【第3章】 第81話
【第3章】第81話 話の終わり話の始まり
「どうしたらいいんだぁぁぁぁー!!」
浜辺に、
リオの絶叫が響き渡っていた。
両手で頭を抱え、
波打ち際を行ったり来たりしている姿は、
もはや青春というより遭難者である。
「あいつは、どうしたんだ?」
漂着した木材を片付けながら、
ヴィクトルが呆れたように真琴へ視線を向けた。
「ヒュドラをね、
生きたままで海へ返したいんだってさ」
真琴は、
ロープを引きずりながら肩を竦める。
「でも普通に放したら、
今度は沿岸の街を襲う可能性あるじゃん?
その辺りで悩んでるらしい」
「……バジリスクと対になって現れたら、
悪夢だな」
ヴィクトルの低い呟き。
巨大な海魔と、
領域を石へ変える怪物。
想像するだけで、
海運どころか国家規模の災害である。
「そ!
安全安心な漁業は守らないとねー」
「一番程遠い奴に言われたくないな」
「平和主義な私にそれを言う?」
「クラリスに“平和主義”を講義してもらうか?」
少し離れた場所で、
漁網をまとめていたクラリスが、
ぴくりと反応する。
「……今、
私の名前が聞こえた気がしたのだけど」
顔を上げる。
その瞬間だった。
――バタバタッ!!
砂浜を蹴り上げる音。
振り返った先。
ルナミナが、
珍しく血相を変えて走っていた。
その後ろを、
セラフィナまで追って来ている。
普段ならば絶対に崩さない冷静さが、
今は見る影もない。
「逃げて!!」
ルナミナの声が、
裂けるように響く。
「お父様が――」
セラフィナが続ける。
「ルクレツィアが来る!!」
その言葉が、
最後まで届くより先だった。
――ぞわり。
空気が、
裏返る。
空が赤い。
違う。
空ではない。
世界そのものが、
赤く“反転”した。
「っ!?」
真琴の背筋を、
氷の指が撫でる。
景色が軋む。
波の音が遠ざかる。
空間が、
まるで巨大な生き物の内臓みたいに脈打っていた。
「空間干渉……!?」
クラリスが息を呑む。
次の瞬間。
全員の身体に、
見えない“重さ”が落ちてきた。
――ドンッ。
肺が潰れる。
骨が軋む。
立っているだけで、
全身が悲鳴を上げた。
「ぐっ……!」
ヴィクトルが膝をつく。
砂浜が、
めきめきと沈み込んだ。
ただ立っているだけ。
それだけで、
世界そのものが耐えきれず悲鳴を上げている。
そして。
来る。
まだ、
“姿すら見えていない”のに。
本能だけが理解していた。
――いる。
――上だ。
誰もが、
恐る恐る空を見上げる。
赤く染まった空の奥。
何かが、
笑った気がした。
⸻
真紅に染まった空閑域。
“お父様”と呼ばれる存在も。
ルクレツィアの姿も。
どちらも、
まだ見えない。
だが。
見えないからこそ、
分かってしまう。
そこに“いる”。
空間の奥から、
覗き込まれている。
心臓を、
直接掴まれているみたいだった。
冷や汗が止まらない。
呼吸をする度に、
肺の中へ異物が流れ込んでくる感覚。
世界そのものが、
異界へ塗り替えられていく。
波が止まっていた。
風も。
音すらも。
何もかもが、
“向こう側”に呑み込まれている。
その中で。
女の声だけが、
やけに鮮明に響いた。
「――招待してあげるわ」
甘い。
優しい。
なのに、
耳へ入った瞬間、
本能が絶叫する。
「貴女を」
その瞬間。
――ぶつん。
世界が切り替わった。
赤が消える。
圧力が霧散する。
波の音。
潮風。
眩しい日差し。
いつもの浜辺。
まるで、
悪夢から覚めたみたいに。
「はっ……!」
誰もが、
荒い呼吸を漏らした。
ヴィクトルがいる。
クラリスも。
レオンハルト。
フィオナ。
ルナミナ。
セラフィナも。
全員いる。
無事だ。
そう思った瞬間だった。
「っ!!」
リオの顔色が変わる。
周囲を見回し、
次の瞬間、
叫んだ。
「真琴がいない!!」
空気が凍る。
リオは、
震える指を海へ向けた。
そこには。
拘束されていたはずの
ヒュドラの姿もない。
「ヒュドラと――」
掠れた声。
「真琴が攫われた!!」
【第4章】へ続く
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