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ストロベリーフィールド:第四幕 末裔(まつえい)たち

ライラから手渡された封筒には、《ユラ神様へ》と記されていて、裏には《願いを託すものより》と書かれている。

受け取った封筒に染みついたライラックの香りに気が付いたサラは、思わず封筒から手を離し、床に落としてしまった。

「もう、今日はほんとに変ですね。どうしちゃったんですか?」

床に落ちた封筒を拾い上げたライラが、この封筒いい香りしますよね。と、お菓子を頬張りながら微笑んでいる。

サラは、ゆらゆらと立ち上がり封筒を受け取ると、無言のまま奥の部屋へと向かった。

「どうかしましたか? 大丈夫ですか? 何か、要るものありますか?」

ライラは気遣って、サラの後ろからついて来る。

「大丈夫よ。いろいろとありがとう。きっと少し横になれば落ち着くから。そのお菓子、全部召し上がれ。お供えだから、決してこの家の外に持ち出してはダメよ」

「え? 本当にいいんですか? すっごく美味しいのに、味見もしないなんてもったいない!
じゃあ、夕飯後のデザートに少し分けておきますね」

サラはそれに答えることは無く、ドアを部屋の内側から閉めながら、ライラに向かって薄く微笑むと、軽く頷いた。

何かあったら呼んでください、私はもうしばらくいますからと言いながら、ライラはリビングへと戻っていく。

おそらく、あのクッキーは全てなくなるだろう。
が、そんなことはどうでもいい……。

サラは、机のにあったペーパーナイフで、封筒を恐る恐る開けた。封筒から取り出した三枚の便箋は真っ白で何も書かれてはいなかった。

外側だけが見えたところで、何の役にも立たない……。

サラは大きくため息をつくと、引き出しから小さな香水瓶を取り出した。
それから、その便箋の上に軽く香水を振りかけ、何か唱えながらふうと息を吹きかけた。

すると白い紙の上にするすると踊るように文字が浮かび上がり、三枚の白い紙の上に、びっしりと紫色の古代文字が並び始めた。
見慣れた文字だ。

そこには、サラが最も恐れていたことが、綴られていた。

『ユラ神様、いえ、お母様へ。

長い間、連絡が取れなかったことを、まずはお詫びします。

お母様のことですから、私が今何をしているかなど全てお見通しなのだろうかとは思います。けれど、どうしても一言、外からは見ることのできない、私の内なる心を伝えたく、この手紙と、お菓子を、精霊たちに託しました。

今お母様が、この手紙を読んでいるという事は、無事にこの手紙がお手元に届いたという事かと思います。

私が、お母様の言いつけに従い、精霊に従い、閉ざされた精霊の山に入ってもう5年でしょうか。私のことは、覚えておられますか?

何故、一度もお母様は会いに来てくださらなかったのですか。
精霊たちが言う《約束》とは、何だったのでしょう。

あの山の冬は、ウエストエンドではあり得ないような気候で、秋が終わるのは想像以上に早く、私は、満足な食糧の貯えもないまま、この世界から消え去る寸前の状態だったことを覚えています。

私はそれでも、お母様の迎えを待ち続けていました。そしていつしか、
いつまで待っても来てくれないお母様のことを心底恨むようになりました。
あんな所へろくな知識も与えられずに送られた理由は、何だったのか。
もしかしたら、いつまでも覚醒しない私を捨てるためだったのか、と。

楽しい記憶もなく生きた日々、私はずっとそれが《普通》のことと考えていました。絶望と悲しみの力は私から生きる力を奪い、私の中に黒い魂が宿り始めました。

命尽きる寸前、私は救われ、目覚めた時には異国の地にいました。
黒い魂を体内に宿したままで。

その異国の人々は、言葉も通じないまま懸命に手当てをしてくれ、私の身体と心が癒えるまで私を介抱してくれました。
そこで出会った人に言葉を習い、私は少しずつ心を取り戻すことができました。

言葉が分かり始めると、ある人が私に遠い異国の話を沢山私に教えてくれました。それは楽しい話ばかりで、その人が話す国の多さや、様々な国の言葉があるということにも驚きました。
そして、その話を聞いて、私はようやく自分が今どこにいるのかを知る事が出来たのです。

彼がウエストエンドの話をした時、私は嬉しくなって、自分がそこから来たということを伝えると、彼は大層驚いた顔をしてこう言いました。

『その国は、数年前に消えてしまった』と。

私は愕然としました。
山で眠っていた間に、この国で過ごした間に祖国が消えた。

自分を見捨てた国、楽しかった記憶などない国ではあっても、私がユラ神になることが叶わなかったせいで滅びたのかもしれないと自らを責めました。

その彼は、言葉の代わりに笑顔と行動で励まし続けてくれました。恨む私を諭し、絶望の心を溶かしていってくれたのは彼とその家族でした。

この国の人々は、ウエストエンドとは違い全ての人々が平等で、国民皆が豊かで、常に笑顔で溢れています。世界中の種族が共に暮らしています。
物質的な豊かさが、精神的な豊かさを生むのかもしれません。

異国の地で友人ができ、スミレのお菓子の作り方を学び、そのお菓子を売って得たお金で必要なものを買う。
そんな日々が私には言葉にできないほど幸せでした。

ウエストエンドにいた頃、お供えで慎ましやかに暮らし、生活を保障され、人々から大切に敬われていた日々は、私には遠い過去のものになりました。
自分の力で生きるという喜びを知ったのです。

私は、ユラ神になることを完全に諦めていました。今更、ユラ神になれたところで、守るべき国は、私のせいでなくなったのだからと、一生を懺悔する気持ちでこの国で生きようと思っておりました。

私と彼は愛し合うようになり、天から一人娘を授かりました。そうして私は、ようやく、お母様の心というものが少し分かった気がしたのです。
何故あれほど私に厳しかったのかも。

私の娘は、彼と同じグリーングラスの血を受け継ぐ容姿を持って生まれましたが、一方で、虫たちと会話ができる我が一族の能力をも持ち合わせています。

不出来な親の私が言うと信じていただけないかもしれませんが、その能力はとても秀でていると感じるのです。

けれど、赤ん坊でありながら、様々な虫たちに囲まれて楽しそうな声をあげ、空間を見つめながら高らかに笑う娘の様子を見た人々は、気味が悪い、虫の生まれ変わり、汚れた血と噂をし始め、少しずつ離れていきました。

人と違うことを指さされ、それがなぜ悪いのかなど分かるはずのない我が子を守ろうとするたび、ユラ神の子として、周りから距離を置かれていた私を懸命に守ってくれていたお母様の気持ちを想い、心が痛みました。

そして、私は知ってしまいました。
そう、お母様のようにある日突然、初めて未来の映像を見たのです。

それはとても不思議な感覚で、夢のようで、目の前に映像が大きく広がり、自分がその中にいるような体験でした。

それは、『国王が妖術使いに呪われた』と人々が話す映像でした。
そして同時に、私が娘を抱えてお母様の家から出てくる映像もまた、続いて目にしたのです。

身体で感じた、というべきでしょうか。

この時私は、不吉な何かが起こる、という感覚を全身に感じました。
ウエストエンドは消えてなどいないと確信し、そこに行かねばならないのだと。

その後、暫くは全身が痺れたように動きませんでした。

ウエストエンドは、お母様の術で見えなくなっているだけではないですか?
いつか私に教えてくれた、私がマスターできなかった、あの術で消えているだけではないかと思うのです。

この映像を見てからというもの私は、一刻も早くお母様に会わねばならないと考えるようになりました。
確認したいこと、すべきことが無数にあるのです。

私は今、ウエストエンドがかつてあったと言われた場所近くの村に、夫と共に滞在しています。
ただ、ウエストエンドという国は、もうはやはりどこにもなく、どうすればそこへたどり着けるのかが判らないのです。

もっと未来の映像が見られればと、歯がゆくてなりません。

ユラ神になることを放棄した私を、ユラ神を長年待っていた人々が、決して許さないであろうことは分かっています。
けれど、一度だけでも私を信じて欲しいのです。
私には、未だに虫と会話する能力も、お母様のような千里眼も得られていません。それでも、未来は見ることができた。

どうすれば、思いのままに未来が見られるようになるのか、どうすれば、今起こっている現実を遠くから確認できるようになるのか、分からないことだらけです。お母様に教えていただきたいことが山ほどあるのです。

そして何かの意味があって、まだ何かなすべき事があって生かされている、ウエストエンドは、かならずどこかにある。
それだけは確信しています。

まとまりのない文章をお許しください。
私の願いは、国の境など関係なく助け合い、皆が幸せに暮らすこと。
それだけです。その為に、何か成す為に、この予言を受けたのではないかと思うのです。

詳しいことは直接会って、お話ししたいと思っています。

このライラックの聖水インクは、お母様に何度も作り方を教わっていたものです。ようやく精霊が好む香りが作り出せるようになったと思っていたのですが、精霊たちが気にいらないと手紙は途中で消えてしまうとおっしゃっていましたよね。

実は何度も作り直していて、これで何度目かわからないくらいです。

今度こそこの手紙が無事に届き、この子を抱いていただける日が来ると、私は信じています。

そのドアが開くまで、この手紙を私は送り続けます。

愛をこめて
ミチコ・フレデリック・ルベウス》


「この国は……亡びる」

サラは、カーテンを閉じると水晶に被せた厚い紫の布を力なくはぎ取った。
重い布がテーブルから床へと滑り落ちる。

サラはそれを拾うこともせず、キャンドルにそっと灯を灯し、多面体の水晶の前に座ると、重ねた両手をその上にかざした。

(第5幕へつづく)


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