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ボット先生   【第2話/全35話】

 教室のみんなは、ランドセルを開いて机の上に『ジシューくん』を出した。『ジシューくん』とは、夏休み前に全員に配られた、タブレット端末だ。中に宿題が入っていて、毎日家でやるように言われていた。弱った。出せない。
「みんな、出したでアリマスか。ヨロシー。次に、ジシューくんの送信機能を使って、センセーに宿題を送ってくだされ」
仕方がない。ボクもジシューくんを出した。なくしたわけじゃない。ちゃんと、持ってるんだ。でも、電源を入れても、画面がちゃんと開けない。
 国語、算数、理科、社会。音楽、図工、体育。自由研究や日記もだ。夏休みの全部の宿題が、ジシューくんに入っていた。ボクは宿題が嫌いだ。家で勉強なんてしたくない。だから、夏休みの最初の日に、なるべくたくさん終わらせようと思って、朝からずっとジシューくんに向かっていた。昼ごはんも忘れるくらいだ。猫のハンナがボクの部屋に入ってきたがったけど、ドアの前に椅子を置いて、押し開けて入って来られないようにして、宿題をやっていた。夕方になって、さすがにお腹がすいたので、台所に行って、お母さんが置いていってくれたサンドイッチを食べ、お茶を飲んだ。ほんの、五分くらいの間だ。また部屋に戻って、さあ、続きをやるぞ、と液晶画面に触ったら濡れていた。
 うわ、きたねェ!
 見るとハンナが、ボクのベッドの上で、ゴロンと横になっていた。ボクは、床に寝そべって宿題をやっていたんだけども、台所で食事している間、置きっ放しにしていたジシューくんに、ハンナがションベンをかけていた。
 ボクが怒って顔を上げると、ハンナはピクッと耳を立て、素晴らしい速さで逃げ出した。ボクはその時、アイツがどこから入ったかを知った。ボクの部屋には冷房がないので、窓を開けっ放しにしていた。アイツは、わざわざ外に出て、ボクの部屋の網戸に飛びついて、狭い隙間を作って入ったのだ。そして、またその隙間を通って逃げた。
 猫ションまみれのタブレットなんて、使えないよ。
 ボクはそれを束ねたティッシュで掴み、トイレの流しで洗った。でも、ああ、ダメだ。
 電源が入らない。振っても叩いても、ウンともスンとも言わない。どうしよう? 壊れちゃったかな。お母さんが帰ってくるのは、まだまだ先だった。夏休みの間は、一人で留守番する約束だった。お母さんは町の児童クラブに通わせたがっていたけれど、波多野君やカスヤンのいるクラブには行きたくなかったから、一人で頑張る、と言い張った。宿題は、自分でやる。ご飯も一人で食べる。ハンナにも、ボクがえさをやる。
 そうなのだ。ボクは、いきなり初日から、ハンナのご飯を忘れたのだ。だから、宿題にションベンをかけられた。
 ジシューくんは、乾かしたら電源が入った。でも、ホッとしたのもつかの間、画面の半分以上が、雨雲のような黒い影に覆われていた。ションベンのあとだ。ああ、宿題ができない! 
 夏休みはいそがしかった。児童クラブは許してもらったけど、塾の夏期講習と、サマーキャンプと、お母さんの休みの間にはおじいちゃんの家に泊りに行ったり、ケンタとプールに行ったりと、アッという間に過ぎ去った。
「ムラタ君。ムラタ、テツヤ君」
呼ばれて、ハッとなった。ボット先生が、ボクを見てニコニコしていた。
「君の分が、受信できないんでアリマス。送ってくれたでアリマスか?」
できるわけない。送ってないんだから。画面がくさって、触っても叩いても、どうにもならないんだから。
 先生は、教壇を下りてボクの席に向かって来た。ああ、ボクは、どうなってしまうんだろう? 宿題はできていない。その上、学校に借りたジシューくんを壊してしまった。本当は今日、学校に来たくなかったんだ。お母さんが仕事に出かけて、ハンナが散歩に出かけた後、ボクは家で一人になった。ボクは家を出ず、一日テレビでも見ていようかと思っていた。でも、ケンタとウーちゃんが、わざわざ部屋の玄関まで迎えに来たから、出て来るしかなかった。
「おやおや、こりゃ、テーヘンでアリマス」
ボット先生は、ボクのジシューくんを取り上げて言った。
「液晶画面は、酸性の液体に弱いんでアリマス。サンセーというのは、酸っぱいものでアリマス。レモンとか、スブタとか。これは何か、酸性のものがかかったせいでアリマス」
言いながら先生は、ジシューくんをパカッと二つに開いて、中の機械に、指先からニュウッと伸ばしたコードを繋いだ。
 先生の関節が、ピカピカ光った。
「ウン。ちゃんとやってある。グッドでアリマス。でも、一日で全部やるのは無理なんでアリマス。日記もあるし、自由研究もあるし」
先生は教壇に戻った。
 先生の顔に、横向きの棒グラフが浮かんだ。何だろう? みんな先生に注目した。
「これは、みんなが提出した宿題の割合でアリマス。分かりますか? 百パーセントがない。国語算数理科社会、勉強の課題は大体みんなできているけども、自由研究と、日記ができなかった子が多いのでアリマス」
先生の画面の下の方に、切ったスイカみたいな形が浮かんだ。口を開けて笑ったんだ。
「宿題の締め切りを、一週間延長するでアリマス。やりきれなかったところを、もう一度やってくだされ。もし、宿題の進め方で悩んでいることがあったら、遠慮なく先生に相談してくだされ」
ボクは新しいジシューくんを貸してもらった。


ボット先生   【第3話/全35話】|nkd34 (note.com)

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