ストロベリーフィールド:第九幕 相棒と七つの石
フラワーバレーで五歳を迎えた者は、《お祝い》にと精霊使いのパトラから銀の指輪が与えられる。ハンナの五歳の誕生日に、パトラが突然家にやって来て、玄関先で不思議な呪文を唱えた後、まるで生き物のように、指輪のほうから指に巻き付いてきた時のことをハンナははっきり覚えている。
パトラは、その時、ハンナの指に光ったリングを満足げに見つめると、優しい笑顔でハンナに向かってこう告げた。
「いいかい、この指輪はいつもハンナを守ってくれるお守りだ。いい子にしてたら、来年また来るからね。そうしたら、今度はこの指輪にぴったりの石をひとつあげそう。毎年少しずつ、大人になる準備をしていくんだよ。
けれどね、その石は、この土地や、木や、水や、火や、風の精霊たちが心を込めて作ったものなんだ。もしも精霊たちが、その石にふさわしくない人だと思ったら、石を消してしまう。だから、必ず石をあげられるという約束はできない。
石が割れた時はね、黒い力から守ってくれたということだ。だからその時は、石に感謝してお別れするんだよ。
石がひとつも貰えなくてもね、それはハンナが悪い子だったってことじゃあないよ。精霊たちが、ハンナを選ばなかっただけなんだ。だから、悲しむことは無いよ。
ま、精霊の力を借りずに、自分の力だけて生きていくのはとっても大変だけれどね。
それも運命さ。
ハンナ、お前は《経験者beyond(ビヨンド)》になりたいかい?
それとも《守り人Shield(シールド)》になりたいかね?」
パトラは、幼いハンナの目の高さまで腰をかがめて尋ねた。それに答えて、ハンナは嬉しそうな顔で、元気な声をあげた。
「ハンナ、《経験者》になりたい!」
「そうかい、そうかい。それなら《守り人》を探しておかないとね。ま、それを決めるのは、まだずいぶんと先だけどね。」
優しい笑顔のまま、パトラはハンナを抱きしめて背中をポンポンと掌で叩いた。するとハンナの指輪から天に向かって白い光があがって、すうっと消えていった。
「ミチコ、後は頼んだよ。あたしゃこれでも結構忙しいんでね。あとの説明はあんたに任せるよ。ハンナ、これからは、精霊たちがずっと見守っているからね」
そう言い残しパトラは立ち去った。ハンナが振り返ると、そこには何度も頷きながら口を押えて涙ぐむハンナのママの姿があった。
ママはその後、ハンナを初めて《祈りの間》へ招き入れ、ハンナに村の掟について教えた。家の中でステンドグラスがはめ込まれているのは、その部屋だけだ。いつも鍵がかかっていて入ることが出来ず、ハンナがずっと入ってみたかった部屋だった。
ハンナが《守り人》について尋ねた時、ハンナのママはこう言った。
「この村で誰もが憧れている、あの《経験者》になるためには、必ず相棒が必要なのよ」
「相棒?」
「そう。それを村では《守り人》と呼んでいるの」
ハンナのママは、ハンナにも分かるように、小さな色付きのキャンディーを7つ並べながら説明を始めた。
「パトラがくれたその指輪にはね、7つの石が必要なの。石が貰えるかは、パトラが話していたように、精霊の気分次第、って言ったら語弊があるわね……えっと、そうね、精霊達が、いつもハンナのことを守りながら見ていて、ハンナにあげたい!って思ったらくれるの。それはね、一年にだいたい一回か、二回くらいのはずよ」
「石?」
「そう、小さな宝石。お祭りで見たことない?」
ハンナは、《経験者》たちが身につけていた指輪を思い出していた。ハンナのママは、キャンディーを並べながら話しを続ける。
「こんな風にね、全ての石が揃った時、この村では《候補者》と呼ばれるようになるのよ。候補者の指輪にはどのような力も無いとは聞いてるけど、実際のところは分からないわ。
候補者たちはね、互いに求め合う相手に出会うまでは《守り人》でも《経験者》でもないの。
そして、互いに必要な相手に出会った瞬間、指輪の中央にある赤い石が互いに必要な相手だと知らせ合うらしい。ママもね、パトラから話は聞いているけど、それを実際には見たことがないから、うまく説明できなくて…。
とにかく、《守り人》の方の指輪の赤い石はね、自分が守るべき《経験者》に出会った時、強い光を放って赤い石以外のすべての石は砕け散って消える。その時に初めて『自分は相手の《守り人》だ』と知る…」
「え?? せっかく七つの石を集めたのに無くなっちゃうなんて嫌だ! やっぱりハンナは経験者がいい! 経験者になりたい!」
「だからね、ハンナがどんなに経験者になりたくても……」
「ハンナ、絶対、経験者になる!」
ハンナはママの言葉を遮った。ママの言葉の続きは分かっていた。けれど、ハンナは、人に何と言われても、始める前からあきらめるような子供ではなかった。
ママは、ひとつため息をつくと、話を続けた。
「《守り人》はね、たったひとつ残った赤い石を、それぞれ自分の好きなデザインのペンダントやブレスレットにして身につけているわ。
その近くには必ず《経験者》がいて、銀色の指輪を左手にはめている。銀色の指輪を左手にはめることが出来るのは《経験者》だけ。それ以外の者はたとえ七つの石が揃っても、右手に指輪をつけるのが村の掟。
悪い偽物の《経験者》や《守り人》もいるらしいから、騙されて、ついて行かないようにね」
互いを思いやる心が消えた時、互いに授けられた能力も消える。そしてどちらかが命を落としたり、その責務を全うしなければ、石はたちまち砕け散り、力を失うらしかった。
ハンナには、指輪と共に授けられる能力が何なのか、まだよく分からなかった。もちろん、指輪を持たないハンナのママにもわからないことだらけだった。
それぞれの石ごとに授かる力は異なるらしいが、全て揃うまで使い方も知らされない。なにせ本物の《経験者》にそれを聞くことのできる機会が無かった。
その話をハンナが聞いたのは、もうはるか昔のことだった。今、11才となり、成長したハンナが身に着けている指輪は真ん中だけが大きく開いていて、左右に三個ずつカラフルな小さな石が光っている。
銀の指輪の七個の穴には、誕生日を迎える度、小さな試練を乗り越えた証として一粒の石が与えられ、その穴を埋めていった。指輪の中央の大きな穴に合う石は、《経験者》や《守り人》となる準備が整った時に与えられるという。
「この者に、祝福と、幸運の印を!」
銀の指輪を貰った次の年、ハンナが学校に行き始めた翌年だ、パトラがまたもハンナの誕生日にやって来てハンナの手に掌をかざしてそう言うと、小さな石がひとつハンナの指輪の上で輝いた。
ハンナの隣では、ママがそれを見てまた口を両手で覆って泣いていた。よそ者には、石は与えられないのではないか、という不安が吹き飛んだ瞬間だ。それからハンナのママは、ハンナと共に生涯をこの村で過ごすと決めたのだ。
純粋な心を持つ子供にしか与えられない指輪は、大人になってから村にやって来たママには与えられることは無かった。それはつまり、ママは《経験者》にも、《守り人》にもなれないという事だった。その代わり、ママは左手の薬指に金色に光る指輪をはめていた。その表面には、文字が彫られている。
《Eternal Love M ∞ K》
なんて書いてあるのと、ハンナがママに聞いた時、ママは、《永遠の愛》と、俯きながら答えていたが、見たことのない柔らかな、それでいて淋しげな表情のママを見て、ハンナは二度とその指輪のことをママに聞くことはしなくなった。
訳も分からず最初の石を貰ってから、次の年も、そしてまた次の年も小さな石がひとつだけ、ハンナの指輪に輝いた。指輪の上には左右対称に少し離れた位置に二つの緑の石が輝いている。
ふたつ目の緑の石は、若草の芝生のような縦長の模様が入っていて、ハンナのお気に入りだった。その次の年は、緑の石の外側にひとまわり小さい紫の石が輝いた。その次の年は濃いブルーの小さな石が反対側の端に、その翌年は黄色っぽい透明な石が、去年の誕生日には、茶色い石が中央の大きな穴の隣に光った。
いつも誕生日にパトラは突然やって来た。それは朝だったり、夜だったり、村の中心だったり、玄関先だったりした。誕生日に出会うと、パトラは必ず指輪に手をかざして、祈りを捧げてくれた。祈り終わると、必ずそこには宝石が一粒輝いていた。
「この者に、はるか遠い宇宙の石を。自由な意志と、困難を乗り越えて前に進む力を!」
「神聖なる紫の光を、誇り高き者に!」
「この慈しみの心を持つ者に、緑の力を!」
「永遠の絆と不屈の魂を持つ者に、宝石の王を!」
「この者を妖気から守り、過去と向き合う力を! 大地のエネルギーを与えたまえ!」
そう叫ぶパトラの声の後、ハンナは毎年順調に、何かしらの石を指輪に付けてもらった。自分で何をしてきたご褒美で貰えていたのかなんて、記憶には全くないのだけれど、村で生まれた素直な心を持つ子供たちは、ハンナと同じように、皆が毎年何かの石を貰えていた。
五つ目の石からは、石が光らない子供もいたようで、それを馬鹿にしてはやし立てるような子たちは、もちろん指輪をもう持ってはいなかった。子供によって貰える石の順番は違っていたが、最初はふたつの緑色の石が指輪の左右対称の位置に順番に収まるようで、中央の大きな石の部分は、どの子も最後まで無いままだった。
「今年でようやく全部が埋まるはず。早く誕生日来ないかな」
ハンナの指輪には中央に大きな穴が開いている。ニーナとマルグリットの指には、すでに七つの石が光っていたが、まだ石は光を放ってはいなかった。
「七つ揃っても《経験者》にも《守り人》にもなっていないという事は、あのふたりは、仲が良さそうに見えても、それぞれを必要としていないのね」
ハンナのママは、そう言って笑っていた。
「この村の石はね、精霊たちからの贈り物だから、たとえ七つの石が揃っていても、精霊たちが気にいらないと、すぐ割っちゃうのよ。でもね、精霊に気に入られようと我慢するとか、そのためにいい子の振りをするっていうことではないの。説明が難しいんだけど。好きなことを我慢して得られるようなものではないのよ。ハンナも気を付けてね。自分らしくいなさい。どんな自分であっても自分自身を好きでいること。それが間違っていなければ、精霊たちは分かってくれるわ」
ハンナは、ママの説明がよく分からなかった。
パトラにも尋ねてみたが、
「それぞれの石が、その時まで相手を探しているのだよ」
と、違う答えが返ってきて、ハンナは余計に混乱した。
石の大きさや形は、人によって違う。マルグリットの石の方が、ニーナの石よりも全部が少し大きく、ニーナはいつも、その事に不平を漏らしていた。
「きっと、春生まれの子の石は育ってないから小さいのよ。秋は収穫の時期って言うでしょ」
秋生まれのマルグリットは、その話を聞き流していたが、ハンナは、もしそれが本当なら、夏生まれの自分の石が、ニーナの石よりも大きく、マルグリットの石よりも小さい事にも納得がいった。しかし、石の大きさの違いについて、本当の理由は、誰に聞いてもよく分からなかった。
もうすぐニーナの弟、レオの五歳の誕生日だ。
ハンナは、自分が初めて指輪を貰った夜は、石がひとつもついていないのに、初めて《経験者》や《守り人》にお祭りで会った時以上に興奮して眠れなかったことを思い出していた。レオもきっと大喜びすることだろう。
相当賢い子らしいから、もしかしたら、初めから指輪に石が付いているかも……。
そんなことを考えながら、ハンナが自分の部屋で指輪を見つめていると、窓辺にそれぞれ色の異なる蝶が、七色並んで止まった。
「ねぇ、ハンナ、それって琥珀?」
「その茶色いの、琥珀?」
「樹液の化石で、虫が入っているのがあるんだよ」
「そうそう、入っているのよ」
「虫入りは、値段が高いんだって」
「高いんだって」
「下町のパブで、役人が、俺は《経験者》だぞ、これは高いんだぞって言ってたよね」
「自慢しながら、虫が閉じ込められた指輪を見せびらかしていたよね」
「残酷……」
「ひどいよね」
「でも、あの指輪、偽物だったね」
「偽物だったね」
「全部、偽物だったよ」
「人間て、変だね」
「偽物でもいいんだね」
「お金と石を交換するんだって」
「変なの」
「その為に、あの虫が必要だったのよ」
「変なの」
「可哀想に」
「だから、本物の石を貰えなかったんだよ」
「なるほどね」
「なるほどね」
「なるほどね」
「なるほどね」
話をただ黙って聞いていたハンナは、思わず声をあげた。
「この石には何もいないよ! そんな石、見たことないよ!」
蝶たちは、ハンナの声に何も答えず、ふわりと空に舞い上がっていった。
(第十幕へつづく)
