2030年、カルチャーは市場から逃げる
1. 見つかった瞬間に、市場化される
タトゥー、古着、地下音楽、Quiet Luxury、一点豪華主義。
いま多くのカルチャーは、発見された瞬間に市場化される。
かつては、地下から地上へ出るまでに時間があった。
小さな店に通う。現場に行く。誰かに教えてもらう。失敗しながら覚える。分からないまま、しばらくその空気の中にいる。
そういう時間があった。
古着ひとつ買うにも、どの年代がいいのか、どのタグがどうなのか、何が高くて何が安いのか、最初はよく分からなかった。
地下音楽もそうである。
どこで聴けばいいのか分からない。
誰が重要なのか分からない。
何がかっこいいのか分からない。
分からないまま、少しずつ耳が変わっていく。
タトゥーも、もっと身体に近いところにあった。
どこに入れるのか。
誰に彫ってもらうのか。
その柄をなぜ選ぶのか。
見える場所なのか、隠れる場所なのか。
それは単なるデザインではなく、身体の扱い方そのものに関わっていた。
しかし今は違う。
SNSによって見つかる。
誰かが投稿する。
誰かがまとめる。
誰かが解説する。
そこへAIが入ってくる。
これはどういう意味か。
何を買えばいいのか。
どこへ行けばいいのか。
どう振る舞えばいいのか。
どの言葉を使えば、それっぽく見えるのか。
どのブランドを押さえればいいのか。
どの場所が安全で、どの人が有名で、どの選び方が間違いにくいのか。
そうしたものが、かなり速い速度で翻訳される。
カルチャーは、発見されるだけではない。
発見されたあと、すぐに正しい楽しみ方まで作られてしまう。
ここに、少し怖さがある。
2. 広がること自体は悪ではない
もちろん、カルチャーが広がること自体は悪ではない。
むしろ、広がることで救われる人はいる。
地方にいても、年齢が違っても、近くに同じ趣味の人がいなくても、SNSやAIを通じて、閉じた場所にあった文化へ触れられる。
昔なら見つけられなかった音楽を知る。
知らなかったブランドを知る。
遠い街の古着屋を知る。
自分と似た違和感を持つ人を見つける。
これはかなり大きい。
カルチャーは閉じていれば美しい、という単純な話ではない。
閉じすぎたカルチャーは、人を排除する。
古参だけが強くなる。
入り口が分からず、誰かが近づく前に諦める。
地方にいる人、若すぎる人、年齢が上の人、周囲に仲間がいない人は、入り口にすら立てない。
そういう閉鎖性も、カルチャーにはある。
だから、広がることには意味がある。
検索できることにも意味がある。
誰かが解説してくれることにも意味がある。
AIが入り口を作ることにも、おそらく意味はある。
問題は、広がることそのものではない。
広がる過程で、文脈が消え、参加方法だけが残ることだ。
何がなぜ生まれたのか。
どんな生活や身体や場所から出てきたのか。
誰にとって切実だったのか。
何への反抗だったのか。
何から逃げるためのものだったのか。
そこが薄くなり、型だけが残る。
その時、カルチャーは扱いやすくなる。
同時に、少し死ぬ。
3. 文脈が消え、型だけが残る
市場化されたカルチャーは、分かりやすくなる。
何を買えばいいか。
どの店に行けばいいか。
どのアカウントを見ればいいか。
どのブランドを押さえればいいか。
どう撮ればそれっぽいか。
何を言えば分かっている人に見えるか。
ここまで整理されると、参加はしやすくなる。
しかし同時に、危うい。
タトゥーは、身体や痛みや覚悟から切り離され、スタイルになる。
もちろん、タトゥーが必ず深刻でなければならないとは思わない。
軽く入れるものがあってもいい。
ノリで入れるものがあってもいい。
ただ、本来タトゥーには、身体を変えるという不可逆性がある。
消せる技術があったとしても、身体に刻むという行為には、服を買うのとは違う重さがある。
しかし市場化されると、タトゥーはデザイン集になる。
この位置がかわいい。
この細さが今っぽい。
このモチーフが海外っぽい。
このフォントが雰囲気ある。
そういう選び方に近づいていく。
古着も同じである。
古着には、本来、時間がある。
誰かが着ていた。
どこかの土地を通ってきた。
洗われ、破れ、褪せ、直され、残ってきた。
しかし市場化されると、古着は文脈ではなく正解コーデの素材になる。
この年代を買えばいい。
このブランドを押さえればいい。
この色落ちなら正しい。
このサイズ感なら今っぽい。
もちろん、それは便利である。
でも、古着が持っていた偶然や違和感は薄くなる。
地下音楽もそうである。
現場の空気。
小さな箱の湿度。
音が悪い場所で聴いた時の感じ。
誰が来ているのか分からない不安。
そういうものが、プレイリストや解説動画に変換される。
Quiet Luxuryは、静けさではなく、静かに見えるための演出になる。
ロゴを消す。
色数を減らす。
上質そうに見せる。
分かる人だけ分かる空気をまとう。
しかし、それが攻略法になると、静けさは静けさではなくなる。
静けさのコスプレになる。
一点豪華主義も同じである。
本来は、人生の核だけは妥協したくないという執着に近い。
全身を整える余裕はない。
でも靴だけは譲れない。
メガネだけは譲れない。
カメラだけは譲れない。
そこに人間の偏りが出る。
以前、そのことについて書いた。
しかし一点豪華主義も、広がれば攻略法になる。
どこに一点投資すれば分かっている人に見えるのか。
靴なのか。
眼鏡なのか。
時計なのか。
カメラなのか。
そうなった瞬間、それは偏愛ではなく、見せ方の技術になる。
生活や身体から切り離されたカルチャーは、消費の型になる。
型になると、扱いやすい。
でも、その分だけ軽くなる。
4. 2030年、AIはカルチャー初心者を案内する
2030年には、市場化されたカルチャーの多くをAIが案内するようになると思う。
似合う服。
聴くべき音楽。
行くべき場所。
読むべき本。
使うべき言葉。
入れるべきタトゥー。
買うべき古着。
あなたに合うブランド。
あなたに合うコミュニティ。
そうしたものを、AIがかなり高い精度で提示するようになる。
たとえば、タトゥーを入れたいとする。
AIに聞けば、似合う位置、痛みの少ない場所、後悔しにくいサイズ、流行のモチーフ、避けた方がいい図案、近くの人気スタジオまで出てくる。
古着を始めたいとする。
AIに聞けば、身長、体型、予算、好きな雰囲気に合わせて、買うべき年代、ブランド、サイズ感、合わせる靴まで出てくる。
地下音楽に入りたいとする。
AIに聞けば、最初に聴くべきアルバム、次に行くべきイベント、知っておくべき用語、会場で浮かない服装まで出てくる。
Quiet Luxuryをやりたいとする。
AIに聞けば、色、素材、ブランド、シルエット、避けるべきロゴ、買う順番まで出てくる。
一点豪華主義をしたいとする。
AIに聞けば、あなたの予算なら靴に投資すべきか、眼鏡に投資すべきか、時計に投資すべきかまで提案される。
これは便利である。
迷う時間は減る。
失敗も減る。
恥をかくことも減る。
最短距離でそれっぽい場所へ行ける。
しかし、ここで少し引っかかる。
迷わず参加できるものは、カルチャーというよりサービスに近いのではないか。
もちろん、サービスが悪いわけではない。
便利な入口は必要である。
ただ、カルチャーには本来、もう少し分からなさがある。
5. 失敗する時間が、カルチャーの入口だった
カルチャーには、失敗する時間がある。
変な服を買う。
似合わない古着を買う。
よく分からないライブに行く。
場違いな格好で浮く。
知ったかぶりをして恥をかく。
何がいいのか分からないまま聴き続ける。
高いものを買って、あとから違ったと気づく。
そういう失敗は、効率で考えれば無駄である。
AIが減らしてくれるなら、ありがたい。
でも、その無駄の中でしか身につかない感覚がある。
最初から正解を選ぶと、失敗は減る。
しかし、自分の感覚が育つ時間も減る。
なぜこれが自分には合わなかったのか。
なぜこれは似合わないのか。
なぜこの場所に居づらかったのか。
なぜこの音楽にまだ入れないのか。
なぜこのタトゥーを入れるのが怖いのか。
そういう問いは、失敗や戸惑いから出てくる。
カルチャーに触れるとは、情報を取得することだけではない。
自分の感覚がズレることでもある。
最初は分からなかったものが、少しずつ分かってくる。
逆に、分かったと思っていたものが、急に分からなくなる。
その時間が大事なのだと思う。
便利すぎる案内は、この戸惑いを短縮する。
失敗を減らす。
遠回りを減らす。
恥を減らす。
でも同時に、偶然も減らす。
危うさも減らす。
自分の身体で試す時間も減らす。
カルチャーが持っていた、分からなさの強度が失われていく。
6. AIは文脈を説明できる。でも空気までは持てない
AIは、文脈をかなり説明できるようになる。
この音楽はどこから来たのか。
この服の背景は何か。
このタトゥーのモチーフは何を意味するのか。
このブランドはどういう文脈で語られるのか。
このスタイルは何への反動なのか。
こうした説明は、今後さらに精度が上がる。
それ自体は良いことだと思う。
知らない文化に触れる時、背景を知ることは大事である。
文脈を知らずに表層だけを使うより、知ろうとする方がずっといい。
しかし、説明できる文脈と、その場にある空気は違う。
AIは、ライブハウスの湿度を説明できるかもしれない。
でも、その場で鳴っている音の圧力までは持てない。
古着の年代を説明できるかもしれない。
でも、店の匂いや、店員との微妙な会話や、試着室で似合わなかった時の感じまでは持てない。
タトゥーの意味を説明できるかもしれない。
でも、針が入る時の身体の緊張や、入れたあとに鏡を見る感覚までは代わりに経験できない。
Quiet Luxuryを説明できるかもしれない。
でも、静けさを自分の身体で引き受けられるかどうかまでは判断できない。
一点豪華主義を提案できるかもしれない。
でも、生活の中で本当にそこだけに異常投資する覚悟までは持てない。
AIは文脈を翻訳する。
しかし、カルチャーには翻訳しきれない身体性がある。
その差が、2030年にはかなり重要になる。
7. 地下音楽は検索できても、現場は検索できない
地下音楽は、すでにかなり検索できる。
知らないジャンルも、すぐに掘れる。
関連アーティストも出てくる。
プレイリストもある。
イベント情報も見つかる。
解説も読める。
これは本当に便利である。
しかし、音源にアクセスできることと、現場に入ることは違う。
現場には、音以外のものがある。
誰がいるのか。
どんな距離感なのか。
どれくらい喋っていいのか。
どこに立てばいいのか。
どう振る舞えばいいのか。
なぜこの音でこの人たちは身体を動かすのか。
それは、検索だけでは分からない。
もちろん、現場主義を振りかざしたいわけではない。
現場に行けない人もいる。
地方にいる人もいる。
年齢や仕事や身体の事情で行けない人もいる。
だから、音源や映像やSNSで触れられることには意味がある。
ただ、カルチャーの一部は、現場の偶然に宿る。
そこで誰と会うか。
何を見てしまうか。
何に引くか。
何に惹かれるか。
その偶然は、最適化された案内からはこぼれやすい。
2030年には、音楽への入口はもっと滑らかになる。
でも、本当に強い現場は、検索できる情報の外側に残る。
8. タトゥーはテンプレ化されるほど、身体から離れる
タトゥーは、2030年にさらに一般化しているかもしれない。
すでに昔よりは、かなり見え方が変わっている。
ファッションとしてのタトゥー。
小さなワンポイント。
線の細いデザイン。
海外的な空気。
身体のアクセサリーとしてのタトゥー。
そういう見え方が広がっている。
それ自体は悪いことではない。
身体の扱い方が多様になるのは、基本的には面白い。
ただし、タトゥーがテンプレ化されるほど、身体から離れる危うさもある。
この位置が今っぽい。
このモチーフが安全。
この大きさなら後悔しにくい。
このデザインなら服に合う。
こういう情報が増える。
AIも、その人に合いそうなタトゥーを提案するようになるだろう。
体型、服装、職業、見せたい印象、隠しやすさ、流行、痛みの少なさ。
全部を考慮してくれる。
でも、身体を変えることは、最適化だけで済むのか。
タトゥーには、少し戻れなさがある。
そこに入れてしまった自分と、そのあと生きていく。
その重さがある。
テンプレ化されたタトゥーは、見た目としては整っている。
しかし、なぜそこに刻むのかという問いが弱くなると、身体ではなくデザインの話になる。
カルチャーが市場化されると、身体から離れ、画像に近づく。
タトゥーも、その危うさを持っている。
9. 古着は正解コーデになるほど、時間を失う
古着も同じである。
古着は、本来かなり面倒なものである。
サイズが揃っていない。
状態も違う。
匂いもある。
汚れもある。
誰が着ていたか分からない。
新品のように同じものを探せない。
そこが面白い。
古着には、時間がある。
量産品であっても、誰かの生活を通ってきたあとで、自分の前に来る。
そこには、少し不気味さもある。
しかし市場化されると、古着は正解コーデの素材になる。
この年代のデニム。
このブランドのジャケット。
このサイズ感のスウェット。
この色落ち。
この組み合わせ。
SNSで見れば、正解はいくらでも出てくる。
AIに聞けば、自分の体型や予算に合う古着コーデも出るだろう。
それは便利である。
でも、古着が持っていた偶然性は薄くなる。
たまたま入った店で、よく分からない服に出会う。
サイズが少し変だけど、なぜか気になる。
汚れているけど、妙に強い。
その服の正体がよく分からない。
でも、試着したら戻れなくなる。
そういう出会いは、最適化された提案からはこぼれやすい。
古着は正解に近づくほど、時間を失う。
誰かの生活の痕跡ではなく、今っぽさの素材になる。
そこに少し寂しさがある。
10. Quiet Luxuryは、静けさのコスプレになる
Quiet Luxuryも、2030年にはさらにテンプレ化されているかもしれない。
ロゴを消す。
色を抑える。
素材をよく見せる。
静かに高級そうに見せる。
分かる人だけ分かる空気をまとう。
これも、AIにとってはかなり案内しやすい。
あなたの予算ならこのブランド。
この色を選ぶべき。
ロゴは避ける。
シルエットはこう。
素材はこう。
靴はこれ。
時計はこれ。
バッグはこれ。
Quiet Luxuryの型は、かなり整理しやすい。
しかし、静けさは本来、型だけでは成立しない。
静かな服を着るには、着る人の態度も問われる。
説明しすぎない。
主張しすぎない。
でも消えすぎない。
分かりやすい記号に頼らない。
その余白に耐える。
以前、引き算や静けさが高級に見える理由について書いた。
静けさは、情報量を減らすことではない。
何を残すかを決めることに近い。
しかしそれが市場化されると、静けさはコスプレになる。
静かな人間に見えるための服。
余裕があるように見えるための色。
分かる人だけ分かる側にいるための記号。
Quiet Luxuryは、静けさを求めたはずなのに、最終的にはかなりうるさい自己演出になりうる。
ここにも、市場化の怖さがある。
11. 一点豪華主義は攻略法になると弱くなる
一点豪華主義は、本来かなり人間くさい。
生活全体が整っているわけではない。
全部を豊かにできるわけでもない。
でも、ここだけは譲れない。
靴だけ。
眼鏡だけ。
カメラだけ。
自転車だけ。
椅子だけ。
その一点に、異常な熱量と金を注ぐ。
これは、見栄だけでは説明できない。
人生の核だけは妥協したくないという執着に近い。
しかし、これも攻略法になると弱くなる。
どこに一点投資すれば、分かっている人に見えるのか。
靴なら何を買えばいいのか。
眼鏡なら何を選べばいいのか。
カメラならどれが通っぽいのか。
そういう話になると、一点豪華主義は偏愛ではなくなる。
見せ方の戦略になる。
本来は、生活の歪みとして現れるものだった。
全体は整っていない。
でもそこだけ異常に濃い。
だから面白かった。
しかしAIが、その人に最適な一点投資を提案するようになると、偏りすら整えられてしまう。
あなたの雰囲気なら靴に投資しましょう。
あなたの顔立ちなら眼鏡が効果的です。
あなたの生活ならカメラが良いです。
そう案内される。
便利ではある。
でも、人生の歪みまで最適化された時、それは本当に偏愛なのか。
一点豪華主義の強さは、不合理さにある。
なぜそこにそこまで使うのか分からない。
でも本人にとっては絶対に譲れない。
その分からなさが、魅力だったのだと思う。
12. 地下は検索できない場所ではなく、検索しても分からない状態になる
2030年の地下は、単に検索できない場所ではないと思う。
むしろ、多くのものは検索できる。
名前も出てくる。
場所も出てくる。
解説も出てくる。
参加方法も出てくる。
AIに聞けば、かなり丁寧に教えてくれる。
だから、地下は検索不能な場所ではなくなる。
検索しても分からない状態になる。
情報はある。
でも、空気が分からない。
場所は知っている。
でも、なぜそこに人が集まるのか分からない。
音源は聴ける。
でも、現場の熱が分からない。
ブランド名は知っている。
でも、なぜそれを着る人がいるのか分からない。
タトゥーの意味は説明できる。
でも、なぜその人がそこに入れたのかは分からない。
この分からなさが、地下になる。
つまり地下とは、情報の不足ではなく、文脈の厚みである。
簡単に説明できない。
簡単にコピーできない。
簡単に正しい楽しみ方へ変換できない。
その厚みがあるものだけが、市場から逃げられる。
13. カルチャーは消えない
では、カルチャーは消えるのか。
たぶん、消えない。
むしろ、無数の小さな世界線として発生し続ける。
ローカルな現場。
少人数のコミュニティ。
身体性。
失敗。
土地の匂い。
説明しにくい関係性。
簡単に検索できない場所。
簡単にコピーできない振る舞い。
簡単に正しい楽しみ方へ変換できない空気。
本当に強いカルチャーは、そこへ逃げていく。
市場化されたものは、AIによって案内される。
しかし、案内できないものは残る。
まだ言葉になっていない違和感。
その場にいないと分からない空気。
誰かの生活に深く結びついた習慣。
検索しても出てこない関係性。
そういうものが、次の地下になる。
以前、カルチャーは勝った瞬間に少し死ぬ、と書いた。
その続きとして言うなら、2030年のカルチャーは、死ぬのではなく、見つかりにくい場所へ移動するのだと思う。
14. 2030年の地下
2030年の地下は、場所ではなく状態になる。
暗いライブハウスだけが地下ではない。
小さなブランドだけが地下ではない。
非公開コミュニティだけが地下ではない。
簡単に見つからないこと。
簡単に説明できないこと。
簡単に正しい楽しみ方へ変換できないこと。
その不透明さが、地下になる。
AIがあらゆるカルチャーを分かりやすく翻訳するほど、翻訳できないものの価値は上がる。
誰でもアクセスできる正解より、なぜそれに惹かれるのか分からないもの。
最適化されたおすすめより、偶然出会ってしまったもの。
説明された文脈より、身体で引っかかった違和感。
そこに、人はまた惹かれる。
Quiet Luxuryも、一点豪華主義も、タトゥーも、古着も、地下音楽も、市場化されれば型になる。
しかし、その型の外側で、また別の濃さが生まれる。
15. 結論
2030年の価値は、有名かどうかでは決まらない。
どれだけ多くの人に届いたかでもない。
どれだけ正しく説明できるかでもない。
むしろ、簡単に市場化できない文脈を持っているか。
簡単にAIへ翻訳されない違和感を持っているか。
そこが重要になるのではないか。
市場化されたカルチャーをAIが案内する。
人間は、その外側にある違和感を探しに行く。
便利な案内は増える。
正しい楽しみ方も増える。
でも、カルチャーの強さは、たぶんそこだけにはない。
分からないまま惹かれること。
失敗しながら近づくこと。
自分の身体や生活が少し変わってしまうこと。
そういう部分に、まだ残る。
カルチャーは死なない。
ただ、見つからない場所へ移動する。
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