ボット先生 【第17話/全35話】
ボクはケンタが好きだ。大人になったら、ケンタと住みたいと思っているくらいだ。だって、ケンタがいないと、学校にも行きたくなくなる。ケンタがいないと、自分が、自分じゃないような気がしてくる。
お母さんも嫌いじゃないけど、時々、お母さんは怖い。いなくなったらいいのに、と思うことがある。そりゃ、お母さんがいなければ、ボクは何もできないけども、いたらいたで、できないこともあるわけで。
ケンタとなら、何でもできるような気がする。ケンタは頭がいい。学校の成績は悪いけど、それは、休んでいる間に授業が先に進んでしまうからで、習ったことは、ボクよりも全然分かっている。いつも、ボクよりも深く物事を考えている。前にケンタは、頭がよくなる秘訣を教えてくれた。聞くことだ。ケンタは、長くしゃべると息苦しくなるので、黙っていることが多かった。すると、周りの大人は、彼がいないと思うそうだ。いないことにして、何でも話し出す。それを聞くわけだ。聞いていると、分かる話もあり、分からない話もある。でも、前に分からなかったことも、後でもう一度聞いてみると、分かることがある。そうやって人の話を聞くうちに、いろんなことが分かってくるんだそうだ。
ボクは聞くよりしゃべる方が好きだし、大人の話なんて、ほとんど聞いていない。学校の先生の話も、ケンタに聞き直さなければ分からないほどだ。大体ボクの考えは、もともとはケンタの考えだ。
ケンタがいたから、何となく、ボクはホッとした。
でもケンタは、発作が出ていた。息をするのもつらそうだ。マミちゃんが背中をさすってあげていた。ケンタはしきりと咳をした。
どこだ? ここは。
白い壁。
白いテーブルと、白い、革張りの丸椅子。それ以外には何もない。時計も、テレビもない。出入口すらなかった。
公園で男たちに抱え上げられたボクは、そのまま眠った。起きたら、ここにいた。なんだか頭がズキズキする。何が、どうなったのか。さっぱり分からない。「マミちゃん」ボクは尋ねた。「ここは、どこだろう?」
マミちゃんは、心配そうにケンタの背中をさすっていたけど、ボクの方を振り返って、困った顔つきで笑った。
「外国に行く船だよ」
船! また船?
マミちゃんは教えてくれた。YTSに参加して、外国に行く。金持ちで優しい里親の家で暮らして、学校に行かせてもらい、大人になるために必要な勉強をする。
「学校なんて、今でも通っているジャン」
「でもね、ちゃんと勉強するためには、今の学校じゃダメなんだよ。小学校はいいかもしれないけど、中学校からは、お金をかけて、ちゃんとした学校に通わないと、いい高校に行かれないし、大学にも行かれなくなっちゃうんだよ」
そうなの? でもボクは、実は、学校なんて行きたくない。ハンナみたいに、一日中遊んだり、寝たりして暮らしていたい。
「アタシね、絵本作家になるために、外国で勉強したいの」マミちゃんは瞳を輝かせた。「でも、海外留学するには、お金がかかるでしょ? ウチは貧乏だから、出してもらえるか分からないし。YTSは、お金のある家を探してくれるんだって」
ん? なんだ、それ。
ケンタが体を起こした。
「ボクも参加することにした」喉をゼイゼイ鳴らしながら言った。「YTSは、経済的に恵まれない子どもを助ける組織でもあるんだって。それでさ、自分がどこの家に行きたいか、希望を出せるんだよ」
ケンタのお父さんは、アメリカで大学の先生をしていた。離婚したので、ケンタは、お母さんの実家のある横浜で暮らしているけども、今でも時々お父さんと連絡することがあるらしかった。お父さんが、YTSを利用した。ケンタが良ければ、アメリカで暮らせばいい。お父さんのお金であちらの学校に行って、あちらで勉強すればいい。
「ボクの親権は、お母さんが持っている。だから、ボクはお母さんと暮らさなければならない。でも、ここでお母さんといても、ちゃんとした学校に行かれるかどうか分からない。お父さんとなら、少なくとも、お金のかかる学校に行かれるってわけ」
「待って。ちょっと待って」ボクは頭を掻いた。「つまり、いい学校に行くために、外国に行くってこと?」
二人は頷いた。
ボクはパックリ口を開けた。学校って、そんなに大事? ボクの中では、毛虫や蜘蛛と同じくらいイヤなものなんだけど。
いやいや、ちょっと待て。
ここが、YTSの船だってことは分かった。ボクらが、前にマーさんに騙されたときのように、外国に連れていかれるところだということも理解した。でも、おかしくね? ケンタもマミちゃんも、YTSに参加することに納得してるジャン。
「オレ、行きたくないんだけど」
そういうことだ。うまく言えないんだけど、やっぱり、YTSって怪しいジャン。
「まだ間に合うよ」ケンタは言った。「でも、テッチャンも来た方がいいと、思うんだな」
「行こうよ」
マミちゃんも言った。
「テッチャンは面白いし、みんなに好かれるタイプだから、あっちに行っても、きっと楽しいよ」
そうなの?
二人に言われると、なんだかそんな気がして来た。
このまま船に乗っていたら、どこか知らない外国へ連れていかれる。見たこともない、言葉もちがう大人が里親になって、ボクの世話をしてくれることになる。
なんだか、おかしな話だ。
ボクにはお母さんがいる。お母さんと離れるなんて、考えたこともない。お父さんもいる。赤ん坊の頃は一緒に暮らしていたらしいけど、ボクは、顔も覚えていない。名前も知らない。でも、いることは確実だ。死んだとは言われていないから。
お母さん、お父さんに黙って、外国に行くのって、ヤバくね?
