ボット先生 【第15話/全35話】
ケンタはまた休み。外はまた雨。ウーちゃんは相変わらずにぎやかだけど、ボクはなんだか気が乗らない。学校がつまらない。休み時間に何となく話し相手がいなくて、ボクはマミちゃんの席に行った。
「外国の話なんだけどさ、」とボクは昨日の話を持ち出した。「たぶん、アメリカじゃないの?」
「分かんない。何で?」
「だって、日本とアメリカは、仲がいいジャンか」
マミちゃんは地図帳を出した。世界地図を見ると、日本が大体真ん中あたりにあって、アメリカは、太平洋を挟んだ右側だ。
「アタシは、イギリスがいい」
マミちゃんはヨーロッパを指した。左の端っこにある小さな島がイギリスだ。
「イギリスって、何があるの?」
「ピーターラビットとか、熊のプーさん。アタシね、絵本作家になりたいの」
「それなら、アメリカにもあるよ。バットマンとか、スパイダーマンとか」
「それはマンガでしょ? それに、コウモリとクモじゃヤダ」
「じゃあ、ミッキーマウスは?」
「ネズミジャン。ネズミは、害獣だよ」
ガイジューってなんだ? 怪獣の、すごいのか?
「でも、もっと近くだと思う。中国とか」
「中国って、何かいたかな」
ボクは、となりで英語の本を読んでいたキムラ君を見た。「孫悟空だよ」とキムラ君は教えてくれた。
「孫悟空って、人間ジャン」
「ちがうよ。それは、『ドラゴンボール』のゴクウだよ。本物の孫悟空は、サルなんだよ」
へへえ。キムラ君は、英語だけじゃなくて、中国のことにも詳しいのか。
ボット先生が来た。社会の授業だ。ボクは席に戻った。
「米という作物が、どこから来たか分かる人」
米が来たってどういうこと? もともと、日本に生えていたんじゃないの。
ウーちゃんが手を挙げた。
「中国」「正解!」
ボット先生の顔がキラキラ光った。「他には?」
「ベトナム」キムラ君が言った。「それも、正解!」またボット先生が輝いた。
「台湾」珍しく波多野君が答えた。「それも正解」
ボット先生は、顔の中に西日本の地図を浮かび上がらせた。となりの国の韓国、中国、台湾から、ずいッと矢印が伸びた。
「もともと、日本に米はなかったのでアリマス。米は、水のたくさんある、暖かい地域で作られる穀物でアリマス。米が最初に栽培されたのは、インドだと言われています。とてもたくさんとれて、大変おいしい作物ができるということが知れ渡って、だんだんと東の方へ伝わってきたのでアリマス」
ははん。そう言うことか。
ボクは米が苦手だ。味がしないし、ねっとりしていて飲み込むときに疲れる。パンもあんまり好きじゃないけども、例えば給食のパンは、食べ切れなかったらこっそり持って帰ることができる。ご飯だとそうはいかない。さやか先生がよく言っていた。食べ物を残すのは、作った人に失礼なんだそうだ。
食べ切れないものを作ることは、シツレーじゃないんだろうか。
「ムラタ君」
ボット先生は、いきなりボクを指した。
「現代の日本で一番たくさん米を作っている都道府県はどこか、知ってるでアリマスか?」
は? 知らない。
どこで米が穫れるかって? 田んぼを見学したことはあるけど、横浜市内だ。米って、どこでも作ってるんじゃないの?
「沖縄」ボクは答えた。「残念」ボット先生は困り顔になった。
「誰か、分かる人」
マミちゃんが手を挙げた。
「新潟県」「正解!」
ボット先生が、全身キラキラさせた。
ちょっと待って。おかしいジャン。
米は、インドみたいな、暖かい国でできるって言ったジャンか。だから、日本で一番暖かい、沖縄って言ったわけで。新潟って、寒くね?
ボット先生は言った。暖かい国の作物を、そのまま日本に持ち込んでも育たない。米は、寒さに強い品種を少しずつ増やして、長い時間を掛けて日本で育つように改良したんだそうだ。現在の米の産地は、新潟、北海道、秋田がベストスリー。他にも山形とか宮城とか、寒い県が上位に並ぶ。北海道と大体同じ緯度のヨーロッパでは、米は作られていないから、それだけ寒い地域でも作れるようになったわけだ。
次の休み時間、ボクはまた、マミちゃんの席に行った。
「ウチのおじいちゃんが、新潟なの」
「そうなんだ」
「親戚が農家でね、お米を毎年送ってくれるから、食費が安く済むって、お母さんがいってる」
「でも、米ばっかって、つらいジャン」
「そうなんだよね」
マミちゃんは肩をすぼめた。
「何が好き?」「かた焼きそば」
え、何、それ?
ボクは、ラーメンが好きだ。おいしいし、食べやすい。いろんなスープがあって、その時の気分で選べるし、いろんな具が乗せられて、たっぷり栄養が取れる。特に好きなのは、長崎ちゃんぽんだ。
でも、かた焼きそばって、どうかな。
給食でも、かた焼きそばは出る。ラーメンは出ないのに、なぜか出る。
ご飯には、みそ汁が付き物だ。うちの場合、例えば、カレーライスだと他におかずがない。でも、みそ汁は出る。親子丼でもおかずはない。みそ汁だけ付いてくる。普通の食事は、ご飯とおかずとみそ汁の三種類。でも、手抜きするときは、ご飯におかずになるもの(カレーや卵や鶏肉)を乗せて、みそ汁を付け足す。
ラーメンは、ご飯の代わりが麵、おかずの代わりが具で、みそ汁の代わりがスープ。つまり、丼一杯で、一食分の役割ができているわけだ。しかも食べやすい。米みたいに喉につかえない。
かた焼きそばってどうだろう? あれは、おやつじゃないかな。実際、給食でかた焼きそばが出た日は、午後にお腹が減ってやり切れない。あんかけの野菜や肉が乗っているけど、歯応えがなくて食べた気がしないし、麺をポリポリかじるのはおやつ感覚だ。中途半端にふやけた麺をすするのも、なんだか騙されたような気分になる。焼きそばは分かる。汁なしラーメンだ。お母さんだって、みそ汁を作り忘れることがある。煮込み過ぎて、マズくなって、捨てたこともあった。そんなときは、ご飯とおかずだけ。ラーメンから汁を抜いて、焼そば。
「作りかけのものって、自分で作れるから面白いと思う」
マミちゃんは、マジメな顔でボクを見上げた。
どういうことだろう?
作りかけのものを、自分で作る。つまり、かた焼きそばは、料理している途中で、食べる人に出している、というわけだ。まだできていないのに、腹が減ったから早くして、と催促されて、慌てて出した焼きそば。ここまでやったから、続きは自分でしてね。
「手抜きジャン」
マミちゃんは「手抜きとは、ちがうと思う」と笑った。
