8/5 死についてのハドル【第3回 自然と死】まとめ
ハドルとは

次回予告で貼ったこの話からスタート

ゆきさんの子どものころは草花や虫たちが遊び相手。周りの子達はごっこ遊びやおままごとをしていたが、そこにあまり意味や面白さを見出だせなかったらしい。「それって意味あるんですかあ?」とか思ってたら友だち出来ないわな笑。
おままごとは社会性を身につける遊びだったのかもね。そういや僕もきらいだったな「演じる」のが。なので泥団子をガチで口に含むなどの体を張った芸に活路を見出そうとするのだがスベり続けるっていう人生だった。
儚い。(泥だんご吐かない←)
次回予告でやったこのワードについて聞く。
サムネのような田舎で育ったゆきさんは、道路でイモリが大量に轢かれて死んでるのを見る。自分には何も出来ない。しかしそれは避けようのない仕方のないことなのだと受け容れるようになったらしい。
自分よりも大きな力。それに対抗するのではなく、自分は充分。当たり前に、死ぬ。
そして3.11。人間が、あの時のイモリのように死んでいった。
その日が来るまで。
儚い?「僕は嫌だ!」ってならない?と問うと、その「大きな力」は「避けようがない」から「嫌だともならない」と言う。曰く、
その日が来るまで、ただ、生きていられる。
え?せめてその日まで、なにして生きよう!とかもないの?と更に問うても「ない」。自然さえあれば、何も面白いことがなくても生きていられる。
え?夕焼けみたり虫と戯れたりするの、面白くもないの?「面白くないよそんなのww」面白くないんだwww爆笑しちゃった。
そういえばウチの子もそうだわ。土いじりで育ってミミズやオタマジャクシが友だち。アの子は「やりたい」とか「欲しい」とかあんまりなくて「ない」ことに感謝していた。
(●´ϖ`●)「今日も、なにもなかった」って。
ゆきさんの好きなお経。
人生あっちゅーま、儚い。早死も遅いのも順不同、明日死ぬやも分からん。朝元気な人が夕方死ぬ、はい無常〜!家族集まって泣いたって生き返りませ〜ん白骨になるだけ〜。じゃあどうするかって?死後の生をだいじに、南無さ〜ん言うとけ〜。
なるほどな〜。ゆきさんの死生観が現れてる
ゆきさんからの問い。
みんな死ぬの、こわい?
まあスラムにいて、こんなハドル聴いてる人の中に「こわい!」って人は居なそう。
そこで「地獄」の話になり「自殺すると今以上に苦しい地獄に堕ちると聞いて、希死念慮あっても何とか堪えた。」とダブルMCのまおりさんが話すのと「地獄とかって、子どもに何か言うこと聞かせる為の作り話の面もあるよね?」っていう僕が同時に話してて「私は子どもだったのか笑」と、まおりさんの可愛い一面もありつつ
でも考え直してみたら針の山で何千年も痛がり続けるとか、イヤだなコワイヨ〜😭って言ってたら「だから南無さんって唱えなさい」ってゆきさんに言われて「あ😆そっか!」ってなった僕も、MC2人とも子ども笑。
誕生と死。
妊娠時臨月にやっと「そういや出産で死ぬかも知れんのだよな」と気がつき「その時はその時だ、しょうがない。」と覚悟を決めた感じだったけど、出産の時どうだった?
に対して
出産時はホルモン出て、頭バカになってるから死ぬとか考えない笑。産むしかない笑。
母はつよし、と笑った。
死は、こわくない?


でも、どっかで満足したいな。
と僕は発言したのだけど、そう思っているうちはいつまでも満足できないんだろうな。
今、僕には1年くらいで達成したい目標があって、それが出来るまでは生きたい。
じゃあそれ終わったら死んでもいいか?と問うと、また次の目標が出来るんだろう。
「やりたいことがある」は、つい2年前まで生きる屍だった事と比べれば幸せだが、未練も産む。「死ぬまでの暇つぶし」といった考え方は僕には出来ない。ちゃんと死にたい。
やなせたかしさんは90歳を越えて自分の死期を悟ったとき「まだ死にたくねぇよ」「やっと面白いところへ来たのに俺はなんで死ななくちゃいけないんだよ」と言った。
その発言を聴いた当時は「90越えてこんなこと言いたくないなぁ」と思ったけど90越えて楽しみ続けたことへのリスペクトもある。
う〜〜〜〜〜ん…でもやっぱり死ぬときは、こう言いたいな。
「ウケるw」
志し半ばでも、満足できていなくても。
「ココで死ぬんかいw」てね。
流れる「これでいいのだ」精神。
あとは感謝と慈しみだけ持ちたい。
長くなったので、続きはまた。
