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【読者連動】アトラと虹色の本④コーラルピンク 虹色創作部

「すごい雨だね」

その言葉をかけた瞬間、アトラは自分の鼓動の音が、雨音よりも大きく聞こえた気がした。傘を閉じてバス停を通り過ぎようとしていた男の子が、少し驚いたようにこちらを見た。だけどすぐに、声を落として返してきた。

「うん、びっくりするくらい。服、ぐっしょりだ」

アトラは小さく笑った。自分から誰かに話しかけて、返事をもらったのはいつぶりだっただろう。

男の子の視線が、アトラの腕に抱えられた本に向いた。

「それ……その本、なんかきれいだね」

「うん。読み進めていくたびに、表紙の色が変わっていくの。詩集、みたいな」

開いて見せてみる。彼は少し覗き込んで、目を細めた。

ページには、ひらがなが並んでいた。

しぶきをとばす ながぐつに
てをふり みおくる みずたまり

「あしたも いっしょに あそぼうね

アトラはそっと声に出して読んだ。
読むたびに、胸の奥の何かが柔らかくなる。

「子どもの声って、なんか、かわいくていいね」
彼の言葉にうなずきながら、アトラは思った。
“またね”って言える相手がいること、それ自体があったかいんだ。きっと今の私がいちばんほしかった言葉。

アトラは、ページをめくってみる。

そんなにせかせかしないでと
もう少し息抜きしようよって

紫陽花の葉の上から
ケロケロと蛙が鳴いた

「……蛙が、そんなふうに鳴いてくれたらいいのにね」

アトラがつぶやくと、彼が笑った。

「うちのベランダにもいたよ、さっき。にらまれたけど」

ほんの少しの笑いが交わる。それだけで、世界が変わったように思えた。
今までは雨が嫌いだった。でも、今日は違う。

さらにページを進める。

水たまりの波紋、池のアメンボ、
カタツムリの散歩――
梅雨は「可愛い」が満ちてる

「……雨って、可愛いんだね」

ぽつりと出た言葉に、彼が「うん」と応えた。
「ちゃんと見たら、雨の中にも小さい生きもの、いっぱいいるんだよな」

教室では何も言えなかった私が、今はこんなふうに言葉をつなげてる。
それも、この本と、目の前の彼のおかげかもしれない。

この鬱蒼たる雨露たち
ここに集まれ
ここに集合たる君たちは
光を多く集め
輝きを放ち
潤いのある大地に
導きをもたらすのだ

強い言葉。けれど、それがなぜか心を支えてくれる。
ひとりぼっちでも、地面にしみ込んだ思いは、ちゃんと大地を潤すって、そう書かれている気がした。

そしてもう一つ、静かに滲む詩。

笑みも
涙も
覆い隠して

声なき想いが染み込む土や
春の御霊がそっと宿りぬ

アトラは目を伏せた。何度も泣きたくても泣けなかった夜を思い出す。
でも、言えなかったことも、笑えなかった日々も、ちゃんと意味を持って残るんだ。そう教えてもらえた。

本をそっと閉じる。
そのとき、表紙がじんわりと変化するのが見えた。
銀青、薄紫を経て――
やさしいコーラルピンクへ。

雨粒に濡れたその色は、まるで咲きかけの花のように、どこか恥ずかしそうだった。

バスが到着し、ドアが開く。
アトラは乗り込む前に、もう一度だけ男の子を振り返る。

「……また、話せたらいいな」

彼は驚いた顔をして、それから静かに笑った。

「うん。また、ね」

座席に着いたアトラは、窓の外を見つめながら本を膝に置いた。
本の中の詩たちが、まるで今日の出来事そのもののように感じられて、不思議と胸があたたかい。

誰かに話しかけたこと。
雨が可愛いと思えたこと。
自分の声が、少しだけ届いたこと。

ページの余白には、今日の記憶が静かにしみこんでいった。
そして、コーラルピンクの表紙は、アトラの未来にそっと灯をともしていた。


これは読者と一緒につくる物語
前回はこちら


おまけ

いつか出てくるであろう、フクロウのミミちゃん(くん?)…

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