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ボット先生   【第5話/全35話】

 ヤバい。ボクはとっさに思った。ちょっと騒ぎ過ぎた。怒られる。
 声を掛けてきたのは、顔を白く塗った、お母さんよりもずっと年上の女の人だった。口紅がひどく赤かった。
「アナタたち、こっちにいらっしゃい」
暗がりの踊り場で、ぼんやり顔を浮かばせて、手招きしている。
 ボクらは顔を見合わせた。どうしよう? もちろん、行ってはいけない。『たこのにもの』の『た』。他人に誘われても、ついて行くな。小学生のジョーシキだ。それに、ここで相当騒いでしまったから、怒られるにちがいない。怒られると分かっているのに行くのは間抜けだ。
 問題は、どうやって逃げるかだ。幸いボクらの目の前には出口がある。ボクはウーちゃんを見、ケンタを見て、サッと腰を浮かせた。
 すると、出口の扉がスッと開いて、背広を着た、大きな男の人が入ってきた。
「キミたち、遠慮はいらないよ」
男は両手を広げて、ボクらの前を塞いだ。頭がツルッパゲで、口ひげを生やした、色の黒い、レスラーのようなオジサンだ。
「塾をサボっているんだろう? いや、キミたちを、叱ろうってわけじゃないんだ。こんな隅っこで遊ぶくらいなら、私たちの事務所で遊んだらどうかな、と思ってね」
 案外、広くて明るい部屋だった。入口の衝立を抜けると応接間になっていて、真ん中に楕円形の大きなテーブルが置いてあった。ボクらは、入口側の、背もたれのあるゆったりとした椅子に座らされた。ゲームをしようという。勝った者には、ご褒美が出るらしい。
「キミたちは、あそこでいつもゲームをしているね。それが楽しそうで、うらやましくてね。オジサンも、仲間に入りたいんだよ」
大きな男の人が、向かいに腰掛けて言った。
 来てしまった。大丈夫かな。ボクは落ち着かなかった。
『YTS』という会社らしい。壁に世界地図が張ってあって、会社の支店のある都市にピンが刺してあった。横浜、マカオ、プノンペン、キリバスといった、あまり聞いたことがない都市の画像が、ところどころに張られていた。本部はヨーロッパの、チューリッヒだそうだ。
 どこだ、それ?
「スマホ神経衰弱を知ってるかい?」
男の人は、この会社の代表で、マーさんというらしい。顔は日本人で、日本語ペラペラだけど、日本人じゃない。ボクらは、マーさんに言われるまま、スマホを出した。
「じゃあ、電源を入れて、スマホを伏せてください。今から、ボクがみんなのスマホに画像を送ります」
テーブルの上に伏せられた三つのスマホが、光を放った。マーさんも、自分のスマホを伏せて置いた。
 四つのスマホの内、二つをめくって、絵柄が合えば当たり、ちがっていれば外れ。トランプの神経衰弱と同じルールだけど、同じスマホが、いつも同じ絵柄とは限らない。絶えず絵柄が変わるので、偶然でしか当てることができないわけだ。ボクが最初に引いて、自分のと、マーさんのをめくった。ありゃ、はずれ。ボクのスマホの画像はネコで、マーさんのスマホにはネズミの絵が出ていた。
 次はウーちゃん。
「やった、当たり!」
ウーちゃんは、ボクのスマホとケンタのスマホをめくった。両方とも花柄だった。赤い椿が、画面いっぱいに広がっていた。そうか、と今更ボクは思った。自分のスマホでなくてもいいんだ。
 ケンタもめくった。はずれ。ケンタはマーさんのと自分のをめくった。マーさんはタヌキで、ケンタはイヌだった。
「キミは運がいいねえ。よし、ご褒美を上げよう」
そう言ってマーさんは、ウーちゃんを連れてとなりの部屋に入った。扉が閉まり、ボクとケンタと、四台のスマホが残された。
「お飲み物をどうぞ」
白い顔のオバサンが、グラスに入ったウーロン茶をくれた。ボクは、ちょっと緊張して喉が渇いていたので飲もうとした。ケンタが肘でボクの腕を突いた。
 おっと、そうか。
『たこのにもの』の『に』。偽物に気をつけろ。これは、ウーロン茶に似せた毒汁かも知れない。うっかり飲んで、死んだら大変だ。
 でも、ウーロン茶の後で、皿に盛った笹かまぼこが出てきたとき、ボクらは、ほぼ同時に摘んで口に入れた。だって、うまいじゃないか、笹かまぼこ。
 オバサンは部屋から出て行った。もう、外は暗くなっている頃だ。テーブルと椅子と、壁の世界地図の他には、ほとんど物のない部屋で、ケンタと二人きり。だんだん不安になってきた。どうしよう? 二人で顔を見合わせた。その時、「これ、もらった!」とウーちゃんが大喜びでとなりの部屋から出てきた。彼女は、立ち上がったライオンのアクセサリーが付いた金色のシャーペンを、ボクたちに差し出して見せた。


ボット先生   【第6話/全35話】|nkd34 (note.com)

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