古墳見学記・八角墳&古墳時代最後の天皇陵ーNew日常雑記㉛ー
奈良県明日香村に中尾山古墳という八角形の古墳が存在することは、専門家は勿論、歴史に関心の薄い方々でも周知なのではないだろうか。
明日香村周辺は間もなく世界遺産登録されようとしているが、その構成資産の一つでもある。
約5年半前に当古墳で発掘調査があり、個別に見学させて頂いた時の感動の記録があったの記してみたい。(2021年1月29日付)

上記写真は墳丘調査部分である。手前には外側に周わる石敷がある。ブルーシートの下には沓形石造物が置かれている。そして垂直に小石が葺かれ墳丘の1段目~2段目へと登る。最上部のシートは墳丘3段目で石槨が保護されている。



古墳時代最後の古墳という言い方が正解か否かはわからないが、中尾山古墳以降、土盛を4㍍以上も高く盛り上げて墓を造ることは未来永劫消滅することになった。歴史の画期とする古墳であろう。いつもの如く、古墳についての詳細な記述は他の情報にお任せすることにして、今回、見学して衝撃かつ感動した石槨の内部について記す。




古墳の中央部には石槨があり、天井石1石、奥壁1石、側石2石、扉石1石、底石1石、角石4石の計10石で構成されていた。研究によると天井石は桜井市押坂付近の花崗岩、奥壁、側石、扉石、角石が兵庫県加西市周辺の竜山石(溶結凝灰岩、黄色っぽい石材)、床石は飛鳥周辺の花崗岩であるとされる。要するにそれぞれのパーツで産地が異なっているのだ。天皇陵の中心部分である石槨が3組に分割されていることに意味があるに違いない。各産地毎の専門工人が制作に携わったとみることもできる。周囲を黄色っぽい石材の竜山石に揃えているのは、伝統的な石棺の竜山ブランドが生きているのだろう。平城京の羅城門礎石(大和郡山城天主台角石に転用)等にも使用されているので、辟邪的要素も多分にあろう。
感動は天井石の壁面に触れた時(①・②写真)のことだ。何と!大理石を触った様な、滑らかな手触りであったのである。これまで多数の古墳の石室石材に触れたが、表面が加工されているもの(岩屋山古墳・石舞台古墳等)でも多少のざらつきはあった。しかしこれは全く違った。”つるピカ加工!”と言うべき天井石であった。
中尾山古墳石槨天井石の”つるピカ加工”は、古代石工技術の粋を目の当たりにした衝撃・感動は5年半前経た今も忘れることはない。
歴史は暗記ではない、古代人の技術に触れ、その過程を辿り、アミューズメント的に想像を膨らませる…。
AIに踏み込まれることのない領域であることは…。保障?する。
