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自分を解放する意味ってなに?

このエントリー「自分を解放する」に、表現することについて書きました。書くこと、発信に対して「自主規制し、蓄積した想いや、感情」を自分で許せる範囲を拡げ、解放してみては?という話。これには続きがあります。

例えば、思い出。

人に話すと自慢と思われたり、痛いアピールだと思われたりすることもあり、自主規制している人も居ると思います。それってフラストレーションになったりします。

同じ様に自分の経験や学んできたこと、考えていることやアイディアなど、せっかく色々持っているのに話を聞いてもらえない(人間関係がややこしくなるから自主規制)場合もあったりしますよね?

そういった部分を発信、公開してみてはいかがですか?

直接、特定の人に話するとどう思われるかが気になるところですが、発信だと、読みたい人が集まる可能性が高く、リアルなら敬遠されることでも、ネットではその話が誰かを助けたり、参考に成ったり、学びに成ったり、刺激に成ったりすることも・・・

ただネットは怖い面もありますよね。だからこのnoteという場、コミュニティを活用してみると良いと思います。拡散力がありちつも、表現する場として守られている部分、受容されてる感があります。


もちろん、自己解放し、せっかく表現しても、誰かが読んでくれたかどうか解らない!リアクションがない!というフラストレーションは出てくるかもしれません。承認欲求が強く出てきてしんどくなることもあるでしょう。だけれどそれは工夫したり、努力すれば変化させられる可能性も高いですよね。

しかし鬱屈としたものは解放しない限り自分の中に沈殿し、こびりついて辛いことが多いと思います。蓄積しすぎて重くて動けなくなる前に少しだけでも自己解放をしてみては如何でしょうか?

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