ボット先生 【第18話/全35話】
そのとき、天井近くに四角い画面が現れた。例の、キノコ型ロボットの画像だ。
『人間にできることには、限界があります』キノコは、平坦な声で話し始めた
『人間が生きていくために必要なものは何でしょう? 食べ物、飲み物、住むところ、着るもの。裸で暮らす人もいますが、文明の進んだ現代の都会では、それはできません。人は毎日、食べるものを自分で見つけ、住むところを探し、着るものを手に入れなければなりません。生まれてから死ぬまで、それらを求める生活が続くのです』
キノコは目を尖らせた。重々しい音楽が、画面の中に流れていた。
『現代の人間に必要とされるものの一つが教育です。人間社会で生きていくためには、充分な知識や教養、知恵が必要です。それらは、一人で身に付けることはできません。いろいろな人に教わって、自ら学ぶことで身に付くのです。それが教育です。この世に生まれた人はみな、教育を受ける権利を持っています。しかし、現状、この権利が十分に行使されていると言えるでしょうか』
ここで画面が切り替わった。金髪でひげを生やした男の人が、どこかの大きな農場でインタビューをうけていた。
『私も、かつては孤児でした』男の人は言った。『貧しい食べ物に、毎日同じ服、粗末な家。勉強道具すら買えず、それを苦にして学校をサボったこともありました。ですが、CTS(『C』は、この人の出身地の頭文字らしい)のおかげで、裕福なホストファミリーを見つけることができ、大学を卒業して、今の仕事を見つけることができたのです』
画面はまた変わった。どこかの国の、中学校の様子だ。インタビュアーが『キミは、何年生?』とマイクを向けると、頬にニキビを並べた男の子が、『三年生』と答えた。
『卒業後は、工業高校に進学するつもりです。エンジニアを目指しているので、IT関連の勉強のできる学校を探しています』
もう一人、目のくりくりしたお下げ髪の女の子が出た。
『アタシは、医療関係の仕事に進みたいです。小さい頃は病弱で、たくさんの人のお世話になったので、今度はアタシが、子どもたちを助けてあげられるようになりたいです』
緑の中にある白い校舎を空から移した映像になった。また、音楽が大きくなった。
『この学校では、WTN(ワールド・トラフィッキング・ネットワーク)を通じて里親プロジェクトに参加した多くの子どもたちが学び、将来の夢を育んでいます』
YTS。それは、人の未来を豊かにする取り組み。文字が浮かんで、映像が終わった。
ボクは、ポカンと口を開けた。CM動画ジャン。最後まで見させられた。なんだか屈辱だ。スマホで無料ゲームをしていると、画面のあちこちに、全然カンケーない宣伝が現れる。うっかり触ると、見たくもないのに、動画が始まる。ゲームを中断されたボクは激怒。スマホを投げつけそうになったこともあった。CM動画なんて大嫌いだ。
ケンタは大分落ち着いてきた。
「病院はどうしたの?」ボクは尋ねた。
「行かなかった」ケンタは言った。
病院は混んでいた。ケンタのお母さんは、待合室でずっと電話で話していた。ケンタはスマホでゲームをしていた。ゲームの途中でメールを受信した。ケンタは驚いた。お父さんからだ。
ケンタに届くメールは、お母さんも見られる。でも、お母さんは電話中だ。ゲームを中断して、ケンタはメールを開いた。一行だけ、『右の後ろを見てごらん』と書かれていた。
「マジで?」
ボクはびっくりして声を上げた。右の後ろに、黒服の男がいた。男について、ここまで来たそうだ。薬がもらえず、注射もしてもらっていなかったので、ここで発作が出たんだ。
マミちゃんも、似たようないきさつで来たらしかった。
そんなのって、あるかな? ボクは困った。二人は、外国に行くことを怖がっていない。今見た映像の中にあったように、子どもにとっていいことだと信じているらしい。でも、なんだかボクには、そうは思えないんだけど。
第一ボクは、お母さんと離れて暮らすのなんて想像できない。ケンタとマミちゃんが一緒なら心強いけど、でも、サマーキャンプとはわけがちがうだろう。キャンプの時、飯盒スイサンの意味が分からなくて、「山のキャンプなのに、魚が出るのかな?」と聞いて、六年生にひどく笑われた。炊爨は、水産じゃない。日本語すらまだよく分かっていないのに、言葉の分からない外国に行くなんて、ということを言うと、「大丈夫だよ」とケンジは言った。
「言葉はすぐに覚えるよ。基本的に、たいていの国で英語が通じるし、ボクらは、日本語の分かる人もいるところに行くことになるんだよ。いきなり知らない人の中に放り出されるわけじゃない」
「でもボクらは、ここの黒服の人の中じゃ、マーさんくらいしか知らないジャンか」
「マーさんは来ないよ」
え? ナニ、それ。
「ボクらはさっき、少し説明を聞いたんだけど、マーさんの事務所は、YTSそのものじゃなくて、YTSの看板を借りて、対象の子どもを募集する事務所だったんだ」
「塾も、マーさんと関係のある人が始めたんだって」マミちゃんが付け足した。「塾をサボっている悪い子を誘って、勝手に連れ去ろうとしたってわけ」
ははん? ってことはやっぱり、マーさんは悪い奴だったってことか。
しかしそうなると、いよいよここには、誰も知り合いがいなくなる。
「帰ることはできないのかな?」
うーん、とケンタは腕組みした。「今のうちに頼めば、できると思うよ」とマミちゃんは言った。
そのとき、ボクらの真ん中あたりの床の、一メートルくらいの範囲が丸く光った。と思うと、静かに床が下がって、小さな階段が現れた。ボクらは顔を見合わせた。ここを、降りろってことかな? ケンタは唇を閉じて頷くと、一番に降りて行った。マミちゃんが後に続いた。
エーッ、行くの?
まあしかし、ここで迷っていても仕方がない。船は進んでいるわけだし、一人じゃ帰れない。この先に誰がいるのか分からないけども、誰かに何とかしてもらわなければどうしようもないんだから、行くしかない。
