ボット先生 【第8話/全35話】
その時、カラカラと後ろの網戸が開いた。
「ウーちゃん!」
ボクとケンタは、揃って声を上げた。
「お前ら、何でアタシを置いて行くの!」
またこれだ。ボクらを置いて、先に塾に行ったのはウーちゃんだ。
彼女は、塾でタクト先生とケンカして、ここに逃げてきたらしい。入口でオバサンに会い、ゲームのルールを教えられて、後から参加した。
「何台見つけたの?」
「まだ一台」
ボクはスマホを見せた。
ガタッと大きな音がして、ベランダが傾いた。屈んでいたボクの背中に、ケンタが伸し掛かった。ウーちゃんは尻餅をついた。
また大きな音がして、今度は左に傾いた。声を上げる間もなく、ベランダ全体が、ビルからボコッと外れた。
どうなったんだろう! 何が起こったか分からない。外の様子を見たいけども、怖くて顔も上げられない。三人揃って四つ這いになって、頭を突き合わせた。乾燥機が、回るスピードをぐんぐん上げるような音が、頭の上に響いていた。
落ちるのか? ベランダが取れたらしい。定員オーバーで、重さに耐えきれなかったとか? いや、そんなはずはない。ボクとケンタは小柄だし、ウーちゃんも、背は高いけども華奢だ。小学生三人を乗せられないベランダなんてあり得ない。
ベランダは、ボクらを乗せてゆらゆら揺れていた。ガラス張りの天井から見えるのは、暮れかかった青い空。イワシ雲が紫に染まっていた。
あ、ヤバい!
ボクは思い切って立ち上がった。これは、ヤバいぞ。ボクの後に、恐る恐るケンタも立った。
「や、やべー!」
飛んでる。ベランダが、空中を飛んで、ビルの上まで上がっている!
室外機の中のプロペラが、高速で回転していた。これは、室外機じゃない! この奇妙な乗り物のエンジンだ。
外を見て、ボクらはさらに驚きの声を上げた。ベランダの四本の柱からプロペラが出て、音を立てて回っていた。ドローンだ! このベランダは、取り外しできて、人の乗れるドローンだったんだ。
ボクらを乗せたドローンは、ぐんぐん上に上がって、たちまち町が、地図みたいに下に広がった。
電話が鳴った。ボクが見つけたスマホだ。ボクはそれを二人の前に差し出し、どうする? と目で相談した。
「出ちゃダメ」
ウーちゃんが言った。これも、『たこのにもの』の『に』だ。知らない人からの電話には出ない。偽の電話かも知れない。イヤなことを言われて、傷つくかも知れない。
「いや、出よう」
ケンタは言った。冷静な口調だ。そうか。考えてみれば、こうしてビルからはぐれてしまった以上、外と連絡できる手段はこれだけだ。出なければ、この先どうなるのか分からない。ボクは、みんなに音声が聞こえるようにして、着信を受けた。
『未来の地球を支える、若き天使たちよ!』
何やら荘厳な音楽と共に、重々しいアナウンスが流れて来た。
子どもたちは、人類の宝物です。キミたちが、正しく育つことこそが、人類のよりよい未来を保証するのです。今、世界には、様々な問題があります。地球環境の問題、核兵器開発の問題、人口増加による食糧確保の問題、等々。キミたちは思うことでしょう。こんなに大きくて難しい問題が、自分たちの将来に残されているなんて、と。心配はいりません。今、人類は、これらの問題を解決するために、力を合わせて取り組んでいます。もちろん、解決方法は難しく、時間がかかります。つまり、解決するためには、キミたちの協力が必要なのです。
天使たちよ。未来を、共に作ろうではありませんか。キミたちには、大人になって、人類のために活躍できるだけの教育を受ける権利があります。
「あ、何すんの」
ボクが電話を切ると、ウーちゃんが唇を尖らせた。
「だって、こんなの、聞いたってしょうがないジャン」
「後の方に、何か手掛かりがあったかもしれないのに」
ボクは焦った。ウーちゃんの言う通りだと思った。もう一度電話を通話にしてみたけど、何も言わない。ラジオじゃないからだ。
西の空に日が沈みかけていた。富士山が、夕日を浴びて輝いていた。ボクは、こんな高いところに連れて来られて、怖くてしょうがない。大体ボクは、飛行機すら乗ったことがない。怖くて、柵につかまっても、膝立ちまでしか起きられないくらいだ。ケンタも同じだった。でも、ウーちゃんは立って、平気で下を眺めていた。
画面を切り替えて連絡先を探した。でも、さっきの着信は非通知で、他に電話番号もメールアドレスも登録されていなかった。
「そうだ! アタシ、タブレット持ってる」
ウーちゃんは、塾のカバンを開けて、塾のテキスト用のタブレットを出した。これは、毎回塾に返すもので、ボクとケンタは持っていない。ウーちゃんは、家でも英語の勉強をすると言って、勝手に持ち出しているんだ。
ダメだった。ワイファイに繋げないので、通信できない。タブレットにも一か月に一ギガくらいの通信量が装備されているけど、ウーちゃんはもう使い切っていた。
ケンタが、お母さんのスマホに電話してみた。これも、繋がらない。発信できない設定になっているらしかった。
ああ、一体、どうなっちまうんだろう?
