【外伝】 王子の自由愛①

【外伝】王子の自由愛①

アカデミーの卒業論文

テーマは、古代遺物と魔物の関わり

大暴走「スタンビート)の発生が古代遺跡に眠る遺物が
関係しているとなれば、今後の大暴走抑制につながる。

王子は、そう考えて一番近場の古代遺跡に潜る事を望んだ。



朝靄が、アカデミーの尖塔をゆっくりと飲み込んでいた。

石造りの校舎はまだ眠っているように静かで、時折、遠くの鐘だけが低く響く。その音もまた、朝の冷気に溶けていくように頼りない。

その一室――卒業研究室。

王子アレクセイは、机の上に広げた資料を指先で軽く弾いた。

「……スタンビートの発生頻度と、古代遺跡の分布一致率は、無視できない」

呟きは独り言というより、確信の確認だった。

紙面には、魔物暴走の発生記録、古代遺跡の位置、そして過去の封印構造の断片が幾重にも重ねて整理されている。整然としているのに、どこか危うい。まるで見えてはいけない線を無理やり浮かび上がらせているような資料だった。

扉が軽くノックされた。

「失礼します」

入ってきたのは、補佐官らしき青年だった。手には簡易報告書。

「王子。学院側は、やはり単独調査には難色を示しています」

「知っている」

アレクセイは視線すら上げない。

「だから“望んだ”のだ」

さらりと言い切るその声には、反論の余地を許さない静かな圧があった。

補佐官は一瞬言葉を失う。

「……ですが、危険です。スタンビートの起点と疑われる遺跡は、未踏区画に近いと報告されています」

「だから行く」

王子はようやく顔を上げた。

その瞳は、理屈ではなく“確信”の色をしている。

「安全な場所で仮説を立てても、真実には届かない。届く前に腐る」

静かに立ち上がる。

椅子がわずかに音を立てた。

「準備を。今日中に出る」

その一言で、この研究は“論文”から“実地調査”へと変質した。

そして同時に――王子の中で、それはすでに学問ではなくなっていた。

未知の歪みへ踏み込む、ただひとつの自由な選択として。



そして、今遺跡前に到着する。

王子アレクセイ、従者ジェイク、護衛騎士のコレットとスペンス

アカデミーの卒論を助ける後輩のグレアムとマシュー

道案内と冒険者ギルドからの紹介、S級冒険者の
大剣士のエマと大盾の大男アーノルドに魔法師エンヤにエルフの弓使いヒースだ。

灰色の空の下、遺跡は最初から“そこにあったもの”ではなかった。

むしろ――誰かが世界の隙間に無理やり押し込んだような、不自然な存在感を放っていた。

苔に覆われた石柱は途中で折れ、崩れたアーチはまるで獣の肋骨のように空へ突き出している。風が吹くたび、内部から低い唸りのような音が返ってきた。

スタンビート発生推定地点――未踏遺跡区画。

その入口を前にして、十数名の影が並ぶ。

王子アレクセイは、遺跡を見上げたまま微動だにしない。

「……想定より、反応が早いな」

誰に向けたわけでもない呟き。

補佐官ジェイクが一歩下がりながら報告する。

「王子、周囲の魔力濃度が上昇しています。まだ“起動前”のはずですが……」

「起動前、か」

その言葉を王子は小さく反芻した。

まるでそれを疑うこと自体が当然であるかのように。

少し離れた位置では、護衛騎士コレットとスペンスが周囲を警戒している。剣の柄に手をかけたまま、視線は一瞬たりとも遺跡から外れない。

そのさらに後方。

卒論補助として同行している後輩、グレアムとマシューは緊張で固まっていた。

「これ……本当に卒論の範囲なんですかね……?」

マシューの声は乾いている。

「範囲って言葉、今ここで意味あると思う?」

グレアムが即答するが、顔色は同じくらい悪い。

そして、場の空気を少しだけ“現実側”に引き戻しているのは――冒険者ギルドの面々だった。

大剣士エマは、肩に担いだ剣を軽く回しながら口笛を吹く。

「へぇ……当たりの匂いだね。こういう遺跡は久しぶり」

隣で大盾の大男アーノルドが低く唸る。

「油断するな。入口からして“噛んでる”」

魔法師エンヤはすでに指先に淡い光を宿し、周囲の魔力流を測っていた。

「構造が……歪んでる。空間が均一じゃないわ。普通の遺跡じゃない」

最後に、少し離れた岩の上。

エルフの弓使いヒースは、無言で矢筒から一本だけ矢を抜き、指先で軽く弦を弾いた。

――キン、と乾いた音。

「中、いる」

たったそれだけ。

だがその言葉で、全員の空気が一段階だけ冷えた。

沈黙の中心で、王子アレクセイがゆっくりと一歩を踏み出す。

「では確認しよう」

彼は遺跡の入口を見据えたまま、淡々と言った。

「ここは“遺跡”ではなく、“現象の残骸”だ」

誰かが息を呑む音がした。

王子は続ける。

「そして、我々の卒業論文は――すでに現場に踏み込んでいる」

その言葉と同時に、遺跡の奥で――

かすかに、何かが“応答”した。

低く、遅れて、まるで世界そのものが寝返りを打つように。


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