車もテレビも持たない生活が、いつの間にか「当たり前」になっていた話
2017年から、単身赴任生活をしている。
気づけば、もうすぐ丸9年になる。
この9年間、実は一度も
**「自分の車を持った生活」**をしていない。
最初の赴任地が関東圏だった。
公共交通機関が発達していて、
「これはもう、車はいらないな」と思い、
家族のもとに車を置いてきたのが始まりだった。
それから関東圏を異動しながら生活しているが、
移動手段はずっと変わらない。
歩く。
走る。
自転車に乗る。
もしくは公共交通機関。
エンジンをかけて、アクセルを踏めば移動できる生活ではない。
自分がエンジンで、自分が動かないと何も始まらない生活を、
気づけば9年近く続けている。
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車がない生活は、不便か?
正直に言うと、最初は少し不便だった。
特に、週末の買い物。
大量にまとめ買いはできない。
リュックやバッグに入る分だけ。
だから、自然と
土曜日と日曜日の2回に分けて買い物に行く生活になった。
行くときは歩き。
時には走り。
自転車で行くこともある。
帰りは、バッグがパンパンになる。
卵や割れ物が入っている日は、さすがに走れない。
そんな日は、素直に歩いて帰る。
でも、割れ物がなければ走る。
今日もそうだった。
昨日は卵を買っていたから走らなかったけど、
今日はなかったので、買い物帰りにそのままジョグ。
こうやって、
**「ちょっとした目的」と「運動」**が、
自然に生活の中で結びついていった。
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今では、
毎朝のランニングに加えて、
週末の夕方はほぼ必ず体を動かしている。
これは「頑張っている」という感覚ではない。
そうしないと、生活が回らないだけ。
車があれば、
「ちょっとコンビニまで」
「ちょっとスーパーまで」
そうやって動かずに済む。
でも、自分の場合は違う。
動かないと、何も手に入らない。
その環境に長く身を置いてきたから、
今ではそれが普通になった。
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そして、もう一つ。
半年前から、テレビのない生活をしている。
理由はシンプルだった。
ほとんど見ていなかったから。
朝の出勤準備のときに、
BGM代わりにつける程度。
それ以外は、正直ほぼ使っていなかった。
それなのに、
テレビがあると、なぜかダラダラしてしまう。
気づけば時間が溶けていく。
「やるべきことは分かっているのに、流される」
その原因の一つが、
自分にとってはテレビだった。
だから、思い切って
テレビを箱に詰めて、家族のもとへ送った。
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車もない。
テレビもない。
一見すると、
「不便そう」「ミニマルすぎる」と思われるかもしれない。
でも、実際の生活は違う。
不便だと感じたことは、ほとんどない。
周りが羨ましいと思ったこともない。
いざとなれば、ロードバイクがある。
片道40〜50kmなら、普通に行ける。
今の生活は、
必要最低限が、きちんと満たされている。
大学生の頃より、
むしろ物は少ないかもしれない。
でも、環境はまったく違う。
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今は、
読書をする。
資格の勉強をする。
ジャーナリングをする。
大学生の頃は、ほとんど本を読まなかった。
今は、意識的に時間を取っている。
物が少ない空間だからこそ、
自分がやりたいことに集中できる。
「何を持たないか」は、
「何に時間を使うか」と、
実は同じ話なのかもしれない。
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車がない。
テレビがない。
自家用車もない。
それが当たり前になった生活。
でもその代わりに、
自分の足で動く時間が増え、
自分の頭で考える時間が増え、
自分と向き合う時間が増えた。
不便さを減らすことよりも、
自分がどう生きたいかに合った環境を選ぶこと。
この9年の単身赴任生活は、
それを静かに教えてくれている気がする。
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今日も、
走って、買い物をして、帰ってきた。
これが、
今の自分にとっての「普通の暮らし」。
そして、
たぶんこれからも、変わらない。
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