【第2章】 第27話
「この遺跡——振り返るたびに“位置がズレます”」
【第2章】第27話 振り返ったら終わりの迷宮
魔法の“仕様”が見える少女・真琴たちは、
古代遺跡の調査へと足を踏み入れた——
砂漠の中に半ば埋もれる形で、古代遺跡は存在していた。
風は止み、音が消える。
——あれほど荒れていた砂漠が、嘘のように静まり返っていた。
静かすぎる。
まるで——
ここだけ、世界から切り離されたみたいに。
その異様な静けさの中で。
「ああ……時間があれば、じっくり調査するのに!」
ヴィクトルが、壁面に手を這わせる。
その手が、ある一点で止まった。
「……これは」
「どうしましたの?」
クラリスが覗き込む。
そこには——
他と明らかに違う刻印。
削られたような跡。
「……人為的な傷だな」
低く呟く。
「古い……だが、完全には風化していない」
「……時間の流れが、合っていないな」
一瞬の沈黙。
「……まさか」
クラリスの声が、わずかに震えた。
「……これ、“最近”触られてる気がする」
真琴もまた、不安を口にする。
ヴィクトルの手が、刻印の上で止まる。
その瞬間。
——ザァ……ッ
風が、止んだ。
いや——違う。
止んだのではない。
“消えた”。
⸻
「……今の、見ましたか?」
クラリスの声がわずかに強張る。
「風が……消えた?」
フィオナも周囲を見渡す。
砂漠のはずだ。
常に風が吹いていたはずの場所。
それが——
「……音が、ない」
真琴が呟く。
⸻
自分たちの足音だけが、やけに大きく響く。
いや——違う。
響いているように“感じる”だけで、
実際には、音がどこにも広がっていない。
まるで——
世界が“音を処理していない”みたいに。
鼓動だけが、
やけにうるさい。
⸻
「……リオ」
「わかってる」
短い返答。
だがその声も、どこか遠い。
⸻
「これ……」
真琴は、ゆっくりと遺跡の入口へ視線を向ける。
「境界、だよね?」
⸻
そこには、何もない。
扉も、壁も、結界も。
ただ——空間が続いているだけ。
⸻
「入るぞ」
レオンハルトが一歩踏み出す。
⸻
——その瞬間。
⸻
景色が、ズレた。
遅れて——理解が追いつく。
⸻
「……は?」
真琴が思わず振り返る。
さっきまで見えていたはずの砂漠が——ない。
⸻
振り返った先にあったのは、
同じような石の壁。
同じような通路。
⸻
「戻った……?」
クラリスが戸惑う。
「いや、違う」
ヴィクトルが低く言う。
「そもそも——戻る場所がない」
⸻
真琴は、地図板を開く。
だが。
そこに映っていたのは——ノイズ。
「……あー、なるほどね」
真琴は、小さく笑った。
「これ、“迷宮”じゃないわ」
一拍。
(違う。構造じゃない——前提が壊れてる)
「——“仕様書ごと狂ってる”」
その一言だけが、
やけに、はっきりと響いた。
まるで——
ここにいる全員へ、
警告するみたいに。
⸻
「中に入ったわね」
古代遺跡の上空。
認識阻害の魔法を纏い、セラフィナが静かに宙へ浮かんでいる。
「迷宮……案内してもらわないとね」
小さく微笑む。
先ほど。
ヴィクトルが壁に触れた、その瞬間。
セラフィナは“印”を打ち込んでいた。
アンカー。
重さも、形も、視認すらできない——透明な楔。
それは、物質ではない。
魔力でもない。
——“概念”に近いもの。
人の手では、本来触れられない領域。
「……座標、固定」
ぽつりと呟く。
アンカーは、空間に“位置”を定義する。
流動する迷宮の中で。
ただ一つ——動かない“基準点”を作るためのもの。
「さて……」
セラフィナの指先が、わずかに動く。
その瞬間。
迷宮の構造が——僅かに歪んだ。
⸻
中では。
「……止まって」
真琴が、急に足を止めた。
「どうした?」
レオンハルトが振り返る。
「今……何か、“変わった”」
地図板は相変わらずノイズ。
だが、それとは別に。
「……位置が、ズレた」
誰にも見えないはずの“構造”を、
真琴だけが捉えていた。
⸻
古代遺跡の中は、乾いた煉瓦の壁が続く。
遺跡らしく柱や壁の装飾も、かなりの技術だ。
「クラリス、古代文明ってどうして滅びたの?」
真琴はリオに聞こうかとも思ったが、
最適ルートに集中している今、邪魔はしたくない。
「そこは謎なの。うちの両親の研究テーマだったわ」
寂しそうにそういうクラリスに、
真琴はそれ以上聞けなかった。
その言葉は、ただの知識ではなかったから。
——未だに、終わっていない話だったから。
⸻
「……待って」
真琴が、再び足を止める。
「今、誰か振り返った?」
レオンハルトが眉をひそめる。
「俺だ。後ろを確認しただけだが——」
「やっぱり」
真琴は、小さく息を吐いた。
「もう一回、やってみて」
⸻
「……は?」
「いいから」
⸻
レオンハルトが、ゆっくりと振り返る。
⸻
——その瞬間。
⸻
「っ……!」
クラリスが息を呑む。
ほんのわずかに——
通路の位置が、ズレた。
いや——
世界の方が、書き換えられた。
⸻
「……見えた?」
真琴が低く言う。
「今の……壁が、動いた……?」
フィオナが不安げに呟く。
「違う」
真琴は首を振る。
「動いたんじゃない」
一拍。
「——“ずらされた”」
⸻
「振り返るたびに、位置が変わる」
真琴の声は、落ち着いていた。
「つまりここ——」
足元を軽く叩く。
「“向き”で座標が決まってる」
⸻
「……は?」
ヴィクトルが眉を寄せる。
「視線……いや、認識か?」
「たぶんね」
真琴は小さく笑った。
「この遺跡、“地図”じゃないのよ」
一拍。
「——“見方で変わる構造”」
⸻
上空で、セラフィナが目を細める。
「見えてるのね」
口元が、ゆっくりと歪む。
「いいわ。少しだけ——遊びましょう」
一拍。
「ちゃんと……辿り着けるようにしてあげる」
⸻
「——振り返らなければ、ね」
その言葉が、
迷宮そのものの“ルール”のように響いた。
——破った瞬間、
何が起きるかも、わからないまま。
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