ボット先生 【第11話/全35話】
何だ、これは?
逆さまに吸い込まれたボクは、中でくるりと一回転して、膝を抱えて座らされた。明るい。案外、広い。でも、丸く閉じられた空間で、周囲は見えない。卵の殻に閉じ込められたみたいだ。
『教育。それは、大人たちから子どもたちへの、最高の贈り物』
目の前に、映像が現れた。映像としか言いようがない。液晶画面じゃない。形は、横長の四角形だけど、手を伸ばしても触れない。黒い空間に、白い無数の点が渦巻いている様子が描かれていた。ボクは知っていた。これは、銀河だ。銀河を上から見た図だ。
『教育。それは、子どもたちの誰もが受け取ることのできる、最大の財産』
銀河の端に視点が寄って、太陽系が映し出された。海王星、天王星、土星。木星、火星、そして月。
『キミたちは、財産を受け取る権利があります。受け取る財産が少なかったら、追加を要求する権利があります』
映像の中に、大きな地球が映し出された。
なんだか眠くなった。宇宙は広い。それは分かった。小さい地球の中の、さらに小さい日本の国に、ボクは暮らしている。それは知っていた。あくびが出た。映像がつまらない。教育って要するに、勉強することだろう? 勉強って、面倒くさいジャンか。
今、何時だろう。ボクは腕時計を持っていない。スマホはマーさんの会社に置いてきた。
帰らなきゃ。あんまり次々といろんなことが起こるので、目の前のことを片付けるだけで精いっぱいだったけど、本当なら、ボクらは塾に居なきゃならない時間だ。そろそろ、帰る時間かも知れない。
そうだ。ボクは背負っていたカバンからジシューくんを取り出した。画面を立ち上げて、ネットにつなぐ。すると画面の下に時計が出てきて時間を知らせた。午後八時前。ほら、もう帰る時間だ。
こんなところまで連れて来られて、帰れるんだろうか。
おっと、メッセージがきている。
『今、どこでアリマスか?』
ボット先生だ! ボクは急にうれしくなった。
ええと、どこだったっけ?
『みなとみらい地区の上を飛んで、観覧車の先から船に乗せられました』
と返信した。するとすぐにまた、ボット先生から、『分かりました。とりあえず、ジシューくんの電源は切らないで』と返ってきた。
ボット先生、きてくれるのかな。少なくとも、帰れるようにはしてくれるだろう。
ケンタはどうしてるかな。それと、ウーちゃん。近くにいるといいんだけど。
『キミたち、学校は楽しいかい? お父さんやお母さんは、優しいかい。毎日辛い思いをしているのに、どうしたらいいかわからなくて、我慢していないかい。我慢は大切だ。でも、体を壊したり、頭がおかしくなったりするまで我慢するのって、どうかな? まちがっているんじゃないかな』
映像はアニメに変わっていた。お腹を空かしている子。学校でいじめられている子。親に叱られている子。雨降りなのに外に締め出されて、泣いても中に入れてもらえない。胸に迫る映像だ。こんなふうにされたら、確かに、頭がおかしくなるかもしれない。
ボクは思った。それにしても、何でこんなものを見せられているんだろう。この映像にあるような、つらい思いをしている子がいるのは知っている。ボクやケンタだって、お母さんの帰りが遅くて、晩御飯を食べずに深夜まで過ごすこともある。でもそれは、仕方ないんじゃないかな。ボクらはお父さんがいないし、ボクらだけでは、夕飯が作れないから。カップラーメンでも置いておいてくれたら、自分で作って食べるんだけど、それすら忘れることもあるわけで。四年生の時、このことでお母さんとケンカしたら、「仕方ないだろ。お母さんだって人間なんだから、忘れることもあるんだよ!」と怒鳴られた。仕方ない。便利な言葉だ。その日以来ボクは、机の引き出しにカップラーメンを隠している。
つらい生活に我慢している子なんてたくさんいる。ケンタだって、つい最近まで、お母さんが連れて来た知らない男の人に、毎日のように殴られていた。ウーちゃんは、幼稚園の頃、しつけの厳しいおばあさんに毎晩泣かされていた。同じクラスの子だって、例えば、カスヤンや波多野君も、何だかんだと親にいじめられている。要するに子どもって、大人にいじめられるものなんじゃないのかなあ。金持ちとか、貧乏とか、関係ないような気がする。
映像を見ながら考えていたら、だんだん眠くなってきた。ヤバい。おいしいものを食べたし、疲れたし、このまま寝たら、朝まで起きられそうもない。瞼が下がって上げられない。ああ、ボクはどうなるんだろう? この船に乗って、外国へ運ばれるんだろうか。
ふいに、天井が開いた。キノコの頭が外れたんだ。
「ムラタ、テツヤ君で、アリマスね?」
前髪を瞼の上で切り揃えて真ん中から分け、上唇の下から二本の前歯を見せた男の人が、ぬッと顔を入れて来た。ボクは緊張して、「あ、ハイ」とマジメに返事した。
