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ボット先生   【第6話/全35話】

 ボット先生は、体育も教えてくれた。今日はリレーだ。クラスの三〇人が、五人ずつ男女混合チームに分かれて、校庭のトラック二百メートルを一周する。ボクのチームは、ボクと、ケンタと、女子三人。みんな、普段から走ることなんて滅多にない連中だ。ケンタは小児ぜんそくで運動が苦手だし、ボクは鼻炎持ちで息が続かないし、女子のアミちゃんとミユちゃんとユアちゃんは、揃ってタヌキみたいな体形で、いつも教室の隅でマンガを描いているような子たちだ。
「みんな、聞いてくだされ」
良く晴れた空の下で、先生の体は白く輝いていた。先生は、手に六本のバトンを抱えていた。赤、黄、緑、青、紫、白。
「リレーに勝つ方法は、速く走ることだけじゃないのでアリマス。いかに上手にバトンを渡すか。これが、勝敗を分けるんでアリマス」
先生は、顔の液晶画面に動画を映した。『バトンの渡し方』という教育ビデオだ。ボクらは、ポカンと口を開けて動画を見た。
『身体能力で劣る日本人でも、短距離走で勝てる。それを証明したのが、北京オリンピックの男子四×一〇〇メートルリレーの決勝だ』
重々しいナレーションで始まったその動画は、日本人がオリンピックのトラック種目ではじめてメダルを取った様子を映し出した。
 日本人というのは、生まれつき駆けっこ向きの体形ではないので、アフリカの人や欧米の人に、短距離で勝つのは難しいそうだ。でも、リレーならそれができる。リレーは、どんなに速く走っても、バトンを渡すときに時間の無駄ができる。この無駄を、できる限り小さくすれば、走りで遅れた分を取り戻すことができる、というわけらしい。
 へへえ。ボクは感心した。
 塾の二階の事務所で、知らないオジサンと遊んだボクたちは、珍しい記念品をもらった。ウーちゃんは、金のシャーペン。ケンタは、銀のケースに入った消しゴム。表面に角のある馬が書いてあった。ボクは、銅のペンケースだ。オジサンは、「また、遊びにおいで。いつでもいいから」と言って帰らせてくれた。ボクらは何食わぬ顔で塾に行き、残りの授業を受けて帰った。
 案外、いい人だった。
 でも、考えてみれば、それは当たり前のことかも知れない。地球上には八〇億人も人類がいて、その中には、確かに悪い人がいる。毎日、テレビやインターネットのニュースで、悪人たちの犯罪が報道されている。でも、それは一握りの人の話だ。八〇億人のうちの、たった一人が悪いことをしても、ニュースはその一人のことしか報道しない。つまり、残りのほとんどは、いい人なのだ。
 生きている間に、悪い人を見つける方が難しいんじゃなかろうか。
 案の定、リレーでボクらのチームは最下位だった。第一走者のアミちゃんは、遅いなりにも手堅く走ってしっかりバトンをケンタに渡した。ケンタはそれを受け取って猛ダッシュしたが、気張り過ぎて途中で転んだ。この時点で最下位。ミユちゃんは、他のチームがもたついている間に二人抜いた。ボクが受けて、やはり気張って猛ダッシュ。コケなかったけど、波多野君に抜かれた。アンカーのユアちゃんがもう一人に抜かれて、また、あえなく最下位。
「となりの、トロトロー」
となりのチームのカスヤンが言って、みんなが笑った。遅いボクらが、トトロみたいにのろいと言いたいのだ。チェッ、バカバカしい。足が速いことが、そんなに偉いのかよ。ボクはカスヤンに何か言い返してやろうかと思ったけど、「高い順位を取ることが、リレーの本来の目的じゃないんでアリマス」と、ボクとカスヤンの間にボット先生がきて言った。
「チームワークで課題を乗り切ること。これが、大切なのでアリマス。今回、ムラタ君たち第六チームは、駆けっこでは断トツで遅かったけども、バトンパスで間を詰めて、途中で順位を上げたんでアリマス。これこそ、リレーのいいところでアリマス。こういうプレイが、望ましいんでアリマス」
カスヤンは、ポカンと口を開けて聞いていた。
 ロボットが先生なんて、とお母さんは言うし、ボクらも、どこまでボット先生を信用していいのか分からなかったけども、案外、ボット先生はいい。何がいいって、何というか、公平なんだ。ロボットだから当たり前だけど、誰にでも、同じように接してくれる。誰に対しても、同じ状況なら、同じ反応をしてくれる。さやか先生なら、普段、勉強で目立てないカスヤンが、得意の体育で調子に乗ったら、彼を元気づけようとしただろう。頑張ったね。しっかり走れたね。速かったね、と彼に気をつかって言っただろう。
 でも、キミみたいに、速く走れない子もいるんだよ。そんな子を、いじめてはダメだよ。
 まあ、そんなところだ。カスヤンはいじめっ子で、ボクらはいじめられっ子。まちがいじゃないけども、結局、見たまんまをそのまま言葉にしているだけだ。
 足の遅いボクらは、悪者ですか?
 ボット先生は、そういう気づかいをしない。それをする目的を説明して、やり方を示して、できなければ、どうすればできるようになるか教えてくれる。逆に言うと、先生の言う通りにやればできるので、チャンとできてもほめてくれない。まあ、できて当たり前、というわけだ。そんな先生を、冷たい、という子もいた。ほめてくれないから、チャンとできたのか分かりづらい、と愚痴る子もいた。それは確かに、ボクも思った。でも慣れると、ボット先生の方がやりやすい。第一、ほめられるのを待つのって、ちょっと幼いジャン。
 塾では、タクト先生も、他の先生も、一生懸命ほめてくれる。
「ベリグー、ウーちゃん!」
なんて大げさに言って、腰をくねくねさせるタクト先生を何度も見た。はじめは面白かったけど、だんだんバカらしくなった。ほめられるとうれしいし、またほめられたくて、マジメに勉強しようという気にもなる。でも、それが何度も重なると、そんな気になる自分が、だんだん恥ずかしくなる。ウーちゃんは英語が得意だから、英語では何度もほめられる。でも、ボクは、英語の授業じゃ絶対にほめられない。英語がちっともできないからだ。算数でもダメ。算数は、いくら頑張っても、ボクより数段上の子が多くて、全然かなわない。ボクは国語が得意だから、時々ほめられた。けど、ケンタはどれもダメで、ほとんどほめられたことがなかった。つまり、ほめられればほめられるほど、ケンタと遠くなるわけだ。
 ボクは、塾よりもケンタの方が大事だ。だから、ちょっとほめられたくらいでいい気になってる場合じゃない。


ボット先生   【第7話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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