に麻痺が出る病気です。
診断は受けていたものの、周囲の子が歩き始める1歳を過ぎると、「自力で歩くのは難しい」という現実が、容赦なく突きつけられるようになりました。
それなのに、当時はすぐに専門的なリハビリが始まったわけではありませんでした。
「一刻も早く何かしてあげなければいけないのに、何をしていいか分からない」
そんな焦りだけが募る中で、私はただ「できないこと」が増えていく毎日を見つめることしかできなかったのです。
(※PVLと診断された経緯については、第1章で詳しく書いています。)
経過観察を重ね、ようやくリハビリ施設に通えることになったのは1歳を過ぎてからでした。「早く通わせてあげたいのに」という焦りだけが募る、もどかしい時間でした。
そして、リハビリ、装具、そして眼鏡。どれもココの成長のために必要なものだと分かっている。けれど、何一つスムーズには進みませんでした。
特に、遠視と斜視のために作った眼鏡は、ココにとってただの異物でしかなく、かけた瞬間に投げ捨ててしまう毎日。あの手この手で試行錯誤したのですが、本当に心が折れそうでした。
(※当時の眼鏡との格闘の日々については、こちらの記事に詳しく書いています。)
焦りと不安だけが、雪のように静かに、でも確実に積み重なっていった。
追い打ちをかけるように判明したのが、比較的重い食物アレルギーだった。大豆、卵、乳。毎日の食事作りは、緊張感の連続だ。総合病院の指導のもと、自宅でヨーグルト(乳製品)を0.1g刻みで増やす負荷試験を始めたが、何も食べていないはずの日に、ココの顔や首に真っ赤な蕁麻疹が広がる。ぐったりとするわが子を見るたびに、心がかき乱された。
「どうして? 何がいけなかったの?」
ネットで目にした「乳児期の保湿がアレルギーを防ぐ」という言葉に、また自分を責める。「2ヶ月も保育器に入れてしまったから」「保湿が不十分だったから」と、過去を悔やむ材料はいくらでも見つかった。
2. 唯一の逃げ場所だった、自宅の庭
周りの世界も、私には眩しすぎた。
公園に連れて行っても、活発に走り回る長男と、目が離せないココ。二人の遊び場が違いすぎて、どちらにも十分に対応できない自分に自己嫌悪が募る。1歳から通い始めたこども園でも、周りの子はみんな立って歩いているのに、ココは一人だけハイハイをしている。その姿を直視できず、他の母親たちと目を合わせることも避けるようになっていった。
そんな私の救いは、建てたばかりの自宅の小さな庭だった。
日中はこども園で過ごしていたため、帰宅後の夕方の時間や休日になると、私たちは隙間を見つけては庭で過ごした。「土遊びをすると免疫がつくらしい」という情報を信じ、ここなら、長男も自由に遊べるし、ココも安心して土に触れられる。「今からでもできることがある」。そう思えることが、どん底にいた私の小さな支えだった。
3. 支えてくれた言葉と、小さな「できた」
ココを産んだ総合病院の主治医は、いつも朗らかなおじいちゃん先生。話が始まると少し長いけれど、その言葉一つひとつに優しさが滲み出ている、そんな先生だった。
こども園の0〜1歳児クラスで担任だったA先生の存在も、私の心を温めてくれた。先生は、いつでも心から「ココちゃん、かわいい〜!」と言って、ココに接してくれた。その言葉と表情から「この人は本気でそう思ってくれている」ということが伝わってきて、どれだけ救われたか分からない。園での様子をいつも楽しそうに話してくれ、装具をつけ始めた時には「何かできることはないですか?」と何度も付け方を確認してくれるなど、親身に寄り添ってくれた。「私以外にも、この子を可愛いと思ってくれる人がいる」。その事実が、たまらなく嬉しかった。
そんな温かい人々に見守られる中、1歳半を過ぎた頃の定期健診で、主治医の先生がくれた具体的な言葉は、大きな希望になった。
「あくまで僕の経験則だけどね」と前置きし、先生は言った。
「ハイハイが上手になることは体幹を鍛えることに繋がる。そのうち、すっと立ち上がってバランスを保てるようになると、歩き出すのも時間の問題かもしれないよ」
その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のようだった。(もちろん、成長には個人差があり、ココは5歳を目前にしても一人で立ち上がったり歩いたりはできない。でも、当時はこの言葉が、リハビリを頑張るための大きな希望になった。)
一方で、先生は私の心のケアもしてくれた。「発達の経過は順調ですか?」と、いつも同じ質問を繰り返す私に、先生はこう語りかけてくれた。
「たくさんの赤ちゃんが生まれる中で、PVLの子はよくいるんだよ。赤ちゃんがママを選んでるんだから、あなたは選ばれたと思って、やってあげられることをしてあげればいい。『ここまでやったんだから、ココがどれくらいできるか見せてみろよ』って気持ちでいる方が、ママも納得できるからね」
先生は続けた。「ココちゃんと遊んで、『おかあさんといると楽しい』って思えることが一番大切だよ」。
…それが、一番難しいことだったけれど、目の前のココと過ごす時間を大事にすることを心がけた。
正直、ココが4歳になる目前まで、私は不安すぎて先生の前ですら上手く話せず、いつも言葉に詰まっていた。途中からは、夫が仕事を調整して診察に付き添ってくれるようになった。夫は、ココができていること、難しいと感じていること、そして今後の希望を冷静に整理し、的確に医師に伝えてくれた。
そして、私が泣いているたびに、夫はいつも静かに、でも力強くこう言ってくれた。
「大丈夫だから」
理学療法士である夫は、小児ではなく思春期から高齢者までのリハビリを専門にしてきた。だからこそ、その言葉には確かな重みがあった。
「健康でも不幸な人はいるし、身体に障がいがあっても幸せな人もいる。もちろん、文句ばかり言っている人も。結局は、その人自身がどう生きるか次第なんだよ」
夫は、様々な患者さんの人生に寄り添ってきた。だからこそ、彼の言葉は私の心に深く染み渡った。
「ここは自分で歩けないかもしれない。でも、車椅子でも生活は十分にできる。俺は、そういう人たちをたくさんサポートしてきたから分かる。だから、大丈夫なんだよ」
その言葉を聞いて、私はハッとした。できていないことばかりに目を向けていたけれど、視点を変えれば、できることは無限にあるのかもしれない。夫の言葉は、負のループに陥っていた私の思考を外側へと連れ出し、「大丈夫かも」という小さな光を灯してくれた。
「今日も庭遊びしたの?すごいじゃん!」
「今日は一口食べられたね」。
小さな「できた」を数える練習は、ココのためだけでなく、私自身が生き直すためのリハビリでもあった。
4. 社会の壁と、自らこじ開けた道
それでも、社会の壁は厚かった。
ココに合う支援を求めて役所の障害福祉課へ足を運んだ時、担当者に言われた言葉は今も忘れられない。
「あなたのお子さんに合う場所(療育先)は、ここにはありません」
突き放されたような感覚。重度ではないけれど、健常でもない。そんな「中途半端」な私たちは、どこにも居場所がないのだと思い知らされた。悔しくて、情けなくて、帰り道に一人で泣いた。
でも、このままではいけない。誰も助けてくれないなら、自分で動くしかない。私は自ら相談員を探し、片っ端から連絡を取った。「どこかに、ココを受け入れてくれる場所があるはずだ」。その執念が、やがて「こども園」と「療育」の併用という、新しい道へと繋がっていく。
暗いトンネルの出口はまだ見えなかったけれど、私は自分の足で、一歩を踏み出し始めていた。
(第3章へつづく)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この記事で綴ったのは、出口の見えない暗闇の中で、ただただ必死にもがいていた、一人の母親の心の記録です。
今振り返れば、「少し考えすぎだったかもしれない」と思う瞬間もあります。けれど、当時は毎日が不安で、焦りで、自分を責め続けていました。この正直な気持ちを書き記すことは、私にとって過去の自分自身を認め、受け入れるための大切な作業でもありました。
障がいの有無にかかわらず、子育ての中で、誰にも頼れず、社会からも家庭からも切り離されたような孤独を感じる瞬間は、誰にでもあるのかもしれません。
この体験談が、ほんの少しでも、「こんな風に悩んでいるのは自分だけじゃなかったんだ」と誰かの心を軽くするきっかけになれたなら、これほど嬉しいことはありません
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