【第2章】 第21話


【第2章】第21話 境界の内と外


——“触れてる……?”

その言葉を最後に、意識は引きずり込まれた。



「っ——やめろ!」

リオの声が、現実へ引き戻す。

エイルシアの身体が、崩れ落ちた。

「……今の……なに……」

真琴は息を呑む。

(あれが——)

「……本体か」

リオの声は低い。

一拍。

「やめておけ」

即座に、言い切る。

「それは“使うもの”じゃない」

エイルシアは、ふっと笑った。

「でも——必要なんでしょ?」

空気が張り詰める。

「この街の奥にいる“何か”に触れるには」

「これしか、ない」

沈黙。

真琴は、一歩踏み出した。

「……使うなら」

全員の視線が集まる。

「一人でやるな」

エイルシアの目が、わずかに見開かれる。

「絶対、引き戻すから」

「——どこまで行っても」



その言葉の余韻が、まだ空気に残っている。

誰も、すぐには動かなかった。

だが——

リオが、静かに口を開く。

「真琴。今回は“他人の内側”に潜る」

「エイルシアの黒魔法を整えることになる」

「——戻れない可能性もある」

「……うん、分かってる」

真琴は即答した。

「前の世界でも、ここまで踏み込む治療なんてなかったし」

肩をすくめる。

「……っていうか、元テクニカルライターなんですけど?」

わずかに苦笑する。

「でもさ——放置する方がヤバいでしょ?」

リオはわずかに目を細めた。

「……なら、条件がある」

「必ず“戻ること”を前提に動け」



「……なら」

フィオナは、小さく息を吸った。

「私は、何をすればいいですか?」

その声は静かだったが、不安は隠せていない。

リオが視線を向ける。

「フィオナは、“アンカー”だ」

一拍。

「真琴と僕は、エイルシアの内面に入る」

「その間、意識は完全に内側に集中する」

「——本人が暴れれば、その時点で終わりだ」

わずかな沈黙。

「……分かりました」

フィオナは、ゆっくりと頷いた。

「必ず——繋ぎ止めます」

真琴が小さく笑う。

「頼りにしてるよ、フィオナ」

——その言葉に、わずかに空気が張り詰めた。



続いて、リオはゆっくりとクラリスへ視線を向けた。

「クラリス——頼みがある」

空気が張り詰める。

クラリスは静かに息を吐いた。

「……本来なら、ここに残るべきですわね」

「ですが——違いますわね?」

リオは小さく頷く。

「ああ」

「動く可能性がある」

「街全体がね」

ヴィクトルが低く呟く。

「……きっかけは、こっちか」

「治療を始めた瞬間、全部ひっくり返る」

沈黙。

クラリスは目を閉じ、そして開いた。

「……分かりましたわ」

「ならば、私が“先に”見てきます」



フィオナは、ふっとレオンハルトを見る。

「レオン。クラリスたちについて行って」

一拍。

「——あなたの“楽観”、今は必要よ」

レオンハルトが目を丸くする。

「は? どういう意味だよ」

「誰かが張り詰めすぎると、判断を誤るでしょ?」

ちらりと、ヴィクトルへ視線を送る。

レオンハルトがニヤッと笑った。

「……ああ、なるほどな」

「任せとけ」



ヴィクトルが一歩前に出る。

「方針は決まったな」

「エイルシアの治療と、オアシスの調査——同時にやる」

「順番じゃ間に合わない」

一拍。

「——分ける」

その瞬間。

「——お待ちください」

領主の声が、静かに差し込む。

ヴィクトルは、わずかに息を吐いた。

「……済まない」

「一度、宿に顔を出さないといけない」

領主が首を傾げる。

「宿、でございますか?」

「すでに手配は整っておりますが」

ヴィクトルは視線を逸らさない。

「ああ、分かっている」

「……確認だけだ」
——そう言い切った。

沈黙。

領主は——微笑んだ。

「……そうでございましたか」

「では、お気をつけて」

その言葉に、わずかな違和感が残る。

——通された。

いや。

“通しても問題ない”と判断された。



ヴィクトルはリオの横を通り過ぎざま、軽く言った。

「問題あれば——これだ」

指先で、自分の耳元をトントンと叩く。

一瞬だけ、リオの視線が動く。

「……常時接続か」

小さく呟く。

ヴィクトルは振り返らない。

「切る理由がない」

それだけ言い残して、歩き出した。

——迷いはなかった。



それぞれが、別の方向へ歩き出す。

——同じ場所に戻れる保証もないまま。

だが——

止まる選択肢も、なかった。


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