名もなき酒をウェルカムバーで part: B
ウェルカムバーの片隅で客を待つその日本酒に、銘柄は何も書かれていなかった。
「こだわりの地酒」と書かれた札だけが、隣席していた。
味が想像出来ない酒と対峙した時に感じる、緊張感と少しのワクワク。それは、異性と知り合い、初めて待ち合わせをする時の緊張感とワクワクに、少し似ていた。
あなたのことが、もっと知りたい。
果たしてどんな、お味かしら。
きっと名もなき安酒だろうと期待せず、緊張の面持ちでちびりと呑むと、それは冷やりと喉を伝わり落ちていく。
存外それは、呑みやすい。
吟醸香こそないけれど、するりと呑める。
サービスでこれなら不満は無い。庶民の僕にとっては大満足で、一気にウェルカムバーの評価が上がる。ただ、他では日本酒の代わりにワインが置いてあったりしたので、ここ酒処新潟の、ご当地ならではなのかもしれない。ウェルカムバーのラインナップは、行ってみてのお楽しみ。

このウェルカムバーを見越して途中のスーパーで買い出しをした、国産豚のスタミナ炒めが神々しい。豚モツとニンニクがコッテリとした甘辛味噌で炒められ、呑みやすい日本酒と、絶妙に合うではないかと確信する。

グラスならぬプラスチックのコップでニ杯も呑む頃には、心地良い酔いが回っている。
日本酒の次を物色すると、さっき買い出しをしたスーパーで気になった、清酒粕を使った八海山の焼酎まであるではないか。
味見をすると、ほのかに吟醸香が香るような優しい味わいの焼酎だ。20年以上の呑兵衛人生の経験と勘で、瞬時にこれはロックだと導き出した。焼酎が入ったコップに、カラオケ屋のフリードリンクコーナーにあるような氷マシーンから、氷を落として席に着く。
透明なプラスチックコップをゆるりと回す。氷同士がぶつかりあって、ガラガラガラと鈍い音を立てながら、透明なアルコールへと、沈み溶ける。
口に含むと、食中酒として丁度良い味わいになっていた。

日本酒で有名な、「獺祭」の焼酎を思い出した。
あのお方は、凄かった。
日本酒を作った酒粕を原料に蒸留され、焼酎にしてもなお「我は獺祭なり」と主張するその味わいは、まさに獺祭帝国の焼酎王。されど日本酒は日本酒、焼酎は焼酎なのだ。
酒粕と日本酒の吟醸香を合わせた様なパンチの効いた唯一無二のあの香りは、僕にはいささかヘビーであった。天空の城ラピュタのポムじいさんが、あの時「わしには強すぎる」と言った気持ちも、今なら分かる。
パズーとシータの様に若かったなら、酔って目をまわして空も飛べただろうか。いや、未成年なら呑んではいけない、熱い想いで匂いを嗅ぐだけにしよう。それだけならば、君を乗せて焼酎王とまわれただろう。
そんな王様よりは、日本酒然とした個性は隠され、焼酎として成立している味わいだ。これならきっと、ポムじいさんも安心だ。
プラスチックコップに焼酎を入れて、次はお湯割りにしてみようかと、お湯のボタンをポチリと押した。
……あれ?お湯が出てこない。
……「ポチリ」……スン。
何度押してもお湯が出てこなくて、フロントのお姉さんに助けを求め、相談した。
説明を聞くと、お湯とコーヒーが出てくるマシーンにはセンサーが付いていて、プラスチックコップでは反応しないという。なんというハイテクマシーンだろうか。
プラスチックでは、お湯で変形してしまうおそれがあるので、安全に配慮した設計となっている。紙コップでないと反応せずに、お湯が出ないだなんて。さすがだ。さすが日本のスーパーホテル‼︎
ビバホスピタリティ‼︎
無事にお湯割も飲み干し、さてさてと次のドリンクを物色すると、なんとトリスウィスキーが隠れていたではないか。これを呑まないなんて礼儀知らずなことは出来ません。呑みます。
でもせっかくだし、ブレンドで冒険してみようと思う。
残念ながらもうこの頃には、思考回路はショートしている。寸前ではない。完全に、事後である。
トリスに梅酒を足して、ソーダ割りでハイボール。梅トリスハイボール。梅トリス。
ここは居酒屋ですかポムじいさん!
酔っ払いの言動である。許して欲しい。
呑むと案外梅酒の甘酸っぱさが勝っている。やってみなければ分からない楽しさだ。
チェイサーを挟んでいないので、ほろ酔いも佳境である。
今日は早く仕事が終わっていたら、新潟駅前に繰り出して、食器でも見て歩こうかと考えていた。
所が仕事が押したので、出歩くのをやめ、ウェルカムバーで軽く一休みしたあとは、部屋で本でも読もうと思っていた。
しかし、そんな予定はどこかに行ってしまい、ただただほろ酔ってしまっている。
果たして、どこまでがほろ酔いと呼んで良いのだろうか。
こんな状態になってしまっては、出来る事などたかが知れている。
「これが最後ね」と自分に言い聞かせ、そそくさと日本酒のボトルへ向かう。すると、なんということでしょう。
さっきまで3割りを切っていた日本酒が、8割りくらいまで補充されています。なんと言うホスピタリティ!
スーパーホテル万歳である。
それなりに日本酒をプラコップに補充して席に付き、僕は最終兵器たる柿の種の封を切った。
part: A
