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一番大切にしたいのは自分。

第3弾では、友達への“好き”について書きました。

推しへの“好き”は、憧れであり、尊敬であり、「幸せでいてほしい」と願う気持ち。
友達への“好き”は、信頼であり、安心であり、「このままずっと笑っていてほしい」と願う気持ち。

同じ“好き”という言葉なのに、その中身は少しずつ違いました。

そして、このシリーズを書きながら、ひとつ気づいたことがあります。それは、私が一番長い時間を一緒に過ごす相手は、私自身だということです。

嬉しかった日も。
苦しかった日も。
何かを頑張れた日も。
何もしたくなかった日も。

生まれてから今日まで、ずっと隣にいたのは自分でした。だから、強いて一番大切にしたい人を挙げるとするなら、私は「自分」だと思っています。こうやって書くと、「自分が一番なんて自己中心的だ」と思われるかもしれません。でも、私が言いたいのは、そういうことではありません。
恋人より自分。
友達より自分。
家族より自分。
そんなふうに誰かと比べたいわけではありません。


第3弾でも書いたように、私は人との関係に順位をつけることが苦手です。
恋人も。友達も。家族も。
私にとっては衣食住のような存在です。役割は違います。でも、どれも生きていく上で欠かせません。どれも今の私をつくってくれた、大切な存在です。それでも、自分を一番大切にしたいと思う理由があります。
それは、自分を大切にできない人は、恋人も、友達も、家族も、本当の意味では大切にできないと思うからです。自分の心がすり減ってしまえば、誰かに優しくする余裕もなくなります。自分のことを嫌いだと思いながら、誰かを大切にし続けることは、とても苦しいことだと思います。だから私は、まず自分を大切にできる人でいたいです。もちろん、今の私は「自分が大好きです」と胸を張って言えるわけではありません。もし、そう聞かれたら少し考えてしまいます。自分自身の嫌いなところもあります。
考えすぎてしまうこと。一人でどうにかしようとしてしまうところ。「もっとこうすればよかった」と、終わったことを気にしてしまうところ。
そんな自分を、変えたいと思ったこともありました。でも、今は無理に変えようとは思わなくなりました。もちろん、直したいと思うことはあります。少しずつ成長できたらいいなとも思います。でも、自分を否定し続けながら変わろうとするのは、とても苦しかったです。今は、それも含めて私なんだと思えるようになってきました。完璧に自分のことを好きになれたわけではありません。それでも、前よりは好きです。自分を責める時間よりも、自分を認められる時間が少しずつ増えてきました。その小さな変化が、今の私には何より大切なことだと思っています。

昔の私は、誰かに嫌われることが怖かったです。人見知りということもあって、人からどう思われているのかを気にすることが多くありました。
相手に合わせて笑う。
本当は少し疲れていても「大丈夫」と言う。
嫌なことがあっても、空気を壊したくなくて飲み込む。
そうやって、人とうまくやっていくことが大人になることなんだと思っていました。でも、そんな毎日を少し苦しいと思う自分もいました。

作り笑いと気遣いでできた関係は、あとから自分の首を絞めてしまいます。
この人の前では、こういう自分でいなきゃ。
期待を裏切らないようにしなきゃ。
そうやって、誰かの中で作り上げた理想の自分を演じ続けることに疲れてしまいました。気づけば、本当の自分がどんな人だったのかさえ、分からなくなりそうでした。

そんなふうにつくった関係は、本当に大切な関係と言えるのだろうか。

今は、そんなことを考えます。だから私は、自分に素直でいたいと思うようになりました。もちろん、なんでも思ったことを口にすればいいとは思いません。自分の都合で、人を傷つけていいとも思いません。生きていれば、やりたくないこともあります。苦手な人と関わらなければいけないこともあります。我慢しなければならない場面もあります。社会の中で生きている以上、それは避けられないことだと思います。だから私は、“嫌だから逃げる”という選択ではなく、“自分の心が疲れない向き合い方”を選びたいと思っています。

少し距離を置くこと。
一人になる時間をつくること。
無理をしすぎないこと。
自分に嘘をつき続けないこと。
そうやって、自分の心を守りながら生きていきたいです。私が目指しているのは、誰からも好かれる人ではありません。昔は、誰にも嫌われたくないと思っていました。できることなら、みんなに好かれたいとも思っていました。でも今は違います。

全ての人に好かれなくてもいい。このままの私を受け入れてくれる人がいるなら、その人たちを大切にしたい。そして、私もその人たちを心から大切にできる人でいたい。

その方が、きっと長く笑っていられる気がするからです。第二弾では、「推しに恥ずかしくない自分でいたい」と書きました。その気持ちは今も変わりません。でも、それと同じくらい大切にしたいことがあります。

それは、“自分が好きだと言える自分”でいることです。

誰かに褒められるためではありません。誰かの理想になるためでもありません。自分が、「今日の自分、悪くなかったな」と思える日を少しずつ増やしていきたい。そんな毎日を積み重ねていきたいです。
誰かに否定されることはもちろん怖いし、傷つきます。だからこそ、自分で自分のことを否定せず、ありのままの自分を大好きだと思える人でいたいです。

第1弾を書き始めたとき、私は「好き」という言葉が分かりませんでした。

恋愛への“好き”
友達への“好き”
家族への“好き”
推しへの“好き”

全部同じ言葉なのに、全部違う。その違いを知りたくて、このシリーズを書き始めました。書きながら、自分自身にも何度も問いかけました。
私は何を大切にしたいんだろう。
どんな人でいたいんだろう。
どんな人生を歩みたいんだろう。

そして、今の私が出した答えは、とてもシンプルでした。

自分が好きな自分でいたい。
そのために、自分を一番大切にしたい。

それは誰かをないがしろにすることではありません。
恋人も。友達も。家族も。推しも。
どれも私にとって大切な存在です。
だからこそ、その人たちを大切にし続けられるように、自分自身のことも大切にしていきたいです。私はまだ、自信を持って「自分が大好きです」とは言えません。でも、前よりは好きです。そして、これから少しずつ、自分が好きだと思える自分になっていけたらいいなと思っています。

ここまで、“好き”について考えてきました。
推しへの“好き”
友達への“好き”
そして、自分への“好き”

書き始めた頃は、“好き”という言葉が分からないと思っていました。でも、書きながら少しずつ、自分自身のことが見えてきた気がします。

それでも、まだ答えが出ていないことがあります。
何度考えても立ち止まってしまうこと。
どうしても言葉にできなかったこと。

このシリーズを書き始めた理由にも繋がる、私自身の話です。
ここから先は、今までほとんど誰にも話してこなかったことを、少しずつ言葉にしていこうと思います。

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