【第五話】 王城研究所
え、何これ…!?真琴の次の行動は?
影が忍び寄る街で、物語が動き出す――
第五話 王城研究所
王都の通りは、辺境の街とは比べものにならないほど賑わっていた。
石畳の道の両側に店が並び、呼び込みの声が絶えない。
馬車の音、人々のざわめき、遠くで鳴る鐘の音。
「……都会だね」
思わずそう呟くと、
「王都ですから」
ヴィクトルが淡々と答えた。
この人、本当に感動とかしないな。
「まず研究所に向かう」
「報告?」
「ええ。今回の調査の件です」
そう言ってヴィクトルは歩き出した。
フィオナとレオンハルトは、それぞれ神殿への報告があるらしく別行動になった。
夜には慰労会をしようと誘われている。
私はというと、ヴィクトルに誘われるまま同行している状態だ。
無職。住む場所も未定。
……断る理由も、特にない。
(まあ、このまま流れに乗るしかないか)
⸻
王都の中央に近づくにつれ、建物の雰囲気が変わっていった。
店は減り、代わりに大きな石造りの建物が並ぶ。
兵士の姿も増え、「国の施設」という空気が濃くなる。
「ここです」
ヴィクトルが立ち止まった。
目の前にあったのは、塔のように高い建物。
古びた紋章。金属の看板。
――王城研究所。
「……研究所っていうより城じゃない?」
「古い施設ですから」
⸻
中に入った瞬間、空気が変わる。
薬品の匂い。
積み上げられた紙束。
机の上に転がる魔石や金属片。
完全に研究者の巣だ。
ヴィクトルの慣れた足取りは、背の高さもあって真琴には早足に感じられた。
建物の一番奥、重厚な扉の前でノックをする。
「入れ」
中から年配の男性の声が返る。
「只今戻りました」
「ヴィクトルか。帰って早々にすまないな」
本来なら、報告書をまとめてから来るべきなんだろうけど。
どうやら今回は例外らしい。
「まあ、まずは腰掛けてくれ」
そう言いながら、男の視線がこちらに向く。
わずかに眉が寄せられた。
「高瀬真琴と言います」
何と名乗るべきか迷い、結局それだけにした。
「調査中、特異な現象を示した人物です」
ヴィクトルが簡潔に言う。
「ほう、ヴィクトルにそう言わせるとはな」
値踏みするような視線が、上から下へと動いた。
「ヴィクトルさん、私は——」
「所長、流石に女性にそれは失礼では?」
ヴィクトルが淡々と口を挟む。
「おっと、これは失礼した」
男は頭をかきながら笑った。
「私の名はサー・アーサー・グランドル。ここの研究所の所長、兼、ヴィクトル兄妹の保護者でもある。堅苦しいのは抜きにしよう」
軽く咳払いをして、ヴィクトルはコートの下のバッグから石を取り出した。
艶のない、石炭のような塊。
触れれば崩れそうなほど脆い。
「現場から持ち帰れたのはこれ一つです。他は魔獣と共に崩壊しました」
(これが、魔石……)
ヴィクトルの背後から覗き込んだ瞬間——
視界に、文字が浮かぶ。
――劣化魔核(崩壊寸前)
(え、なにこれ)
思わず、声が漏れた。
「……あっ」
「どうした?」
ヴィクトルがすぐに反応する。
「あ、いや……なんでもない」
(なんでもなくはないんだけど)
「……その反応」
ヴィクトルの声がわずかに低くなる。
「見えているのか?」
「え?」
「魔力反応か、それとも構造情報か」
逃げ場がない。
(やばい、バレた)
「ヴィクトル」
所長が低く制する。
「まずは報告が先だ」
「……失礼しました」
そう言いつつも、視線は外れない。
(微かに揺れる魔核の残像。なぜか目を離せない)
⸻
報告は簡潔だった。
遺跡の崩壊。
魔獣の出現。
そして、この異常な魔核。
「魔核が自然崩壊するなど、聞いたことがないな」
「はい。通常の劣化とは明らかに異なります」
「原因は不明か?」
「現時点では」
一瞬、ヴィクトルがこちらを見る。
「ただし——観測者が一名、例外的な反応を示しました」
(やめてその言い方)
「ほう?」
所長の目が細くなる。
「説明しろ」
「彼女は魔力を持たない。にもかかわらず、魔核の状態を認識した可能性があります」
部屋の空気が変わる。
「……面白いな」
所長が小さく呟く。
その声には、わずかな含みがあった。……ただの観測者では終わらない、そんな予感。
「高瀬真琴、と言ったな」
「はい」
「自分が何をしたか、わかっているか?」
「……なんとなく、やばいことした気はしてます」
「正直でよろしい」
⸻
「……面白い」
ヴィクトルが呟く。
空気が変わる。
「君は、こちらに来てもらう」
その声にも、ほんのわずかに含みがある。
「……は?」
「研究対象として」
即答だった。
「拒否権は?」
「あります」
一拍。
「ただし——」
淡々と続く。
「君の能力は放置すれば危険性がある。保護の意味も含まれる」
(囲い込みだこれ)
「衣食住はこちらで保証する。安全も確保する。その代わり、観測と検査に協力してもらう」
(就職……いや、捕獲?)
「……嫌だと言ったら?」
「強制はしません」
(あれ、意外とまとも?)
「ですが」
やっぱり続いた。
「外部で同様の事象が発生した場合、責任は負えません。他機関に発見されれば、より強引な手段を取られる可能性があります」
(断れないやつだ)
⸻
「……条件付きで」
そう言うと、
「内容を聞こう」
即答だった。
「最低限の自由。それと、説明なしの実験は禁止」
一瞬考えて、
「あと……痛いのは、できればなしで」
沈黙。
「……善処します」
(善処って言った)
「いいだろう」
所長も頷く。
「その条件で預かろう」
⸻
こうして——
私の意思とは半分関係なく、
王城研究所での“協力者生活”が決まった。
(……やっぱり流されてるな、私)
——でも、この流れがどこに繋がっているのかは、まだ分からない。
⸻
王都の夜は明るい。
石畳や建物の影の奥で、何かが微かに揺れた気がした。
真琴の心臓が、ほんの少しだけ速くなる。
(この“揺れ”の正体……知るのは、まだ先の話だ)
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