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ストロベリーフィールド:第五幕 レセプター

『遠くない未来に、災いをもたらす子が遠い東の果ての国からやって来る』

数年前、そんな予言の映像をサラは体感した。
そしてその予言通り、その災いをもたらす子がこの世に生を受けた。

サラが多面体水晶の力を借り、娘をようやく探し出した時には、グリーングラス王国の血を受け継ぐ者が既に生まれていた。

ただ自分の娘の無事を確認したかっただけだった。
突然消えた娘がどこへ行ったのか、まだ生きているのか? 

多面体水晶を見つめるサラの視線の先には、小さな宿が映っている。

……やはり、あの娘と子供しかいない。
奴は何処へ?

多面体水晶の映像には常に「今」の景色が映っている。距離など関係なく、そこを見ようと思えば見えるのだが、焦点を合わせない限り見たいものを見ることはできない。
もちろん未来など見ることもできないのだが、今起こっていることの背景やその関係者に焦点を合わせれば、大抵の問題に対する解決の糸口は見つかる。

サラが、迷える人々に往々にして伝えていたのは、この今何が起こっていて、何をどうするべきかという答えだった。
それでも人々は未来の選択肢をサラに委ねてくる。

未来が見たいように見えるなら、私だってこんな未来を選んじゃあいない。
まさか、あの娘が東の果てまで移動していたとは。一体どうやって、あの谷を出たというのか……。

娘ミチコから送られてきた手紙から、娘が抱いているその子が遺伝学上の孫娘に間違いないことが分かると、サラの動揺は一層激しくなった。

予想していなかったと言えば嘘になる。
けれど、自分の娘が世界を変える出来事に関わることなど起こり得ないとも思っていた。

数時間前、娘が村外れの森まで来ている映像を水晶の中に見つけてからというもの、サラは何も手につかなくなっていた。

夏の輝かしい光の中で、数日前から続いていたこの不穏な気配は、近づく終わりの足音だったのか……。

ユラ神の夫となるものは皆短命だ。まるで、遺伝子を繋ぐためだけにユラ神と出会うようだ。
次のユラ神となる者がこの世界に芽生えた瞬間から、そのカウントダウンは始まる。

ユラ神のことを良く思わないウエストエンドの村人は、陰でサラのことを《カマキリ》と呼んでいた。カマキリのメスだけが交尾の間にオスを食い殺すという誤解から生まれた呼び名だった。

「あのカマキリめ、あいつの言うことを聞いていたら、とんでもないことになった。予言なんて嘘っぱちだ!
カマキリなんか、この国には要らないさ。何の役にも立ちゃしない。奴らをこの国から完全に追い出すべきだ!」

サラの兄の農園からやって来たカマキリが、サラの家の窓辺で不安そうに、村人たちの偏見に満ちた話を告げた時、「あなたたちのことではない」とその隠語の意味をカマキリたちに伝えたのだが、その時カマキリたちは憤慨しながら、それは気の毒そうな顔をしてサラを励ましてくれた。

サラにはその励ましは有難かったが、自分が村でそう思われていることをそんな形で知ったことはショックだった。
事実、サラのパートナーも、偶然か定めか、サラが娘を身籠るとすぐにこの世から消えてしまっている。

ユラ神は、無限に広がり収束する幾つもの次元からメッセージを受け取り伝える受容体(レセプター)、もしくはメッセンジャーのようなものだ。

予言、つまり未来を見ることは、自らの意思に関係なく見させられる映像であって、それは多面体水晶をいくら見つめても現れる類のものではなかった。

自分で都合のいいように好きな場所の未来を見て、その後の世界を変えるようなことなど出来ない。
それができるものこそ神と呼ぶべきものだろう。

サラは自分がいかに非力かを思わない日は無かった。拭えない怒りと後悔とが入り混じり、サラの心に広がってゆく。

何故、私は選ばれてしまったのだ。
なぜ何もできないのに、無理やりいつかわからない未来を見せられるのか。
あの子は産まれてしまった。そして、ここへやって来る。
どんなに手を尽くしたとしても、運命には抗えない。
あの時、娘を山の雪の中で消すように、精霊に願いを請うべきだった。

私は最後まで、国の未来より自分の娘の命を選んでしまった。
国を裏切る大罪だ。もう取り返しはつかない。

愚かで可哀そうなわか娘は、グリーングラスこそが東の果ての国だという事も、自分の子供が呪われた子供であるという事も、そして、もはやこの国にユラ神が必要とされていないということさえも解っていない。

平和ボケした国で、あり得もしない平和を夢見て幸せに溺れている……。

サラは、怒りを鎮めようとキャンドルの光を見つめた。そうしてから掌で握りつぶしていた三枚の便箋をキャンドルの灯に近づけると、その便箋は青白い光を放ち、キャンドルの炎と共に銀色の粉となって消えていった。
辺りにはライラックの香りだけが漂っている。

サラは、引き出しから真新しい便箋を取り出し、呪文を唱えると、そこにライラックの聖水を振りかけた。便箋の上には、あっという間に短い文字が一行だけ描かれ、そして消えていく。

それを紫色の封筒に入れ封をすると、サラは再びカーテンを開け、部屋を太陽光で満たした。

「ライラ、ちょっとお願いがあるのだけれど」

サラが奥の部屋から呼びかけると、ライラが笑顔で勢いよくやって来た。

「はい。何でしょう?」

「これを、精霊の森のポストに置いて来てくれるかしら。今日はご苦労様。もういいわよ。そろそろ戻りなさい。兄さんが心配するわ」

差出人も宛先も書かれていない封筒を手にしたライラの顔は、何かを理解したという表情に変わった。ライラックの香りが、少し開いたドアの隙間から部屋の外に流れ出る。

「えっ……あ……、でも……」

「できるだけ人目につかない時間帯にね。お洗濯は私が取り込むから。早く行きなさい」

サラは、ライラが言いかけた言葉をぴしゃりと遮った。
サラの様子が普通でないことを察知したライラの表情が、たちまち笑顔から不安そうな表情へと変わっていく。

何か物言いだけなライラを部屋から追い出すと、サラはドアを閉じ、太陽光が乱反射する部屋の中で白い薬草に火を点けた。

カーテンが開け放たれた部屋には、多面体水晶から放たれる太陽光を宿した光が、壁や天井に浮遊している。

玄関ドアがゆっくりと開き、閉じる音が室内に響く。さっきまでの騒々しい足音は聞こえなくなり重い足音が一定間隔で響く。そして重い足音は、ドアの外へと消えて徐々に小さくなっていく。

静けさの中、煌めきの中で、白い薬草から煙がたちあがる。サラは一度深く深呼吸をした。

小さくなる足音とは対照的な、もう一つの別の乾いた足音がサラの耳に響き始めた。枯れ草を踏むような音がサラの全身に反響し始める。

来た……。

サラの周りにゆっくりとたわむようにニ次元映像が浮かび上がり、その目の前にスクリーンが大きく広がってゆく。

絵画のひと塗りのように、小さな色のついた点がいくつも集まり始めた。その点が繋がり、浮遊し、塊となって移動し始める。至近距離で無数の点に見えていた映像が遠ざかり始め、ある一定の距離にまで自分の体が浮きあがると、無数の点は形をなして人物や物に変わっていく。

まるで点描画の絵か映画を見ているような映像。
それは現実のようでもあり、夢のようにも見える。

空に浮かぶ新月、結界の向こう側でこちら側の世界を見つめながら道の脇に潜む数人の武装した者たち。その潜む者たちが身に着けている深い緑色の服にサラは見覚えがあった。

結界が解かれた隙をつき、ウエストエンド王国へなだれ込む武装者たち。
反対に身を低くして国外へと意を決した固い表情で走り去る娘。
その手には孫娘がしっかりと抱えられている。

城の中で逃げることもせずただ怯えている王。

石に囲まれた狭い場所で、小さな窓から月を見上げているサラ自身……。
それが、自らの最期の時の映像かもしれないということが、サラには直感的に判った。

そう感じた瞬間、見上げていた窓の形が変わり始め、月夜は消え、窓の外には太陽光が輝き出し、青空と雲が現れた。

いったいこれを見ているのは私なのか?
それとも誰かの瞳を通じてみた映像なのか?

高い天井にある小さなガラス窓の外側には、下を見下ろす蝶がいる。

『君を、必ずそこから出してあげるよ』

蝶はその触覚を上下に揺らしながら、サラの目線に向かってそう話しかけていた。
サラの耳にはその蝶の声がはっきりと聞こえる。

『もう少しの辛抱だよ……頑張って』

そこから先の映像は、目の前が徐々に暗くなっていき見えなくなった。

最期は静かな場所でひとりきりだった……。
幸いと言えるのかもしれない。
どうやら見たこともない場所で一生を終えるらしい。

未来など見えたところで、分からない事だらけ……。

全身の力が抜けたように、サラの頭はガクンと落ちた。
そして少しの間の後、サラはその重い瞼をようやく開けた。

今いる現実の世界が目の前にある。
ウエストエンドの自宅の書斎だ……。

身動きの取れなかった身体の関節の動きを確かめながら、サラは長い息を吐いた。

どんな映像が見えてきても、もう悩んだり、落ち込んだりしている暇などない。
その時までに、しなければならないことが私にはある。

全く、自分の知らない間にグランマ(おばあちゃん)になるなんてね……。

サラは全身にまとわりつき始めた影を振り払うように、痺れたようになった身体を奮い立たせて、テーブルを支えにゆっくりと立ち上がった。

鍵がかかっている書棚を開け、分厚い書物を数冊そこから取り出すと、それをテーブルに並べ始める。

「これ、邪魔ね」

そう言うと、サラは部屋中に光を放っていた多面体水晶をテーブルから重そうに両手で抱え持ち上げた。

「よいしょっと」

暗い思いを全て祓い去るように茶目っ気たっぷりな掛け声を出しながら、サラはそれを頭上高く持ち上げた。

そして次の瞬間、それを思いっきり力任せに床にたたきつけた。

(第六幕へ続く)


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