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【短編】『コンピュータが見る悪夢』(転編「計画」③)

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コンピュータが見る悪夢
(転編「計画」③)


「なんだって!」

「――ああ、皆同じ反応だったよ」

 上官は面食らっているサムを見て、予想通りだと言わんばかりに呆れた表情を浮かべた。

 自分としたことが、その可能性を見過ごしていたなんて――。博士が亡くなったことの重大さくらいわかっていたつもりだった。博士が取り組んでいた研究は、どれも世界を変えるる可能性を秘めていた。電子技術を医療に応用し、生命活動が危ぶまれる難病患者を回復させたり、意識ネットの構築計画を公に発表し、インターネットを不要にする未来を示唆したりもしていた。しかしそれらの構想が実現するより先に、「プラズモグラフィア」や「ホモシミュレーター」の開発に成功。だが、それらの国民への導入が人道性に欠けると先進国各国からの批判を受け、結局ノーベル賞の受賞を逃した――研究成果そのものは申し分なかったにもかかわらず。つまり、博士の死は人類の進歩を大きく遅らせるに等しい出来事だった。同時に、FBI公共安全分析課の権威を揺るがしかねない事件でもある。

「犯人はまだ見つかってないのか?」

「……」

 上官は軽く咳払いをして、答えを濁した。

「殺人衝動が関係していると聞いたが……」

 その瞬間、上官の目の色が変わった。

「リンダ、話したのか?」

「いいえ、私はなにも……」

 上官はリンダを睨みつけ、サムの質問にどう答えるべきか迷った。

「どうなんだ? 隠しったって無駄だぜ」

「……」

「犯人は殺人衝動とともに消息を絶ったんだろ?」

「いや――」

 意を決したように、上官が口を開いた。

「殺人衝動が関係しているかどうかはまだ断定できない。今わかっているのは、博士がこの世を去ったこと、そして死亡時のプラズモグラフィアの記録がなぜか消失していること――それだけだ」

「それに、犯人のプラズモグラフィアも特定されていないんだろ?」

「……ああ」

 サムはしばし宙を見つめながら、この事件に必要なあらゆる情報をどう入手するか思案した。それにしても完璧な犯罪防止用に作られたコンピュータシステムが、自分の親が殺される未来を予見できなかったのは――そして父親の死を知ったとて何の悲しみも抱けないことは――皮肉な話だ。

「遺体はどこで発見されたんだ?」

「……研究所の外だ」

「刺し傷や打撲、発砲の痕跡は?」

 サムの核心を突く質問に、これ以上彼の質問に答えてはならないと上官の脳内で即断された。

「まさか捜査するつもりじゃないだろうな?」

「だったら?」

「やめておけ」

「なぜだ?」

「理由はない。命令だ」

「命令? また、ろくに情報を掴めない捜査官に任せるつもりか?」

「彼らは十分に優秀だ。お前より大きな事件を解決している者もいる」

「結果がすべてじゃない。俺なら、奴らより早く犯人を見つけ出す。これは公共安全課の危機なんだろ? なぜ俺を使わない?」

「ダメなものはダメだ」

「また上からの指示か?」

「その通りだ。わかったらいつもの業務に戻れ。新しい依頼もある」

 サムはこれ以上何を言っても無駄だと思い、口を注ぐんだ。

「――撃たれていたわ」

 沈黙を破ったのは、リンダだった。

「おい、リンダ!」

「隠したって仕方ありません。いずれサムだって知ることになります」

 上官はリンダを睨みつけた。サムを呼んだのがリンダだと確信したのだろう。諦めた様子で深いため息を吐く。

「……もういい。勝手にしろ。サム、お前には他に捜査依頼があるんだ。それをおろそかにするなよ? あとこの件には頭を突っ込むな。いいな?」

「……」

 返事をせず、立ち去る上官をサムは横目で見送った。二人だけになったブリーフィングルームに、静かな勝利の空気が漂っていた。上官がなぜ自分に捜査を任せたがらないのかは不明だったが、サムにとってはどうでもよかった。もし殺人衝動が絡んでいるなら、捜査範囲を広げればいいだけのことだ。

「どこを撃たれたんだ?」

 サムは即座にリンダに尋ねた。彼女が検死を担当していることは知っている。

「後頭部に一発。狙い撃ちされた痕跡だったわ」

「プラズモグラフィアの記録は?」

「それが消えてるの……」

「いつからだ?」

「深夜二時三十三分十八秒。死亡推定時刻の約二十四時間前」

「ということは、その時刻は推定ではなく、確定事項というわけだな?」

「そうかもしれないわ」

 サムはデスクに腰掛け、部屋の隅をじっと見つめながら思考を巡らせた。

「もしプラズモグラフィアのデータが盗まれた、あるいは消去されたとすれば、犯人はシステムに入れる内部の人間か、外部から侵入できるハッカーのどちらかだ。記録の改ざんが可能なのは、被害者の死亡と同時に記録が止まった時点からだ。つまり、博士が研究所を出たタイミングで発砲され、同時にホモシミュレーターに不法にアクセスされたと考えるのが妥当だ」

「さすが凄腕捜査官ね」

「これくらい誰でも想像つく」

 リンダは落ち着いた目ででサムを見つめ、こう訊いた。

「……捜査、するのね?」

「……ああ」

「やっぱり、あの殺人衝動の事件と関係しているってこと?」

「それはまだわからない。可能性はあるけどな」

 博士の死があの事件とパターンが同じであることを、サムは内心願っていた。そうでなければリンダを責める理由が生まれてしまう――なんせ電話までかけて夫婦の時間まで遮ってきたのだから。それを避けるためにも、あくまで可能性のひとつとしか答えられなかった。リンダはそんなサムの気持ちを察したように、柔らかく微笑んだ。まるで幸運をもたらす天使のように、静かにその場を後にした。

 サムのデスクには、「サム・スコット 捜査依頼書」と殴り書きされた封筒が置かれていた。先ほど上官が言っていたものだ。封を開けると、数枚の報告書とともに、死亡者の顔写真とプロフィールが添えられている。こんなものホモシミュレーターを見れば済む話だ。いつまでこの課は紙を使う気なんだ……。そう毒づきながら、サムは報告書に目を通した。


【報告書 概要】

死亡/殺害日:二〇七一年五月二十日(水) 時刻:二十三時九分四十八秒

遺体発見場所:テンダーロイン地区オファレル通り六三一番、路上駐車されたヴァンの上

死因:銃撃、胸部に被弾

被害者名:グレン・モリス(五十六歳男性)

服装:黒シャツ、ジーンズ、迷彩柄の帽子

加害者:不明(プラズモグラフィア未検出)


 事件が起きたのは昨晩。博士が亡くなる数時間前のことだった。ホモシミュレーターが導入されて以降、同じ日に殺人事件が複数起こるなど、まずありえない。もしそんなことが起きれば、その導入意義自体が疑われることになる。博士の死が重大なのは間違いない。だが、だからといってこちらの事件を見過ごすわけにはいかない。これもまた、一大事には違いないのだ。そう考えれば、上官がこの事件を自分に割り当てたのも納得がいく。ある意味、それは信頼の証とも言える。そして何より――


犯人は不明。プラズモグラフィアは未検出。


 まさに、サムが求めていた事件だった。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

▶︎続きの【転編「計画」④】はこちら


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