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【レース振り返り|2025年さいたまマラソン】|後編 あと24秒で届かなかった日

前編はこちら

さいたまマラソンの前半は、サブ3に向けてかなり順調でした。

ハーフ通過は1時間28分41秒。

サブ3を狙うには十分な位置です。
むしろ、初めて本気でサブ3を狙うレースとしては、少し速いくらいだったかもしれません。

それでも、走っている最中は、そこまで無理をしている感覚はありませんでした。

東京マラソンで3時間1分50秒を出して、ようやくサブ3を狙う覚悟ができました。
その2週間後のさいたまマラソンで、初めて最初からサブ3ペースに乗せて走っています。

前半は、その覚悟を実行できていました。

ただ、フルマラソンは30km以降です。

30kmまで

25kmから30kmのラップは、21分18秒。

30km通過は、2時間06分28秒でした。

この時点でも、まだサブ3圏内です。

残り12.195kmを、約53分30秒で走ればサブ3。
数字だけ見れば、十分に可能性はありました。

ただ、25kmを過ぎたあたりから、少しずつ余裕はなくなってきていました。

補給でジェルを取ろうとしたとき、うまく取り出せず、10秒ほどロスした場面もありました。

普段なら、10秒は大きな問題ではないかもしれません。
でも、サブ3を狙うレースでは、その10秒にも意味があります。

あとから振り返ると、今回の結果はグロスで3時間00分24秒。
ネットでも3時間00分21秒。

つまり、数十秒の差で届かなかったレースです。

そう考えると、補給の小さなロスや、終盤のわずかな失速も、すべて結果につながっていたのだと思います。

もちろん、ジェルを取り出すのに手間取ったことだけが原因ではありません。
でも、サブ3を狙うというのは、そういう細かいことまで含めて問われるのだと感じます。

35kmまで

30kmから35kmのラップは、21分21秒。

数字だけ見ると、大きく崩れてはいません。
ただ、体感としてはかなり変化が出てきていました。

脚が上がらない。

この感覚が強くなってきました。

前半のように、自然に脚が回る感じではありません。
ペースを維持したい。
でも、身体の反応が少しずつ鈍くなってきます。

特に、新浦和橋が近づくにつれて、気持ちの面でも苦しくなっていきました。

去年は、あそこで大きく落ちた。
今年は落としたくない。

そう思っていました。

35km通過は、2時間27分49秒。

この時点でも、まだ記録は狙える位置にいました。
移動式の表示でも、自己ベスト更新が見えるタイムだったように記憶しています。

でも、サブ3を狙うには、ここからもう一度粘らなければいけません。

残り7km。
数字だけ見れば、まだ届く。

でも、身体はかなりきつくなっていました。

40kmまで

35kmを過ぎると、いよいよ新浦和橋です。

さいたまマラソンの終盤で、かなり大きなポイントになる場所です。

上り坂そのものもきつい。
でも、それだけではありません。

暗くなったり、明るくなったりする視界の変化。
アップダウンの連続。
終盤で脚が残っていない状態で、それらを処理しながら走ること。

このあたりで、かなり弱気になりました。

35kmから40kmのラップは、22分10秒。

ここで、前半の20分台から明確に落ちました。

40km通過は、2時間49分59秒。

この時点で、サブ3までは残り約10分。
あと2.195kmを10分以内で走れば、まだ届く。

数字だけ見れば、可能性は残っていました。

でも、体感としてはかなり厳しくなっていました。

脚が上がらない。
ペースを上げられない。
それでも、止まるわけにはいかない。

サブ3が目の前にある。
でも、少しずつ遠ざかっていく。

この区間が、一番苦しかったと思います。

ゴールまで

40kmを過ぎてから、さいたまスーパーアリーナへ向かいます。

あと2.2km。

普段なら、短い距離です。
でも、フルマラソンの40km以降では、その2.2kmがとても長い。

最後は少し落ちても大丈夫。
そう思っていた部分もありました。

でも、実際には、もう身体が思うように動きませんでした。

ゴールが近づいています。
でも、なかなか終わらない。

ゴール手前、さいたまスーパーアリーナの床がトランポリンのように跳ねる感覚があり、バランスを崩して転倒しました。その中で時計を見ると、3時間を過ぎていました。

サブスリーできませんでした。

それが分かった状態で、それでも自己ベストは更新しようと、最後の直線を走りました。

ゴールタイムは、グロスで3時間00分24秒。
ネットで3時間00分21秒。

あと24秒。
ネットでも、あと21秒。

初めて本気でサブ3を狙ったレースは、ほんの少しだけ届かずに終わりました。

悔しさと手応え

ゴール後は、悔しさが大きかったです。

あと24秒。

それだけ聞くと、本当に惜しい。
でも、その24秒を縮めることができなかったのが、この日の自分の実力でした。

周りでは、サブ3を達成して喜んでいる人たちもいました。
その中で、自分は3時間00分24秒。

あと少しだったからこそ、余計に悔しい。

ただ、このレースは、単なる失敗ではありませんでした。

東京マラソンは、3時間5分切りを狙って、結果的に3時間1分台で走れたレースでした。
一方で、さいたまマラソンは、最初からサブ3を狙ったレースです。

その意味は、まったく違います。

最初からサブ3ペースで入り、35kmまで粘り、40kmでもまだ可能性を残していました。
最後に届かなかったとはいえ、サブ3を狙うレースとして成立していました。

だからこそ、悔しさと同時に、手応えもありました。

サブ3は、もう遠い目標ではありません。
ただ、届かせるには、まだ足りないものがあります。

それを突きつけられたレースでした。

よくなかったこと

一番の反省は、ペース配分です。

前半は1時間28分38秒。
後半は1時間31分43秒。

差は、約3分05秒。

大崩れというほどではありません。
でも、サブ3を狙うには、この落ち込みが致命的でした。

特に、前半の入りは少し速かったのかもしれません。

5kmから10kmは20分59秒。
10kmから15kmは20分45秒。
15kmから20kmは20分53秒。

このあたりは、かなり攻めています。

走っているときは、楽に感じていました。
でも、フルマラソンでは、前半の「楽に感じる速さ」が、後半に効いてくることがあります。

サブ3を狙うには、攻める必要があります。
でも、攻めすぎると最後に落ちます。

どのペースで入れば、最後まで持つのか。
どこまで貯金を作ってよくて、どこからがオーバーペースなのか。

このレースで、自分はまだサブ3を狙うペース配分を掴み切れていないのだと感じました。

それでも、次につながる失敗だった

さいたまマラソンは、サブ3失敗のレースです。

結果だけ見れば、3時間00分24秒。
あと24秒で届かなかった。

でも、この失敗は大きかったです。

初めて本気でサブ3を狙った。
そして、あと24秒のところまで来た。

これは、偶然ではありません。

東京マラソンで3時間1分台を出して、サブ3を狙う覚悟ができました。
さいたまマラソンで、実際にそのペースで走りました。
そして、最後に届かなかった。

だからこそ、次に何が必要なのかが見えてきました。

サブ3を達成するには、前半の勢いだけでは足りません。
30km以降に落ちない脚が必要。
終盤のアップダウンでも崩れない強さが必要。
そして、サブ3を狙うためのペース配分を、もっと身体に染み込ませる必要があります。

この悔しさが、その後の練習につながっていきます。

夏に練習を積み、暑い時期も走り込み、もう一度フルマラソンに向き合います。
その先にあったのが、神戸マラソン2025でした。

神戸マラソンで初めてサブ3を達成できたのは、突然の出来事ではありません。

東京マラソンで、サブ3を狙う覚悟ができました。
さいたまマラソンで、あと24秒届かない悔しさを味わいました。
その悔しさを持ったまま、夏の練習を積みました。

その積み重ねの先に、神戸マラソンの初サブ3がありました。

後編のまとめ

さいたまマラソン2025は、初めて本気でサブ3を狙ったレースでした。

結果は、グロスで3時間00分24秒。
ネットで3時間00分21秒。

あと少し。
本当にあと少しでした。

でも、そのあと少しが届かなかった。

前半は1時間28分38秒。
後半は1時間31分43秒。

大崩れではありません。
それでも、サブ3には足りませんでした。

このレースで分かったのは、サブ3は「近づくだけ」では達成できないということです。

狙う覚悟があるだけでは足りません。
前半をどう走るか。
30km以降をどう粘るか。
終盤の苦しいところで、どれだけ落とさずに走れるか。

その全部が必要でした。

さいたまマラソンでは、サブ3に届きませんでした。

でも、この失敗があったからこそ、次に向かう理由ができました。

あと24秒。

この悔しさを持ったまま、夏の練習へ向かうことになります。
そして、その先で、神戸マラソン2025の初サブ3につながっていきます。

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