【第10話】 花の下、影は嗤う

第10話 花の下、影は嗤う


空を翔ける。

黒髪をツーテールに結え、両目を包帯で塞ぐ異様。
彼女は、人ではない。魔獣でもない。
魔人と称される存在。

「ふう、疲れたわ」

山の頂に聳え立つ城。
彼女は、入り口からではなく、窓から部屋に入った。

「お帰り。遅くまで遊んでたのね」

薄明かりの中に人の影。

「珍しい。セレフィナ姉様が居るなんて」

長い銀髪に、両耳を塞ぐように装着されたヘッドホン型の髪飾り。
透けるように白い肌。流れるような長いドレス。
羽織るレースの上着も、身体の線に沿っている。

男の視線を誘う官能的な雰囲気を醸さないのは、
その肌の白さと、纏う冷たい冷気のせいだろうか。

「遊びなんて失礼ね。ちゃんと頼まれたことをこなしてるのに」
「そう?その割には進んでいないみたいだけど?」
「セレフィナ姉様こそ、お暇なら代わってもいいんだから」
「嫌よ。汚れ仕事なんてごめんだわ」

彼女は、手のひらをヒラヒラさせて部屋を出ていった。

「何しに来たのよ?」

彼女は、セレフィナ。私はルナミナ、三女。
そして長女――アストレア。

三姉妹。唯一無二の、魔人三姉妹である。

ルナミナは、今夜のことを思い出していた。

最近、王都に拠点を移動して実験している。
人間魔人化計画。

まあ、遊びと言われても仕方ないのだけどね。

獣も人間も変貌はする。
でも、変貌すると記憶がなくなる。
知能が、獣以下になってしまうのだ。

私に課せられたのは、『汚染化』。
次女に課せられたのは、『汚洗脳』。

長女は――わからない。
命令だけを出して、どこかへ行っている。



王城酒場にて、夜。

「聞いてくれよー」

レオンハルトが、真琴達の元へ半泣きでやって来た。
片手には、エールというビールのようなお酒入りのジョッキ。
どうやら、すでに酔っているらしい。

「どうしたのよ?」
一応、話に乗ってあげる。

「フィオナが神殿辞めやがった〜」

ヴィクトルと共に卓に着いていたクラリスが叫んだ。

「え⁉︎ 誰よりも信仰心の熱いフィオナ様が…」

「信仰心はありますよ」

そう言いながら、フィオナも卓に着く。

「私も人間だった、ということです。でも、責任は真琴にありますのよ」
「え?私?」
「はい。先日いただいた魔石ペンが、素晴らしいお仕事をしてくださったから」

そう言ってエールをグビグビ飲み、

「ぷはあー、美味しい!」

美味しそうにお酒を飲む横で、クラリスがアワアワしている。

「あの試作品の魔石ペンに何か不具合が? 真琴だけではなく、私にも責任があります!」
「あらまぁ、お二人も責任をとってくださいますの?」

フィオナは、もう軽く酔ってきているのかもしれない。

そんな女性陣を見ながら、ヴィクトルがフィオナに聞いた。

「そう言えば、先日王城の廊下で、神殿からのセルディンという人物に会ったんだが、知ってるか?」

フィオナは少し首を傾げる。

「セルディン様ですか? はい、私の上司の上司だった方ですわ。
次期教皇とも噂されている、聡明な方です」

「聡明ねぇ」

グビッとヴィクトルは飲んだ。

「何か引っかかる点でも?」真琴は聞いた。

「いや、特には……しかし、よく辞めさせてくれたな」

ヴィクトルも、聖女として名の知れたフィオナが神殿を辞められたことが不思議らしい。

「ええ。今おっしゃったセルディン様が話を通してくださったらしいですわ。
“いつでも戻ってきていいから、今は休養せよ”と、直属の上司に言ってくださったみたいで。
あの上司の苦虫を噛み潰した顔ったら……お酒、美味しい!」

クラリスは、さっきから何か声をかけたくても言葉が浮かばないのか、挙動不審になっている。
レオンハルトも「だよなぁ」と言いながら、そんなクラリスの背中をバシバシ叩いている。



そんな中、今夜の酒場はキャッキャと騒がしい。

「ねえ、なんか賑やかね? 何かあるの?」

「ああ、多分――」

ヴィクトルが答える。

「花祭りに併せて、街の中央に神殿主催で鐘が設置されるそうだ。
『癒やしの鐘』とか名うって、黄金製の豪華絢爛な鐘らしい」

「ああ、数ヶ月前から工事してると思ったらそれか」

花祭りは、王都の初夏前の祭りだ。
花びらで飾られた中央公園は、花の絨毯のように美しいらしい。

その中心を神殿の鐘で纏める――
少し無粋では?と思うのは、私のやっかみだろうか。

「ま、そんな事だからお祭りには内外から人が集まるだろうね」

「神殿も、鐘に合わせてセレモニーをやるとか」

「だからか」ヴィクトルは言った。

「何がです?」クラリスが聞く。

「皇后の機嫌が悪かった。
中央公園といえば、王城からまっすぐ伸びる庭園との景色が自慢だっただろう」

自慢の景色を神殿が変える。
面白いわけがなかった。

「この国の皇室って、牽制力ないの?」

真琴がズバリ聞いた。

思わずクラリスがその口を塞ぐ。

「不敬ですわ」

慌てて真琴は手を重ねる。

「ごめんなさい。無神経だった」

「いや、知らなかったんだ。仕方ない」

ヴィクトルはそう言って、優しく微笑んだ。
――これから気をつけるんだぞ、と。

クラリスが懐いているのもわかる。

「この国は三権分立なんです。
皇室、魔法庁、神殿と。

でも魔法庁は皇室寄り。
神殿は別行政ですから……昨今の魔獣騒動もあって、神殿頼りなところが弱みなんだと思います」

一同は、頷くしかなかった。

「花祭りは華やかで楽しいですわ。
是非、その時は案内させてくださいませ」

フィオナは、真琴にそう言った。

その夜は、遅くまで笑い声が続いた。

花祭りの話題に、誰もが心を躍らせていた。
王都を彩る花の絨毯。
神殿が誇る癒やしの鐘。

誰もが、その日を楽しみにしていた。

外に出ると、夜風が心地よい。

王都の通りには、すでに祭りの準備が広がっていた。

色とりどりの花飾り。
灯りを吊るす人々。
行き交う人々の顔も、どこか浮き立っている。

「楽しみだね」

誰かがそう呟いた。

その時、ふと――

真琴は、空を見上げた。

夜空の奥。
ほんの一瞬だけ、何かが“動いた”ような気がした。

だが、それはすぐに消える。

気のせいか、と首を振る。


――数日後。

王都中央広場。


鐘が鳴る。

「――ゴォン……」

低く、重く、王都の空気を震わせる音。
花で埋め尽くされた中央広場に、その音はゆっくりと波紋のように広がっていく。

人々は歓声を上げた。
拍手。笑顔。祝福。

癒やしの鐘――
黄金に輝くそれは、まさにこの祭りの象徴だった。

「綺麗……」
誰かが呟いた。

その瞬間だった。

――ピシ。

小さな音。
あまりにも微細で、誰一人として気づかないほどの異音。

だが。

鐘の表面に、細い亀裂が走っていた。

「……ん?」

違和感に気づいたのは、ごく僅か。

「今、何か――」

言葉が最後まで紡がれることはなかった。

――ピシ、ピシ、ピシッ……!

亀裂が広がる。
音は次第に重なり、まるで内部から何かが軋んでいるかのように響き始める。

鐘が、震えていた。

「おい……あれ……」

ざわめきが広がる。
だが、それでも人々は“理解”できていなかった。

これは、異常だと。

鐘は、再び鳴る。

「ゴォンッ!!」

先ほどとは違う。
濁った音。歪んだ響き。

その瞬間――

亀裂が一気に弾けた。

――バキィン!!

黄金の鐘が、内側から砕け散る。

「きゃああああああ!!!」

悲鳴が爆発した。

砕けた破片が雨のように降り注ぐ。
花の絨毯は一瞬で踏み荒らされ、赤と金が混ざり合う。

「逃げろ!!」
「崩れるぞ!!」

誰かが叫ぶ。
だが、遅い。

巨大な鐘は、支えを失い、ゆっくりと――

倒れる。

その動きは、あまりにも緩やかで。
だからこそ、誰もが“見てしまった”。

自分の上に落ちてくる、その軌道を。

「いや……いやぁ……」

次の瞬間、

――ズドォォォン!!

地面が揺れた。
衝撃が空気を叩き、悲鳴も、音も、すべてを飲み込む。

粉塵が舞い上がる。
視界が白く染まる。

そして、その中で――

“何か”が、動いた。

砕けた鐘の影。
歪んだ空気。

そこから滲み出るように現れる、異形。

ファントム。

それは、人の形を模していながら、決して人ではない。
揺らめき、歪み、現実と影の境界を侵す存在。

「な……何だよ……あれ……」

誰かが呟く。

次の瞬間、
その“影”が、笑った。

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