【第4章】 第89話
【第4章】第89話 真琴の履歴
黒曜石に彩られ、黒く美しい城
だか、その虚飾に満ちた夜のみの城は、
その他を寄せ付けぬ孤独の墓標のよう。
真琴の閉じ込められた部屋の窓は、
格子をはめられ、一歩も出られない。
それは、あの一番息の詰まる時代を
思い出してしまう。
高校に入学し、物理の授業で衝撃を受けた後、
生活の質は一変した。
意識の変更、自分の行動の行方
「部活なんて余裕ありませんからね」
「分不相応な学校に行っているのだから、家の手伝いも今以上にしなさい」
実の姉や弟に対する対応とは明らかに違う扱いに
チリ一つにも異論を感じない母親。
この家に味方はいない。
でも、衣食住は足りている。
中学生の時に比べれば、よそからの入学生も大量にいる為に
学校の先生もさほど個人に対するこだわりはない。
私の目標は、大学進学と自活。
家を離れ、地元を離れ、生活を確立する事。
まずは、日本か外国か。
自活の為にアルバイトが必須なのだから日本がベターか。
今のお小遣いは、3千円。文房具別。
「姉が同じ歳には、一万円だったのにな」
姉は、家の手伝いもなく、習い事に生活の重点を置いている。
踊りにお花、お茶だそうだ。
忙しい憂さ晴らしに私に当たるのだけは勘弁して欲しいけど、
学校に行っている間はそれもないので楽である。
中学生の時は、一年間は被ったし、地元に根付いた人間関係は、四方がスパイみたいなものだったから辛かった。
「全く、人の生理日まで近所の人が知ってる時には驚いたわよ」
家は、塾も許してはくれない。
高校卒業後は家を手伝えスタンスだからね。
学校の授業+学校の先生、そして学校提携の有名塾の動画を見放題にさせてもらおう。
それには?
大学を絞り、学校と模試の成績を常にトップにキープする。
出来れば、大学の入学金及び学費免除を狙いに行きたい。
目標は、エベレストの頂より厳しいけど、実家から離れる為ならば屁ほどの辛さもないわ。
図書館は、エアコンも効いて、静かな環境。
成績優秀なものに群がる先生も勿論いた。
「生徒会手伝ってみない?」
「学年代表でこの発表を…」
まあ、その辺りはそういう事で目立つと実家の手伝いが増えるんです。と涙ながらに訴えた。
うーん。演技力は鍛えられたわね。
ただ、小学生、中学生の頃のトラウマから友達は頑なに作らなかったからコミュ症は拗らせてしまった。
それ以外は、順調に進んだ。
家の手伝いは、厨房を中心に入れてもらった。
実父は、旅館の板前だったからあまり訝しんではいなかったらしい。
実家の旅館の実権は、女将なる母親、湯番の祖父、内情の祖母である。自弟は、祖母の後を継ぐようにと勉強も管理されているが、私から見れば甘ちゃんにしか思えない。今年入れ替わりに中学生になったが、バスケットボール部に入り、部活に謳歌している。
家の手伝いの範疇ではあるが、
料理は、自活にも将来的なアルバイトにも役に立つ。そう思えば、頑張れた。
学校までの距離を自転車と徒歩でとにかくお小遣いは貯金にまわし、整理されたノートは、内緒のアルバイトに役立てた。
コミュ症でもそのぐらいの人脈は作れるものだ。
「はあ、問題は卒業後の住む所だなぁ」
実績がないのだから、保証人が意味を為す。
未成年、保証人無しの人間を置いてくれる所ってないかしら?
高校も2年後半になるとそんなことばかりに気持ちが飛んだ。
ポコンっと
廊下を歩いていると頭を軽く叩かれた。
誰?っと振り向いてみると物理の先生だった。
物理は、先生の成り手が少ない?この高校には数が少ないせいで、今だに同じ先生に習っている。
「何、ぼうっと歩いている?」
「乙女には、悩みは尽きないものです」
「何が、乙女だ。お風呂昨夜入ったか?」
「ぐさっ」傷ついたふりで返答する。
「まあ、冗談はさておき。目標は順調か?」
この先生には、いろいろと相談に乗ってもらっている唯一の大人だ。
「あと半年てすね。問題はね」
受験は、一年後だが大学推薦は半年後にはすでに決まる。
「成績は問題ないだろう?」
今年は、学年主任も引き受けた彼は真琴の成績にも目を通しているらしい。
「油断大敵です。先生は私の中学時代を知らないから」
成績優秀で推薦が進んでいたのは、中学時代も同じだった。
希望した私立を寸前で公立に変えられた経験を持つ。
理由は、進学しない。家の手伝い。学費は最低限だからだ。
推薦だからとごねてはみたが無駄だった。
寮生活は勿論のこと、目の届かないところに行かせられないと根回しされたのだ。
まあ、そのおかげで家族からの物の隠し方は上達しましたよ。
姉は、自分よりも目立つこと褒められることに我慢できない。
だから、基礎化粧品はもとより洋服に至るまで地味かお下がりしか許されなかった。
弟は、時代的にゲームやお菓子類の間食の為に私のお小遣いを奪うことを悪気もなく行う。部屋に鍵をかけることも母親が許さなかったから隠すしか防衛がなかった。
中学の時、駅のコインロッカーを隠し場所にしたが、鍵の首飾りを暴力で奪われた時にその隠し場所は諦めた。
勿論、駅のコインロッカーの隠し場所を教えたのは、私の後をつけた中居の一人だ。
人は、力あるものに靡く弱い存在だ。
期待を失う。優しさを疑う。
表情を無くした後に、張り付いた偽りの笑顔は、この家を離れるまで続いた。いや、今も時々鏡を見ながら頬をつねる事がある。
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「卒業後、料理専門学校に行くか?」
寡黙な父が調理場でそんな声をかけてきた。
「料理専門学校ですか?」
父親といえども板前の親方だ。敬語は欠かせない。
「ああ、そのくらいの采配はしてやれる」
婿養子の実父だ。そのくらいと謙遜するしかないのだろうな。
「考えてみます」真琴は、そう答えて部屋に戻った。
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学年主任で学校の覚えも高いらしい物理の先生。
「俺も来年過ぎれば転勤だ」
公務員だからなぁとしみじみ話している。
「では、ちょうど良いですね」
「ああ、利用してくれ。一人ぐらいはちゃんと先生したいからな」
初老を迎えただろう物理教師がニカっと笑う笑顔はどこか少年ぽさが漂っていた。
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高校も3年に入ると実母の束縛が強くなった。
行動にいちいち五月蝿くなったのだ。
しかし、先日実父からの
「真琴は、高校卒業後に料理専門学校に行かせる」
宣言は、青天の霹靂だったらしく久々の実家嵐が吹き荒れた。
だか、ここで初めて父の頑固な板前気質が功を奏して、
真琴は卒業後に料理専門学校に行くという進路を勝ち取った。
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収まりのつかない怒りと言うこと聞かない娘の様子に
イラつき時には投げやりに距離感を掴めずにいる母を
上手く利用するのは、造作なかった。
そして私は、書類の署名提出を済ませられた。
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決行は卒業式。
両親の出席はない。小学校も中学校もなかったから高校も勿論そうだ。
住む場所は、先日のごまかし署名捺印で意外にもスムーズに進んだ。老舗旅館の娘の立場が効いたか?
大学の方は、物理の先生が奔走してくれた。
高校にバレたら大変じゃ?と聞いたら
今の時期に、進路で成績優秀な生徒のために奔走して訝しむ奴はいないそうだ。
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卒業式、最後の高校生活。答辞にと選ばれた。
3年の学生たちは『誰?』と騒めいたが
意外にも本来の答辞候補者の元生徒会長はニコニコしていた。
卒業証書を手に物理の先生の所に行った。
元生徒会長もいた。
「今までお世話になりました」と頭を下げた所に
ポコんとノートを丸めた物で頭を叩く。
「高瀬さんは、僕の事も覚えてないでしょう?」
「ん?名前は…」
「ほらね?先生」
先生は、やれやれと肩をすくめた。
「少しは周りに目を向けて欲しかったんだけどな」
「?」
「大丈夫ですよ。高瀬さん、またどこかでお会い出来たらよろしく」と言って握手を求められた。
(実は、この元生徒会長の実家が東京の下宿先の大家って知った時は驚いたわ)住む場所がスムーズに行った理由である。
⸻
卒業式の日、隣町の駅のコインロッカーに
スーツケースを隠しておいた。鍵は、筆箱の中。
二重底にしてある。弟対策だ。
朝、実家の旅館は団体客が入っていたらしく多忙を極めていた。
だから、真琴の卒業式に気を配る人もいなかったし、
彼女の部屋が整理整頓されて、おや整頓され過ぎていると感じた人は誰もいなかった。
机の上には、お別れの手紙を一通。
誰が気がつくだろう?
多分、弟だな。金目の物を探しに来て気がつくだろうね。
⸻
1LDKの小さな部屋に着いたのは、夕方だった。
「高瀬さんですね。ご案内します」って、
部屋の鍵を持って待っていたのは、元生徒会長だった。
私が流石に驚きで口をパクパクしていると
「学年主任に頼まれた案件ですから、ご心配なく」
「高瀬さんは、君が思っているほど存在を消していたわけじゃないんだよ?」
「いや、存在感消していたわけじゃ…」
「でも、いつも笑顔だけど目が笑ってなかったし、成績以外は目立とうとはしなかったでしょう?」
「それは…」
「先生からその辺りの情報は聞いているよ」
「まあ、君が思っているほど世間は冷たくないんだよって感じてほしいな」
はぁ、真琴は一気に気が抜けた。
「肝に銘じておきます」
クックって笑って元生徒会長は、案内をさっさと済ませて帰って行った。
ここには、大学卒業までお世話になった。
大学生活は、忙しかったけど充実して楽しかった。
⸻
卒業式後の日
学校に怒鳴り込んできた人物あり。
「どこの誰ですか!娘を誑かして…娘は何処に行ったんですか?」
母親が髪を振り乱して、怒鳴り続けている。
地元老舗旅館の名女将という肩書きはどこにやら。
4月には、別の高校へ行く事が決まっている物理教師にして、学年主任いや、元学年主任が対応にでた。
「高瀬真琴さんは、素晴らしい成績を収めて卒業いたしました。卒業後の進路については、プライバシーの観念からこちらからご報告することはございません。ご両親が把握していないことを私共が知ることは範疇にないですよね?」
その後は、母がどんなに叫ぼうとも無言を貫いたそうだ。
元生徒会長からの情報である。
その後の実家については知らない。いやもう興味もなかったから。
でも、ひとつだけ
スーツケースの底に白い封筒が入っていた。
かなりの金額と一言のメモ『頑張りなさい』
父からの最初で最後の手紙だった。
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