【第4章】 第88話
【第4章】第88話 見取り図のない部屋
「スパイダー♪スパイダー♪……」
真琴は鼻歌混じりに見取り図を更新していた。
せっせと作業を続けながら、
魔石ペンへ声をかける。
「大体まとまったら、
無限付箋紙に記載して。宛名はクラリスで」
ルナミナは、こちらと向こうの連絡係で忙しいだろう。
セラフィナも状況整理に追われているはずだ。
情報を読むならリオ。
だが、書類整理ならクラリスの方が向いている。
城の構造も、少しずつ見えてきていた。
見取り図を見る限り、
主要区画そのものは固定されている。
例えば調理場は一階。
地下食糧庫との動線も一続きだ。
ルクレツィアの部屋も確認した。
最上階を丸ごと使った一室。
「私なら落ち着いて寝れない……」
思わず真琴は呟く。
ルナミナとセラフィナの部屋らしき場所も存在していた。
どちらも固定はされているが、
今は“使用不可”になっている。
見取り図は、魔石ペン特有の表示に加え、
真琴独自の妙にわかりやすい記号で補足されていた。
だが、それでも不明な場所がある。
『お父様』の部屋。
そしてヒュドラの居場所。
「……城の異界でも存在するのかな」
蜘蛛達が入り込めない場所がある。
⸻
「蜘蛛ちゃん」
真琴は、小さな蜘蛛を呼んだ。
「糸を使って、
この城の労働まがいとかデュラガーの動き、追える?」
蜘蛛ちゃんズが現れ、
ぴっと敬礼した。
その後、
仲間同士で何やら相談を始める。
やがて、蜘蛛達は一斉に方々へ散っていった。
「……なんか凄く有能感あるんだけど」
魔法ログで性能強化しただけのはずなのに、
妙に組織立っている。
「リオ辺りに、
“それ超進化させたのと一緒!”って怒られそう」
まあ緊急事態だったし、
で押し切るつもりではある。
⸻
カツーン……
硬質な足音が近づいてくる。
扉が、ひとりでに開かれた。
ルクレツィアだ。
赤と黒のレーシーなドレス。
長い黒髪は、
濡れたような艶を毛先まで保っている。
(お支度専用の労働まがいとかいるのかな……)
真琴はそんな事を考えながら、
先ほどまで作成していた資料を
ベッドマットの下へ滑り込ませた。
「随分ご機嫌じゃない?」
ルクレツィアは、
思いの外元気そうな真琴が気に入らないらしい。
「空元気よ。娯楽も何もないんだから」
「……ごらく?」
「音楽も映像もない生活って辛いのよ」
「何を言っているのかわからないわ!」
ルクレツィアが苛立ちを露わにする。
「この程度で怒るなんて、
修行不足って言ってるの」
「なんですって!」
振り上げられた手の周囲に、
魔法の発動光が集まる。
だが、その瞬間。
真琴はルクレツィアの手首を掴み、
魔法ログを書き換えた。
『圧には非圧を』
ふっと、
ルクレツィアの腕から力が抜け落ちる。
「ち、力が……」
「……力を抜いただけのつもりだったんだけど」
今度は真琴が、
小さく笑った。
「セラフィナもルナミナも、
自分達の間違いを理解し始めてる。
変わろうともしてる」
真琴は真っ直ぐルクレツィアを見る。
「でも貴女は違う。
虚飾だけじゃ、何も残らないよ」
ルクレツィアは、
今度は反対の腕を振り上げた。
魔法発動。
彼女の周囲から、
薔薇の棘蔓が真琴へ襲いかかる。
――だが。
蜘蛛の糸が、
部屋中から一斉に伸びた。
棘蔓へ絡みつき、
その動きを止める。
「なっ……!?」
「教えてあげる義理はございません」
真琴は静かに魔法ログを書き換える。
ルクレツィアの放った蔓は、
そのまま彼女自身へ巻き戻り、
拘束具へ変化した。
真琴に魔力はない。
ただ、
“戻れ”とログを書き換えただけだ。
「きゃっ――!」
床へ転がるルクレツィア。
真琴はそのまま、
彼女を廊下へ押し出した。
「少しは、
人の怒りを知った方がいいよ」
屈辱に震える悲鳴が、
廊下へ響く。
扉の向こうで、
激しく蹴りつける音が続いた。
やがて、
足音は遠ざかっていく。
「……いつまで持つかな」
真琴は小さく呟き、
ベッドへうつ伏せに倒れ込んだ。
⸻
肩を揺すられ、
真琴は目を覚ました。
蜘蛛ちゃんズが戻ってきたらしい。
ベッド脇には、
さらに増えた見取り図。
そこには労働まがいとデュラガーの移動経路が、
色分けされた線で細かく描かれていた。
「おお……流石」
蜘蛛達が、
ぴっと現在位置を示す。
「監視対象として追える?」
蜘蛛ちゃんズは敬礼ひとつすると、
再び散っていった。
「……有能すぎる」
廊下は静かだ。
こちらから扉を開けられない事だけが難点だった。
⸻
「ルクレツィアはともかくとして……」
真琴は見取り図を眺める。
「“お父様”って、
そもそも城に居るの?」
拉致監禁されてからというもの、
一度も姿を見ていない。
声すら聞いていない。
存在の圧も、
気配も感じない。
見取り図にも、
存在を証明する場所がないのだ。
それとも、
入口の存在しない地下広間でもあるのだろうか。
地球の日本家屋なら、
玄関があり、廊下があり、居間がある。
多少部屋数が増えても、
人間の感覚で把握出来る。
だが――洋城は違う。
「実際に歩かないと、
わからないのかもしれないなぁ」
真琴は小さく息を吐く。
「藪を突いて蛇を出す……
だったっけ」
余計なものは、
探らない方がいい。
そんな予感だけが、
妙に胸へ残っていた。
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