8/5 死についてのハドル【第3回 自然と死】まとめ②
前回の「死がこわいか?」のおまけ。
僕はこう考えている。
「居る」という存在は亡くなるが「居た」という存在は消えない。誰からも忘れられて、何百年も経って存在が薄まっても、消えることはないと思っている。
ついでに輪廻転生を信じている話もした。
今の人間には「死んだらどうなるか」とか「魂」はあるのかとか、説明つかなくて分からないわけだけど、昔の人間には川の水が絶えない事象だって説明できなかった。
海へ流れ、蒸発して雲になり、雨となって山へ降り、川となって流れてくる。
分かってしまえば、なんだそんなことか、となる。輪廻転生もそういうものなんじゃないかな?と予想している。
それが不正解で、ただ無になるのだとしても同じこと。そうか、それが自然。自然と死。
輪廻転生について、蛇足でもう少し僕の考えをメモしておく。
「シンギュラリティが起こりAIが輪廻転生のメカニズムを解明しました」という世界線。その世界では人類はちょっとザワつくだろう。(知らんけど)宗教的に受け容れられない人がいたり、「だったら」「どーせ」と自殺が増えたり、ドラゴンボールみたいに命の価値がデフレしたり。……っていうその世界線もわるくないけど面白くないので、ちょっといじってみる。「シンギュラリティが起こりAIが輪廻転生のメカニズムを解明したけども、人類には難解すぎて解読不能」という世界線。この世界ではなんぼか均衡は保たれるのではないか?でも、その世界にも現れると思うのよね、解読しちゃう奴が、世界中で2人くらい。その2人を皆はこう讃えるだろうね「神!!」って笑。(って話を昔、友だちにしたら「天才か?」って言われたので皆も讃えてください。)
心を閉じる。
自然の中に1人で居ると心を閉じることが出来る、とゆきさんは言う。
開かれるとパワーは分散し薄まる、という話を別の部屋でしているスラム民もいた。シンクロニシティか?
自他境界。
他人の問題や機嫌を自分事として捉えてしまう、そういうことは僕も多い。
たとえば友だちとカラオケ。選曲に悩んだり盛り上げようと気を遣ったりして、疲れちゃう。(ので勝手に楽しむようにしてる)
ゆきさんには(僕に言わせれば)おっさんくさい面があって、でもそういう部分を社会的に良くないのではないかと出せないらしい。気にしないでいいのに。キツめの(愛がある)ツッコミとか僕にとっては餌なのに。
短所こそが愛される。

人間には期待してしまう。猫がいい。
これは僕がウチの子(世間的に肩書つけるなら「元カノ」になるが、今では彼女の結婚保証人にサインをした親子のような関係)と別れて、これからどう暮らそうか考えたときに抱いた感想。

ゆきさんも、自然や虫や動物は言葉が通じないからイイと話す。自分の思い通りにはならないと、はなから諦められるから。
聞いて機嫌とる。
アダルトチルドレンのみんなは身に覚えのある言葉だろう。人間関係のトラブルやクレーマーを災害や動物だと思って過ぎていくのを待つと、まおりさんからも話があった。
クレーマー対応は僕も得意だった。カラオケボックスでクレーム言ってくる奴、だいたい酔っ払いなのでニコニコして聞いてれば良い。「ピッチャーで持って来いって言ってんだろ!」って言われたら「ですよねぇ〜その方が僕も楽なんスけど😆」と返して仲良くなっちゃう。介護の知識ゼロで福祉施設の面接受けた時にこのエピソードを披露したら「ニコニコして聞く」をなんか褒められた。傾聴・受容が介護の世界で重要視されてることを知るのはこのあとのこと。
心を開く。
とは言え。心を閉じてばっかりだと病むし、自然と戯れてても「面白くもない」と笑っちゃう話を前回noteでしてくれた ゆきさん。
なんだかんだで「必要なのは友だち」という、さいきんのスラムでは辿り着きがちな話題に収束してしまう。

「パズルのピース」と聞いて、映画「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」を思い出した。
チンコの付いた女のコが「パズルのピース」がハマるような相手を見つける物語らしく、友だちのオススメなのだ。見なきゃな〜。
会わなくなった友だちは死んだも同然?

なので年賀状は出そうねとか、そういう話をしていたら ゆきさん、
だったら友だち全員死んでるわw
って草wwwww
いっしょに泥だんご食べようねw
おちまい。
次回予告。
ハドルが終わりSlackを眺めていると「性」の話をしている人をチラホラ見かけて、「性と死」もやってみたいんだよな〜と呟いたらノリで話が進んだので、やりまふ。

