【第3章】 第80話

【第3章】第80話 帰還
戻ってきた。

この言葉の重さをここにいるすべての人に贈りたい。

ベッドの上のグレアムとエマ
安定した呼吸に胸が動いている。

「無事に終わったよ」

テレシアの言葉にクラリスは、泣き崩れ
ヴィクトルがその肩を優しく抱く。
彼の瞳にも涙が浮かんでいた。

まだ観察は終わらない。
だか、先の見える線が描かれたねっと
テレシアはまだ震える手を見ながら思った。
テレシアは、
静かに息を吐いた。

「……正直、
成功する保証なんて無かった」

誰も口を開かない。

医療という領域を、
今、
自分達は完全に踏み越えた。

切除でもない。
再生でもない。

“あるべき状態へ戻す”

そんな神話みたいな現象を、
目の前で成立させてしまったのだから。

「これ、
もう治療って呼んで良いのかな」

ぽつりと漏れた言葉に、
真琴は答えられなかった。

だか、生きている。

今はそうとしか言えない。

だから、
二人を呼んで、テレシアと共に話をする。

「ヴィクトル、ちょっと」

テレシアが静かに呼ぶ。

「ああ」

ヴィクトルは、
クラリスの肩をそっと支えたまま立ち上がった。

「クラリス。
少しだけ、借りる」

「……うん」

涙で濡れた声。
けれど、その表情には確かな安堵があった。

テレシアは、
病室の隅へ移動すると、
小さく息を吐いた。

先ほどまで張り詰めていた緊張が、
今になって全身へ重く返ってきている。

震える指先を、
白衣の袖へ隠した。

「先に言っておくね。
今の段階では、成功と言い切れない」

ヴィクトルは黙って聞いている。

その視線は、
すでに患者を見る医師のものだった。

「呼吸、循環、魔力反応。
今の所は安定してる。
でも……今回やった事は、
普通の治療じゃない」

テレシアは、
一度言葉を探すように目を伏せる。

「壊れた部分を治した訳じゃない。
“正常だった状態”へ、
無理やり引き戻した」

「……状態固定か」

真琴が小さく呟く。

ヴィクトルの眉が僅かに動いた。

「ヒュドラの再生。
水晶竜の固定。
そして真琴の正常化」

テレシアは、
苦く笑った。

「こんなの、
医術書のどこにも載ってない」

誰も否定できない。

「だから、
揺り戻しが起きる可能性もある」

その言葉に、
ヴィクトルは静かに問い返した。

「具体的には?」

「肉体と精神の齟齬。
異常部位の再発。
あるいは……
身体そのものが“戻された状態”を拒絶する可能性」

重い沈黙が落ちる。

だが、
ヴィクトルは目を逸らさなかった。

「必要な事は?」

即答だった。

テレシアは、
そこで少しだけ表情を緩める。

「経過観察。
あと……
君にも手伝って欲しい」

「わかった」

その返答に迷いは無い。

病室の向こうでは、
クラリスがまだ両親の手を握っていた。

戻ってきた命を、
今度こそ離さないように。



「ヒュドラの存在をどうするよ?」

テレシアが言った。

あの不死身の化け物は、
既に元の状態へ戻っている。

切り落とされ、
削られ、
材料として使われたあとですら、
なお再生を続ける。

やはり、
化け物だった。

「私一人じゃ、
あんなの抱えたまま治療なんて無理だからね」

バジリスク被害者の治療は、
まだ残っている。

だが、
ヒュドラという災害級生物を傍に置いたまま、
落ち着いて医療行為など出来るはずもない。

「今回の件は、
秘匿扱いにしてくれ」

リオが低く告げる。

「だろうね。
私もこんなの噂になったら困るよ。
船長にも口止めしとかないと」

「口止め料は、
もう渡してある」

リオは淡々と言った。

「船ごとね」

「いや、
口止め料の規模じゃないでしょ……」

真琴が、
マリーナの方角へ視線を向けながら呟く。

実際、
あれだけの騒ぎだ。

完全に隠し通せるとは思えない。

「まあ、
無理なものは無理って割り切るしかないさ」

テレシアは、
ひらひらと手を振った。

「ヒュドラは、
そのままバジリスクの所へ返しておきな。
主要材料が無ければ、
同じことは出来ないんだから」

「それは……
どこで放せばいいんだ……」

リオの顔が青くなる。

「本気の大怪獣街蹂躙だけはやめてね?」

真琴が茶化すように言うと、

「人ごとだと思って!」

リオが恨めしそうに睨み返した。

そのやり取りに、
張り詰めていた病室の空気が、
ほんの少しだけ緩む。

救われた命は、
確かにここにあった。

だが同時に、
世界はまた、
少しだけ危険な領域へ踏み込んでしまったのだ。

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