【短編】『コンピュータが見る悪夢』(転編「計画」④)
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コンピュータが見る悪夢 (転編「計画」④)
すぐさまFBI本部を出て、離れにある資料閲覧室へと向かった。普段は細いアスファルトの道を歩くがそんな余裕はない。前方から走ってくる白いTシャツに短パンを身につけたアカデミー生たちを避けながら、芝生の上をなるべく直線的に歩くことを意識した。午前は実技訓練、午後は座学という日々は、自分の人生には存在しなかった。転職組として、約束されたキャリアの上を歩けることが、むしろ羨ましい限りだった。職を失う心配もないし、ある程度の努力さえすれば、待遇は他の職業と比べても格段に良いものだ。中には厳しい訓練に耐えきれず、FBIを諦める者もいるらしいが、実際には一般職の方がよっぽど過酷だということを教えてやりたい。そもそも就ける仕事すらなかなか回ってこないのだ。
FBIに来る前は、銀行員として働いていた。銀行員と言っても、やっていたことはFBIに近い業務だった。日々、取引における不正や詐欺リスクを調査し、銀行の信用を守るために中長期的な対策を講じていた。いわゆる内部監査部門に所属していたのだ。これまで、何度も横領や書類改竄の証拠を摘発してきた。役員には届かなかったが、業界内ではそれなりの名声を得たと自負している。単独で動くことが多かったため、同僚たちからは恨まれることもあったが、実績の前では彼らも何も言えなかった。言わば自分は敵なしだった。
しかしそううまく人生は運ばないのが鉄則だ。最新鋭のセキュリティシステムが導入されると、次第に内部監査部門の人員が減っていった。まさか自分もその仲間入りをするとは思ってもいなかった。幸い、自分には履歴書に中編小説が書けてしまうほどの量の功績があった。いや、それしかなかった。職を失ったことで痛感したが、突如として到来した新時代にはどこにも仕事がないのだ。路頭に迷った挙句、旧友であるリンダの勧めでFBIにアプライすることを決めた。すると運命は気まぐれな猫のようにしれっと自分の元へと帰ってきた――まるで自分にはやるべきことがあると告げているかのように。順調に最終試験へと進み、晴れてFBIの肩書きを手に入れた。
グループの後方を走っていた一人の若い男が前の生徒の足に引っかかったのか、突然芝生の上で転倒した。サムはその光景を横目で見ながら、心の中で呟いた。どうやらあの生徒の目には自分がFBIになれない未来が"見えている" らしい。他の生徒たちはその男子生徒を助けることもなく、一定の速度で走り続ける。自分も先を急がなければならない。ようやく人通りの少ない芝生をまっすぐに小走りで踏みつけた。
資料閲覧室には誰もいなかった。いつものように真っ白な部屋の中でホモシミュレーターを起動させ、殺されたグレン・モリスという男のプラズモグラフィアを特定する。指先で操作すると、空間に男の感情データが表示される。時系列順、感情モデルごと(レッド・グレー・グリーンなど)、その他キーワード検索やハイライト抽出など、あらゆる方法でデータを調べることができる。その中でサムがよく使うのは時系列順だった。全ての情報を一覧にしてくれるほど便利なものはなかった。安易に機能を使いこなして、重要な感情データを見落としたくはないのだ。
グレン・モリスの感情記録の最後尾を拡大していくと、接続が切れる直前で波が上下し最後は撃たれた衝撃で飛び跳ねているのがわかる。その波からは若干の感情の起伏が読み取れる。起伏と言っても、日常的に起こるものと大差はない。激しく言い合った形跡もない。しかも、男の死因は銃殺だ。死を恐れる暇もなく、あの世に行ってしまったに違いない。
サムはカーソルを少し前に戻して再生ボタンを押す。
23:09:25:34 「誰だお前!」
23:09:31:55 「ここで何してんだ」
23:09:42:13 「おい、冗談だろ? やめろよ。うぁああ」
すぐに記録がゼロに戻った。再度、最後尾にカーソルを合わせ、今度はもう少し前の時間をクリックする。
23:08:45:28 「よっと。どれどれ、そんなに汚くねえなあ。雨が降ったからか」
23:08:54:49 「夜はいいねえ。人もいなくて静かで」
23:09:08:11 「ちょっくらここで一服すっか」
23:09:14:36 「ん? ねえぞ。そうだ、さっき吸ったばっかじゃねえか」
23:09:20:52 「なんだ? 猫か?」
23:09:25:34 「誰だお前!」
23:09:31:55 「ここで何してんだ」
23:09:42:13 「おい、冗談だろ? やめろよ。うぁああ」
男はヴァンの運転手らしい。ルーフを掃除しようとしていたようだ。その一方で、犯人は男を殺す二十秒前に突然現れ、何の会話もなく男を銃殺したようだ。サムは思わず頭を掻いた。それ以外に犯人の情報は全く掴めないのだ。あの配達を見せかけた事件では、殺された側が犯人を認識していたからこそ、犯人を特定できた。しかし、ここまで情報が乏しいとなると、手の打ちようがない――普通なら。上官にしてはいい事件を回してくれた。手の打ちようがない事件ほど自分を興奮させてくれるものはなかった。あの配達員は過去に客と接触していた。だとすれば、このグレン・モリスという男も犯人と出会している可能性がある。ここ一週間の男の感情データを表示させた。サムはランダムに、記録にカーソルを合わせ、再生ボタンを押した。一週間まるまる感情を聞いている時間などない。それは一週間この資料閲覧室に缶詰になることと同じだからだ。
08:41:38:21 「さあさあ、乗って乗って」
08:41:45:43 「いつもかわいいなこの子たちは」
08:42:58:22 「よおし。今日も安全運転でいくぞ」
カーソルを別の場所に合わせる。
15:35:23:54 「はい。わかりました」
15:35:30:24 「もっとゆっくり走れって言われてもなあ。遅延したらしたらで怒るしなあ」
15:35:44:31 「まあ、いつも通り走ればいいや。上はどうせ現場のことなんか何も知らねえわけだし」
15:36:02:31 「よおし。一服して帰ろうか」
カーソルを再度動かす。
11:45:28:45 「お疲れ様です。今日も夜勤ですか?」
11:45:41:18 「そうですか。ご苦労様です」
11:45:52:59 「いやいや、そんな大した稼ぎじゃないですよ。なんせ乗客が子供なんでね。はっはっはっ」
停止ボタンを押す。どこにカーソルを合わせても、出会う人皆プラズモグラフィアには反応がある。
ダメだ。やはりこの方法では見つからない……。仕方ない、最後の手段だ。
サムは男の死亡時刻から一週間遡り、現場から半径十キロ以内で条件を絞り、ホモシミュレーターとの接続が切れたプラズモグラフィアを調べ始めた。最初からこの方法を使えばよかったが、万が一別の事件との関連があった場合、その行方不明の人物との繋がりが見えずに余計に惑わされる結果になる。サムはすでにそのパターンで何度も失敗していた。
〈該当者なし〉
ホモシミュレーターはそう結論づけた。範囲が間違っているのか。それとももっと前の期間に現場近辺で接続が切られたのか。どちらも可能性がある。サムは一度、期間を無制限にして再検索をかけた。
〈該当者一名〉 二〇七一年五月二十日(水) 二十三時二十五分八秒 通信途絶
一件、接続が切られたプラズモグラフィアが検出された。しかし妙だった。表示される時刻は、ちょうどグレン・モリスが殺された直後を示していた。
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