「美女の隣にデブがいる」は昔の話。メキシコでは美女がデブだった。
「美女の隣には、だいたいちょっと残念な感じの人がいる」
これは、学生時代に友人が放った、人類の真理の一端を突いたかのような言葉である。
主役を引き立てる脇役の法則、とでも言うのだろうか。
光が強ければ影もまた濃くなるように、絶世の美女の隣には、その輝きを増幅させるための「比較対象」が配置されるのだと、彼女は力説していた。
私は「ふうん」と気の抜けた返事をしながらも、妙に納得していた。
たしかに、思い返せばそんな構図をよく目にする。
そして私は、その法則が世界共通だとなんとなく信じていた。
そう、灼熱の太陽と陽気な音楽の国、メキシコに降り立つまでは。
メキシコで私が見た光景は、私のちっぽけな固定観念を、タコスの皮で包んでサルサソースと一緒に丸呑みにしてしまうほど衝撃的だった。

美女の隣に、デブがいないのだ。
いや、いる。
たくさんいる。
そこら中にいる。
しかし、問題はそこではない。
メキシコでは、美女自身が、デブなのである。
誤解のないように言っておくが、これは決して悪口ではない。
むしろ、賛辞に近い。
日本では「痩せていること」が美の絶対的な指標のひとつになっているフシがあるが、彼の地では、豊満な肉体こそが生命力と魅力の象徴であるかのように、女性たちが堂々と、そして誇らしげに街を闊歩している。
その丸々とした腕、豊かな腰つき、自信に満ちた笑顔。
彼女たちは、日本の価値観でいうところの「肥満」というカテゴリーに属するのかもしれないが、同時に紛れもなく「美女」なのだ。
生命が、そこら中で爆発していた。

それにしても、である。
なぜ、メキシコ人はかくも豊満な肉体を維持できるのだろうか。
いや、維持というか、どうしてそこまで大きく育つ環境にあるのだろうか。その謎を解き明かすべく、私のささやかな冒険が始まった。

まず、答えは非常にシンプルな場所にあった。
スーパーマーケットである。
メキシコのスーパーは、カラフルで、陽気で、そして、とてつもない量の「誘惑」で満ちている。
特に、炭酸飲料の棚は圧巻だ。
まるで図書館の書架のように、延々と続くコーラ、スプライト、ファンタの壁。

メキシコは世界一のコカ・コーラ消費国だという話も、この光景を見れば頷ける。
水より安いコーラが、人々の喉を潤し、その身体を内側から甘く満たしていく。
タコスを食べ、コーラを飲む。
それが彼らの日常なのだ。
そして、私はある奇妙なマークの存在に気づいた。
ポテトチップスにも、クッキーにも、ジュースにも、およそ「美味しい」と感じるであろう全ての食品に、黒い八角形のマークが印刷されているのだ。

最初は、「おお、これはメキシコ版モンドセレクションか何かだろうか」と呑気に考えていた。
「ポテトチップス最高金賞」とか、「2025年お菓子アワード2冠」とか、そういうポジティブな認証マークに違いない、と。
しかし、よく見てみると、その黒い呪印のようなマークにはスペイン語でこう書かれていた。
「EXCESO CALORÍAS(カロリー過多)」
「EXCESO AZÚCARES(糖分過多)」
なんと、これは国が定めた警告表示だったのだ。
あまりにも全ての食品についているものだから、もはや警告の体をなしていない。
国民の健康を案じた政府が「食べすぎには気をつけなさいよ」と、老婆心ながら表示しているのだが、メキシコの人々にとっては「はいはい、わかってますよ」と、いつもの挨拶を交わす程度の意味しか持たないのかもしれない。
むしろ、「このマークがついている方が美味しい」という、逆お墨付きになっている可能性すらある。

この「まあ、いいじゃないか」という精神。
これこそが、メキシコ人の思考の根幹をなすもののように思う。
彼らは、未来のために今を我慢するということを、あまりしない。
明日死ぬかもしれないのだから、今日のタコスを楽しまなくてどうする。
将来の健康のために、目の前のコーラを我慢するなど愚の骨頂。
そんな声が聞こえてくるようだ。
「Mañana(マニャーナ/明日)」
という言葉が、彼らの国民性をよく表している。
「この仕事、いつ終わる?」「マニャーナ」
「約束の時間、何時だっけ?」「マニャーナ」
この「マニャーナ」は、必ずしも「明日」を意味しない。
「いつかそのうちね」くらいの、ふんわりとしたニュアンスである。

ダイエットだってそうだ。
「明日からやる(マニャーナ)」と言いながら、その「明日」は永遠にやってこない。
日本の私たちが、将来の不安のために貯蓄をし、健康のために食事制限をし、老後のために資産運用を考える。
それは、明日が今日と同じように続くと信じているからだ。
しかし、メキシコの人々にとっての「今」は、もっと刹那的で、享楽的で、何よりも優先されるべきものなのかもしれない。
だから、政府がいくら「カロリー過多ですよ!」と叫んでも、彼らは笑ってコーラを飲む。
その結果、世界トップクラスの肥満大国となり、女性は男性よりも大きく育ち(これは本当の話だ)、そして、豊満な美女たちが街に溢れる。

この文化に触れたとき、私は考え込んでしまった。
どちらが、果たして豊かなのだろうか、と。
ストイックに自己を管理し、未来の安心を手に入れようとする私たち。
目の前の喜びを全身で受け止め、今この瞬間を謳歌する彼ら。
もちろん、健康問題は深刻であり、決して楽観視できる話ではない。
しかし、彼らの底抜けの明るさと、自分の身体を愛する姿を見ていると、私たちは少し、未来の心配をしすぎなのかもしれない、などと思ってしまうのだ。
スーパーの棚に並ぶ、無数の黒い八角形。
それは、肥満への警告であると同時に、メキシコ人がいかに「今を生きる」ことを選択しているかを示す、勲章のようにも見えたのだった。

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