【実話】月謝を踏み倒した70代、自己破産しました。スマホが解き放った「見えないヤバい奴」の恐怖。
あたしゃ、時々、スマホのない時代を懐かしく思うことがある。
あの頃の人間関係は、実にシンプルだった。
目の前にいる人間と、電話で話せる人間。
世界は、自分の手が届く範囲で完結していた。
だから、近所に住む「ちょっと変わったおじさん」とか、クラスに一人はいた「何を考えているかわからない子」とか、そういう「ヤバいやつ」の気配を察知したら、そっと距離を置けばよかった。
関わらなければ、それでよかったのだ。
平和な時代だったと、つくづく思う。
しかし、スマホという名のパンドラの箱が開かれて以来、私たちの世界は一変した。
SNSを開けば、地球の裏側に住む人間とだって、友達になれる。
コミュニティは無限に広がり、私たちは、かつてないほど多くの人間と繋がれるようになった。
それは、素晴らしいことだ。
素晴らしいことのはずだった。
そう、あの「弁護士からの手紙」が、私の会社に届くまでは。

あたしは、AIについて学ぶ、小さなオンラインコミュニティを運営している。
最先端の技術を、もっと多くの人に、わかりやすく伝えたい。
そんな思いから、ほとんどボランティアのような価格で、日々奮闘している。
先月、そのコミュニティに、一人の女性が入会した。
70代だという彼女は、なんと「一級建築士」の資格を持っていると自己紹介した。
あたしゃ、素直に感銘を受けたね。
いくつになっても学び続ける姿勢。
素晴らしいじゃないか、と。
しかし、一ヶ月後。
会社のポストに、一通の、やけに分厚い封筒が届いていた。
差出人は、弁護士法人。
胸騒ぎを覚えながら封を切ると、そこには、あの70代女性の自己破産手続きに関する、事務的な通知書が入っていた。
月謝の支払いが滞っていた理由は、これだったのだ。

頭の中が、真っ白になった。
そして、次の瞬間、カッと血がのぼるのを感じた。
自己破産。
それは、仕方のないことなのかもしれない。
しかし、その手続きが始まる直前に、なぜ、うちのコミュニティに入会したのか。
彼女は、最初から月謝を支払う気がなかったのではないか。
ただ、「面白そうだから」という、子供のような好奇心だけで、私たちの善意にタダ乗りしようとしたのではないか。
ほぼボランティア価格で運営している、この小さな城。
たった一人の不誠実な行動のために、弁護士とのやり取りという、面倒で、時間のかかる、何一つ生み出さない作業に追われる。
これは、もう、赤字とかいうレベルの話ではない。
魂が、すり減っていくのだ。

あたしゃ、考えた。
なぜ、このような人が生まれてしまうのだろうか、と。
彼女は、特別に邪悪な人間なのだろうか。
いや、あたしには、そうは思えなかった。
彼女の行動の裏には、もっと根深い、現代社会が抱える「歪み」のようなものが隠れている気がしてならなかったのだ。
人の知能は、偏差値のように、真ん中に多くの人が集まる山なりの分布になっている。
山の裾野には、ごく少数の天才と、そして、同じくごく少数の「ヤバいやつ」がいる。
この「ヤバいやつ」は、見た目ではわからない。
普通に会話し、普通に笑う。
しかし、彼らは、悪意なく、平気で社会のルールを逸脱する。
物事の因果関係を理解できなかったり、自分の行動が他人にどんな影響を与えるか、想像できなかったりするのだ。

近年、「境界知能」という言葉を耳にするようになった。知的障害とは診断されないが、平均よりも認知機能が低く、日常生活で困難を抱えやすい人々。
あるいは、「アダルトチルドレン」。
機能不全な家庭で育ち、大人になっても自己肯定感が低く、他者との健全な境界線を引くのが苦手な人々。
あたしは、専門家ではない。
彼女がそのどちらかに当てはまるのか、知る由もない。
しかし、スマホ社会は、こうした人々が抱える「生きづらさ」を、より可視化し、そして、より複雑にしたのではないだろうか。

かつては、地域のコミュニティという、狭く、しかし濃密な人間関係の中で、良くも悪くも「保護」されていた人々が、スマホ一つで、誰の目も届かないサイバー空間へと解き放たれてしまった。
彼らは、静かに人間の道を逸れ、勝手に散っていく。
そして、その過程で、私たちのような、ごく普通の人間を、悪意なく、深く傷つける。
これは、先天的なものなのか、それとも後天的なものなのか。
あたしには、わからない。
ただ、一つだけ言えることがある。
スマホが繋がりを無限に広げた結果、私たちは、かつてないほど「見えないヤバい奴」と遭遇するリスクに晒されている。
性善説だけでは、もう、自分の身は守れない。
コミュニティを運営するのなら、明確なルールを作り、機械的に処理する冷徹さも必要なのだと、あたしは、弁護士からの手紙一枚で、痛いほど思い知らされたのだった。

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