やなせたかし 明日をひらく言葉 | 最後まで「椅子取りゲーム」から下りなかった”遅咲きクリエイター”
連続テレビ小説「あんぱん」がフィナーレを迎える。
やなせたかしは遅咲きのクリエイター、という評判をかつては聞いていた。
昨今ではドラマの影響もあって、壮絶な人生を歩いていたことが広く認知された。
この書籍は、やなせたかし氏が残した言葉が精選された一冊だ。
その中で、私(執筆者)の心に留まり、仕事観・生き方に触れた言葉を7つ、紹介したいと思う。
やなせたかし|心に留まった言葉7選 (仕事観・生き方)
見る前に跳べ! というのが僕の主義だ。
やなせ氏は日本橋三越を退社し、フリーに転身した。
当時の三越はいわゆる高給取りの狭き門。フリーでやっていける確証があったとう訳でもなく、気持ち先行で動いていた。
転職・独立の鉄則は、まず副業等を通じて、他でやっていける目途をつける。それから退職すること。それに準ずれば、氏の行動は危険極まりない。※
だからどうだというのだ。
私自身、フリーでやっていける確証のないまま、大手メーカーを退職した。
自分なりにリスクヘッジはしているつもりだが、不安がゼロになる日はない。
それでもやはり、「跳んでよかった」と今思えている。
自分も周りも知らない世界、これを味わえる感動は何にも代えがたい。
まず跳んでみる。それでよかったかは、自分次第。
跳んだからには、誰も知らないところに行ってやろう。
人生は椅子取りゲーム。
満員電車に乗り込み、あきらめて途中下車せずに立ち続けていたら、あるとき目の前の席が空いた。
アンパンマンがアニメ化でブレイクしたのは、やなせ氏が七十歳になる直前。
創作活動という過酷なサバイバルゲームから、途中で降りるという選択をしなかった。
その忍耐力は、想像を絶する。
定年が七十歳になると聞いて、戦慄している若手社会人。
最前線から身を引いて、静かな退職を決め込む元役員。
そのような方々の対極にいるのが、やなせ氏なのであろう。
蜀漢皇帝・劉備玄徳。江戸幕府初代将軍・徳川家康。
遅咲きの英傑たちに通じる、氏のような揺るぎない志を持ちたいものだ。
運にめぐりあいたいなら、なんでも引き受けてみるといい。
自分の専門分野以外のことに広く目を開き、経験したほうがいいのです。
経済・事業が発展するにつれ、求められる人材というのは“専門家”に偏りがちである。
分業化が効率化に繋がり、昨今ではジョブ型のようなスタイルも出てきた。
しかし、優秀な専門人材であるほど、自分の専門外へ出る事に抵抗してはいないだろうか。
例えば、多くの設計者は現場業務をやらないし、逆もまた然り。
そして、人事異動という強制力でしか、自分の畑を出ることはない。
勤め人だったら、本当に耳の痛い言葉だ。
今でこそ私は、自分の専門外から外れた世界を走れている。
そこで生まれる化学反応こそ、世に求められる新たな価値ではなかろうか。
お金持ちになれる正しい原則は、
良心的なおもしろい仕事をすることです。
自分が生み出すものに“スパイス”は必要でも、“毒”があってはならない。
バイキンは、いわゆる“菌”。パンの製造に欠かせない要素だ。
アンパンマンとバイキンマンは勧善懲悪の構図に見えて、お互い表裏一体の存在である。
一方的に悪が殲滅されるということは、やなせ氏にとって「良心的」ではないということ。
毒がなくておもしろくないなら、作品が未熟であるということだ。
現実には、誰かを傷つけること、そんな創作をすることで儲けている人が多くいるだろう。
その方が簡単だからだ。
「良心的なおもしろい仕事」で成功することは、本当に高度な到達点であると常々思う。
八十歳過ぎると人生のマニュアルがない。
毎日が新鮮でびっくり仰天。
見ること、聞くこと、やること、なすこと、すべてが
未知の世界への冒険旅行だからおもしろい。
老後と聞くと、ネガティブなイメージが先行する。
それに対しやなせ氏の言葉で聞くと、いかにも楽しみな時期と思えてしまう。
八十歳で異常なパッションを保っているのが、氏が常人ではないと感じるところだ。
見習うべき人がいない時期、責任から解き放たれる時期。
そう考えて、人生の終盤を楽しみにしたいものだ。(そのためには、健康を保たねば、だが)
人生の後半戦をいきいきと過ごす秘訣は
「なんでもいいから、熱中できるものをもつこと」
私の場合たまたま仕事でしたが、遊びでもなんでもいいと思うんです。
仕事一筋の人は、仕事に熱中していればよかった。
しかし、定年後はどうであろう。遅かれ早かれ、勤め人は引退の時を迎える。
その後何十年、仕事同様に熱中できるものがあるだろうか。
その分クリエイター業は、「仕事寿命」が長いのが強みだ。やなせ氏が長く若々しいテンションを保っていたのは、その一因があるかもしれない。
勤め人であればこそ、遊んですごす日々に慣れるのが大事だ。
旨いものを食べる、絵を描く、プラモを作る、車をいじる、諦めてきた趣味たち。
周りの反応が気になり、罪悪感があるかもしれないが、いきいきと生きるためには欠かせない営みなのだ。
今までやってきたことが、全部、役に立っているんだよ。
無駄なことはひとつもない。
アンパンマンを楽しんだ時期は、幼少のころの刹那でしかない。子供たちは成長し、次のヒーローに夢中になっていく。しかし、アンパンマンからは皆多くを学んでいるし、大切な糧になっている。
やなせ氏自身も、激動の人生を送ってきた。周りの関係者もそうだ。
氏は人生の終盤で「どんな過酷な経験も無駄ではなかった」という考えに至れたのだ。
ハッキリ言って、そのような境地になれるかは自信がない。
どうしても「あれは必要なかった」という経験が、少なからずくすぶっている。
しかし、時間がたてばたつほど、その数が減っているのも事実だ。
いずれは、全て糧になる日がくるだろうか。
おわりに
この書籍は、先日父が推薦してくれたものだ。その頃私は、思いがけない転職の話が舞い込んだ影響で、精神的に酷く疲弊していた。状況が落ち着いた今でこそ過去話にできるが、一歩間違えていたらどうなっていたかわからない。
やなせ氏の言葉の数々は、そんな私に力をくれた。
正直、氏のことはこれまで気に留めてなかった存在であったが、今では長い人生の師となる傑物の一人、と思えている。
九十を過ぎても、氏はアンパンマンの作者として第一線で活躍していた。
私はまだ氏の半分も生きていない。
残りの膨大な時間についウンザリしてしまうが、
氏の言葉を胸に、まずは明日からひらいていこうと思う。
出典:「アンパンマンの遺書」「人生の歩き方」「最高齢プロフェッショナルの教え」「風の口笛」「もうひとつのアンパンマン物語」「人生、90歳からがおもしろい!」「ウォーキングマガジン」
※やなせ氏は、100%向こう見ずでフリーになったわけではない。それまでクリエイターとしてのマルチな受注実績から、個人でもやっていけるという考えもあったようだ。いわゆるリスクヘッジを怠っていなかった。そういうしたたかさこそ、見習いたい。
