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ボット先生   【第9話/全35話】

 ドローンは、ゆっくりと海へ向かっていた。港の方だ。みなとみらい地区のビルが、少しずつ近づいて来ていた。どこかで下ろしてくれるんだろうけども、それがどこなのか分からない。ボクらは黙った。怖くて何も言えなくなった。プロペラの回る音が、ドローンの中に響いていた。
 スマホは事務所に置いてきた。ケンタはカバンも置いてきていた。ボクとウーちゃんは、オジサンの後から『スマホかくれんぼ』に参加したので、カバンを背負ったまま。
 そうだ、ひょっとして。ボクはカバンを開いた。あった。ジシューくん。今月はまだ、例の夏休みの宿題提出でしか使っていないから、ギガもある。
 ボクは、学校から帰ってランドセルを置き、塾のカバンを拾って出掛けてきた。そのとき、ランドセルからノートを掴んで塾のカバンに入れた。塾用のノートを用意するのが面倒なので、学校で使うノートと一緒にしている。大体、塾ではほとんどノートに書かない。テキストや、先生の配るプリントに直接書くだけだ。お母さんに新しいノートを買ってもらうのも面倒だから、一緒にしていた。
 ノートをまとめて掴んだとき、ジシューくんも紛れ込んだ、というわけだ。
 でもジシューくんは、電話は掛けられない。メール送受信はできるけども、メールアドレスを登録していないから、送るところがない。
「ダメじゃん」
ウーちゃんが呆れて言った。ボクはムッとなった。
「ボット先生に送るよ」
「でも先生は、ロボットでしょ?」
ロボットだから、こんなときに頼っても、どうしたらいいか分からないんじゃなかろうか。
 それは確かに、ボクもそう思う。ボット先生は、先生をするために作られたロボットだ。人工知能搭載で、人間の先生ができることはたいていできて、まちがいが少ない。でも、先生以外のことはどうか。
 分からない。
「ねえ、ちょっと、ヤバくない?」
ウーちゃんは下を覗いて行った。ドローンは港の上を飛んでいた。ランドマームタワーの横を通り抜け、観覧車の上を進み、ロープウェーを越そうとしていた。このまま進めば、後は海。東京湾だ。
 船が見えた。大きな外国の船だ。
「『キング・チャーリー』だ!」
ケンタが言った。外国の豪華客船だそうだ。最近横浜に来て、しばらく停泊するらしかった。乗客が日本観光をするためだ。
ドローンはぐんぐん下がって、豪華客船はどんどん大きくなった。
「あれに留まるんじゃないかな」
ボクが言うと、ケンタが振り返った。船に下ろされるって、どういうことだろう? 
「ボクら、外国に連れていかれるんじゃ?」
「ちょっと、やめて!」
ウーちゃんが叫んだ。
 前に、さやか先生に聞いた話を思い出した。何十年も前に、外国の人に誘拐されて、いまだに帰って来られない人たちがいる。家族や、日本の政府が、その国に返してもらうよう話しているが、なかなか認めてくれない。
 ひょっとして、ボクらも。
 そのとき、ボット先生から返信がきた。ジシューくんの画面に、先生からのメッセージが浮かんだ。ボクらは、ジシューくんを囲んで床に座り、額を寄せた。
『コンバンハ。何の質問かな?』
ボクは、なるべくわかりやすく、手短に、今の状況を書いて返信した。
『今、海の上に居ます。帰りたいんですが、どうしたらいいですか?』
「それで分かるかな?」
「他に、何か書くことある?」
ケンタは、ウーン、と腕組みをした。
「悪い奴らに捕まったって言わなきゃ」
ウーちゃんは言った。
「マーさんが、悪い奴と決まったわけじゃないよ」
「ウチらをだましてこんなものに乗せたんだから、悪い奴だよ」
確かに、ウーちゃんの言う通りだ。でもボクは、「マーさんが乗せたわけじゃないよ。だって、ボクらがここに入ったとき、マーさんもオバサンも、いなかったんだから」と言った。ここに入ったのはマーさんのせいかもしれないけど、それが悪いことかどうかは、まだ決められない。
「アイツらが仕組んだんだよ。ウチらを、外国に送るつもりだよ」
ウーちゃんはボクを睨んだ。ケンタが、「まあまあ」とボクらの肩を押さえた。
 ボクらがここにいるのは、ベランダに迷い込んだからだ。ベランダに迷い込んだのは、マーさんに『スマホかくれんぼ』に誘われたからだ。ベランダの室外機の下に一台スマホがあったし、次の部屋へ行く通り道になっていたから、ここに入った。マーさんも、一緒にスマホを探していたわけだから、もう少ししたら、ここに来たかも知れなかったわけだ。
 ということは、マーさんが仕組んだとは言えない?
「そもそも、知らない人の部屋について行ったボクらが悪いんだよ」
ケンタがポツリと言った。
 そうなんだよな。
「アタシは、アンタに誘われなければ、こんなところに来なかったよ?」
ウーちゃんはボクを責めた。いや、そうだったかな? 勝手について来たんじゃなかったっけ。特に今回、ウーちゃんは、ボクらより先に塾に行っていて、後からわざわざマーさんの事務所に来たわけで、誘ったつもりはないんだけど。
 ガタッ、とドローンが揺れた。気づけばもう、見渡せないくらい近くに客船が来ていた。船上にビルみたいな建物や倉庫が並ぶ、巨大な船だ。でも、さっぱり人影がない。
 目の前に、大きな壁が迫った。団地のマンションみたいに、たくさんのベランダが縦横にずらりと並んだ壁だ。ああ、ぶつかる! ボクらは思わず顔を伏せた。するとドローンは、壁の中の一つの隙間に、音を立てて食い込んだ。ボクらは揃って床に尻餅をついた。
 ああ、何だ? ドローンは、ガコン、と揺れて坂になった。後ろの窓が自動ドアみたいに開いて、ボクらは壁の中へ投げ出された。三人とも逆さまになって滑って行く。なんだか、巨大な滑り台に乗せられたみたいだ。
 うわあああ。
 思わず声を上げたけど、周りは壁、天井には、点々と一列に丸い灯りがあるだけ。一体どうなっているのか、どこに行くのか、見当もつかない。
しばらく滑って、平らなところで止まった。前に壁があって、ウーちゃんは、途中で上手に頭を上に変えて、足で止まったけど、ボクとケンタは、頭から激突した。布団みたいな壁で、痛くはなかったけど、なんか間抜けだ。
 でも今度は、壁と一緒に床が外れて、ショベルカーのショベルみたいに上がった。ボクとケンタは足で立てたけど、ウーちゃんは逆さまだ。おっと、そうだった。ウーちゃんは、逆立ちでも平気なんだ。
ショベルはボクらを乗せて進み、大きな扉の前で止まった。


ボット先生  【第10話/全35話】|nkd34 (note.com)

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