ギフテッドってすごい人の話だと思ってた

「私って、もしかしてバカなのかも」


そう思いながら生きてきた時間が、私にはたくさんあります。




覚えられない。


ミスが多い。


注意される。


何度も同じ失敗をする。


人の話が頭に入らない。


言いたいことが、うまく言葉にならない。




それでも頭の中では、ものすごいスピードで考えていて、


でもその思考を、伝えることができない。 誰にも理解されない。


そんな日々が、何年も、何十年も続きました。




ギフテッド?


そんなの、遠い世界の人たちの話だと思っていました。




キラキラした才能を持つ人。


勉強ができて、IQが高くて、天才的な子。


世の中が想像する「ギフテッド」は、きっとそういう人。


私みたいな、何もできなくて、何も続かなくて、


ただただ疲れて、うまく生きられない人間とは無縁だと思っていたんです。




でも、1年前。


私は「深層型ギフテッド」という言葉に出会いました。




そのとき、初めて、


「私はおかしかったんじゃなかったんだ」


「ちゃんと理由があったんだ」


そう思えたんです。




深層型ギフテッド。


それは、外から見えにくいギフテッド。


目立たない。


褒められない。誰にも気づかれない。


でも、内側にとても深く複雑な特性を抱えている人たちです。


たとえば、


・思考が深く、構造的で、止まらない


・感受性と洞察力が強すぎて、苦しくなる


・他人の本音や空気の異変に気づきすぎて疲れる


・社会の矛盾に、幼い頃から違和感を抱き続けている


・自分の中に、強すぎる倫理観や使命感がある




私も、まさにそうでした。




でも、それは「才能」だなんて思えませんでした。


むしろ、こんなに感じすぎてしまうこと、 考えすぎてしまうことが、


日常生活の中では邪魔にしかならなかったんです。




私は、生きることがずっと苦しかったです。




強すぎる感受性と、処理しきれない情報。


理解されない孤独。


親との関係の中で傷つき、愛着障害に。


そのまま、CPTSD、気分変調症へとつながり、 何度もODを繰り返して、死の淵をさまよいました。




でも、私は今、生きています。




そして、週に2日、老健で理学療法士として働いています。




決してキラキラなんてしていません。


でも、ようやく「私として生きている」と感じられる日々です。


ギフテッドという言葉には、誤解がつきものです。


「すごい人」「才能がある人」「特別な子」 そう言われるたびに、


「ああ、私のことじゃない」と思ってきました。




でも、本当は違います。


ギフテッドにも、いろんな形があります。




目立たないけど、苦しんでいるギフテッドがいる。


困りごとが多く、支援が必要なギフテッドがいる。


自分でも気づかないまま、生きづらさだけを抱えている人がいる。



ギフテッドは、才能の話だけじゃないんです。



私は今、ようやくそれを言葉にできるようになりました。



このnoteを通して、 「もしかしたら、私もそうかも」 「それ、わかるな」


そう感じてくれる人が、どこかにいてくれたら嬉しいです。



生きづらさの奥に、ちゃんと名前があること。


あなたの苦しさにも、理由があるかもしれないこと。


それを、そっと伝えたくて書きました。





ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


もし「もっと詳しく知りたい」「同じような苦しみを抱えている」と思ってくださった方には、


深層型ギフテッドについて、有料でご用意してます👇

よかったら読んでみてください。



また、“深層型ギフテッド×発達特性×愛着の傷”についてのnoteも有料でご用意しています。


こちらも、よかったら、読んでみてくださいね。👇



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