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ボット先生   【第4話/全35話】

 国語は分かる。学校と同じ教科書を使って、学校で習ったことをやり直すだけだから。ボット先生の授業は、まず、先生が教科書を読んで、新しい漢字や言葉を練習して、意味を教えてくれて、ボクたちに読ませて、テストをする。まあ、塾の先生も大体同じだ。ただ塾の先生の場合、「ここ、面白いね」とか、「これは、悲しいね」とか、余計な解説が付いてくる分、無駄に長かった。ボット先生は、読むときは読む、書くときは書くで、ちっとも無駄がない。
 算数もそうだ。塾の先生は、「さあ、ちょっと難しいよ」なんて前置きをするから、ボクらは身構えて怖くなる。怖くて、今まで分かっていたことも、分からなくなる。ボット先生は、どんな問題でもさらりと解説してくれて、分からなければ繰り返してくれるので、取り組みやすい。
 第一、塾の先生は、英語でも、国語でも、算数でも、一人ずつしかいなかった。もちろん、ボット先生も一人(一台?)だけだけど、ぼくたちは、黒板の他に、ジシューくんを通じて先生とつながっている(ジシューくんは、夏休みの宿題の提出が終わった後も持たされた。ボット先生の授業で必要になったからだ。ちなみにボクの自由研究は、『歩いて地球を一周する方法』だった)。だから、みんなが分かっているのに自分だけ分からないとき、個別に質問できる。授業中でもだ。ボット先生は、授業を進めながら、同時にジシューくんに返事を送ることができた。何人かが別々の質問をしても、それぞれに回答した。クラスの三〇人が同時に質問しても、同時に、それぞれに返事できるんだ。
 ところが塾はどうだ。塾にもタブレットはあるけれど、それは教科書替わりで、解答するのは紙だ。特に算数は、やたら紙に書かされた。入試では、どこでもまだ紙を使っているからだそうだ。入試の本番でしっかり解答できるように、書くことに慣れなければならないそうだ。これがつらい。鉛筆の粉で右手の小指の脇が真っ黒になるし、授業が終わる頃には、肩がコチコチで腕がだるくなっている。一週間も通うと、中指にタコができる。指の第一関節に、プクッと豆みたいなものが浮き出る。
「オレ、塾辞めたい」
ある日の放課後、ボソッとケンタが言った。ケンタはもともと勉強嫌いだから、ボクよりも塾がつらいのだ。
「オレもやめたいよ」
ボクも言った。それでも二人で、とぼとぼと塾に向かった。ボクらは母子家庭だから、家に帰っても誰もいない。ボクらはスマホを持たされていて、お母さんたちは、ボクらがいつ、どこにいるか分かっている。位置情報を握られているんだ。家にだらだら留まっていたり、全然関係のないところに居たりすると、たちまち怒りのメールが飛んでくる。つまり、塾に行くしかないわけだ。
 やれやれ。子どもって一体、何なんだ。自分のいたいところにもいられないなんて。
 塾は駅裏の、古いビルの一階にあった。ボクとケンタは、入口の脇の、上の階に上がる階段にしゃがんで、しばらく『あっち向いてポイ』をして遊んだ。
 ここは安全だ。
 なぜかと言えば、ここにいれば、塾にいるのと同じことになる。お母さんたちのスマホには、塾に着いたと表示されるんだ。上の階には小さな会社がいくつかあって、時々人が通るけども、チラッと見るくらいで何も言わないし、明かりがついていないこともある。ここは、絶好の隠れ場だった。遊びに飽きたら、こっそり塾の教室に入ればいい。
二人で遊んでいると、ウーちゃんが現れた。
「テツヤ。何で、アタシを置いて行くの!」
「先に行ってると思ったんだよ」
近頃ウーちゃんはタクト先生に夢中で、ボクとケンタを置いて、先に行ってしまうことがあった。この日も、そうだと思ったのだ。でも、相変わらずウーちゃんは、ボクの言い訳を聞かない。ボクとケンタの間にドカッと腰掛けて、ショートパンツから伸びたむき出しの脚を広げて、「あー、アタシも今日は行きたくない」と両手を上げて反り返った。
 なんでもウーちゃんは、タクト先生に、SNSの個別チャットで『コクった』そうだ。
「コクるって、何だ?」
「告白も知らねーのかよ!」
ウーちゃんは、固めた拳でボクの肩を殴った。イテェ。ウーちゃんは体が大きくて、男子並みに体力があるので、普通に痛い。
「アタシがフラれるなんて、あり得ない!」
ウーちゃんは両手を振って叫び声を上げた。ボクもケンタも、耳を塞いで背中を丸めた。
 要するにウーちゃんは、タクト先生に好きだと言って、相手にされなかったってことだ。そりゃそうだ。あっちは大人、こっちは小学生じゃないか。
「一〇歳くらいの年の差なんて、フツーだよ? タイリー・スイムトだって、一〇歳年上の人と結婚したんだから」
そうだったかな? お母さんがファンだから、そのアメリカの女優は知っていたけど、結婚した話はまだ聞いたことがなかった。
 ボクらは、三人であっち向いてポイを始めた。『あっち向いてホイ』じゃない。『ホイ』の場合は、ジャンケンで勝った方が指差した方を向いてはいけないが、『ポイ』では、指差した方を向かなければならない。まちがえたらやり直し。何度でも向きを変えられ、首を振り続けなければならない。例えば、三人でやって二人勝ったら、負けた一人は、二人が差す方を向くわけだから、失敗し続けたら、キョロキョロ首を振り続けることになる。
 ボクとケンタが勝って、人差し指を、ボクは左に、ケンタは右に出した。ウーちゃんは、左、右、と首を振った。
「ザンネン」
この場合、ボクが先に指したので、ウーちゃんの側からは、右、左が正しい。すぐさまボクらは、ボクが上、ケンタが下を指した。ウーちゃんは、下を向いてから上を向いた。
「ジャンニェン」
「残念じゃねーよ。ケンタが早かった!」
そんなはずはない。ケンタはいつも、ボクの指す方を見てから、自分の指す方を決めているんだから。
 ウーちゃんは、言い出したら聞かない。仕方がない、ジャンケンからやり直しだ。今度は、ボクが一人で負けた。あっち向いてポイ。ウーちゃんが右、ケンタも右で、ボクもその方を向いた。
「お前、何やってんだよ」
ウーちゃんはケンタを怒ったが、別に、同じ方向を指していけないというルールはない。またジャンケンだ。ケンタが一人で勝った。あっち向いてポイ。
「お前、ズルい!」
ウーちゃんはケンタを突き飛ばした。ケンタが、一瞬左に指を折り曲げてから、スッと右を指した。ウーちゃんは左を、ボクは右を向いた。これも別に違反じゃない。
「お前ら、許さねーぞ!」
ウーちゃんは真っ赤になった。この子は昔からこうだ。自分の思い通りにならないとムキになる。そろそろ、塾に入った方がいいかな、と思った頃、階段の上から声を掛けられた。


ボット先生   【第5話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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