【外伝】 エマの愛とは?②

【外伝】エマの愛とは?②

エマは、意識が飛ぶ前に、土魔法を唱えた。

アーノルドにエンヤが側に来たのを確認して、

土魔法でドームを形成した。

本来は、敵を閉じ込める時によく使う。

しかし今は、助けが来るまでの避難場所とした。

実際に冒険者ギルドがスタンビートに気がついたのも

とても早かった。他冒険者にも念の為に声をかけていたらしい。

だから、エマが次に目が覚めた所は、神殿の治療院だった。

アーノルドもエンヤも無事。

依頼自体は完全な失敗だったが、三人は命の無事に涙した。

「失敗から、パーティー組んだのよ私達」

失敗談を聞きに来た男もかえって恐縮して、酒を奢ってくれた。

冒険での失敗も成功も悔しくも驕りもない。

それよりも辛かったのは…

エマは、冒険で得た報酬のほとんどを兄に仕送りしていた。

親が当てに出来なかったから、兄に何かを期待していたのか

それとも家族への情だったのか今はわからない。

アカデミーでの生活が苦しいと言われれば仕送りを増し、

本が欲しいと言われれば、本代を捻出し、

無理な依頼にも進んで挑んでいくエマの姿に

アーノルドとエンヤは心配した。

心配して、アカデミーに調べに行った。

エマの兄が本当に大変なのか?

アーノルドとエンヤが戻ってきた時、

二人とも妙な顔をしていた。

「どうだったの?」

エマは笑って聞いた。

きっと兄は頑張っている。

だからもう少しだけ仕送りを増やそう。

そう思っていた。

だが二人は顔を見合わせる。

そしてエンヤが口を開いた。

「エマ……怒らないで聞いて。お節介だとわかってるけど」

その一言で嫌な予感がした。

「お兄さんね」

「うん」

「普通に元気だった」

「それは良かったじゃない」

エマは笑った。

だが二人は笑わない。

「寮じゃなくて高級下宿に住んでた」

沈黙。

「服も高かった」

沈黙。

「酒場にも通ってた」

沈黙。

「仕送りが足りないって言ってた」

沈黙。

「なのに?」

エマの声だけが静かだった。

エンヤは目を伏せる。

「なのに、友人には貴族の御曹司みたいな顔してた」

「ああ…やっぱり。でも良いの。私が出来ることなんてこんなことしかできないから」

兄は、両親に甘やかされて育った。祖父母が厳しく躾ける裏で両親には、長男だからと期待される存在だった。

だから、奨学金でアカデミーに行くのも最初は恥ずかしいと
怒っていたものだ。

見栄っ張りな所は母にそっくりだしね。

それからも仕送りは続いた。

兄は卒業した。

優秀な成績だったらしい。

エマは自分のことのように喜んだ。

祝いの酒を買った。

仲間たちにも奢った。

「これで家も少しは楽になるかな」

そんなことを言った気がする。

だが――。

兄から届いた手紙には。

祝いの言葉も。

感謝の言葉も。

近況報告もなかった。

書かれていたのは一行だけだった。

『就職にあたり身なりを整える必要がある。金貨五十枚送れ』

エマは何度も読み返した。

何か書き忘れているのではないかと。

だが何度見ても同じだった。

『金貨五十枚送れ』

だけ。

エマは黙って手紙を畳んだ。

そして冒険者として受けた依頼の帰り。

ふと立ち寄った酒場で。

偶然、兄を見つけた。

見知らぬ貴族の若者たちに囲まれ。

高価な酒を飲み。

笑っていた。

「実家は男爵家なんだ」

「妹?いるよ」

兄は笑う。

「田舎で畑でも耕してるんじゃないか?」

周囲が笑った。

エマも笑おうとした。

だが出来なかった。

その時初めて。

胸のどこかが静かに折れた。

怒りではなかった。

憎しみでもなかった。

ただ

悲しかった。

姉を失った日より。

家を出た日より。

祖母を失った日より。

ずっと苦しかった。

自分が守ろうとしていたものが。

最初から存在していなかった気がしたから。

エマはそのまま踵を返した。

兄は最後まで気付かなかった。

そしてその夜。

初めて仕送りをやめた。



冒険者ギルドに兄が怒鳴り込んできたのよ。

「妹はどこだ!」

「仕送りはどうした!」

ってね。

もうね。

最初は誰のことかと思ったわ。

だって普通、久しぶりに会う家族に言う言葉じゃないでしょう?

元気か、とか。

生きていたか、とか。

そういうのが先じゃない?

でも兄が探していたのは私じゃなかった。

私のお金だったの。

宿まで探し回って。

依頼先まで聞き回って。

挙句の果てには、アーノルドやエンヤにまで掴みかかろうとしてね。

その頃には私はもうS級冒険者だった。

依頼帰りにその騒ぎを聞いて、

慌てて戻ったら――

まあ、酷い有様だったわ。

「エマ!」

兄は私を見るなり駆け寄ってきた。

少しだけ。

本当に少しだけ期待したの。

ああ、心配してくれたのかなって。

でも違った。

「金貨五十枚はどうした!」

だった。

それが第一声。

私、笑っちゃった。

悲しくて。

呆れて。

笑っちゃったの。

兄は怒鳴り続けた。

自分がどれだけ苦労しているか。

どれだけ立派な立場に就く予定か。

どれだけ金が必要か。

そんな話ばかり。

私は黙って聞いていた。

最後まで聞いた。

それでね。

一言だけ言ったの。

「田舎に帰って畑でも耕せば?」

って。

農家さんには本当に失礼な話だけど。

だって。

その畑を馬鹿にしていたのは兄の方だったから。

祖父が守った畑。

祖母が育てた土地。

私が泥だらけで走り回った場所。

全部見下して。

全部捨てて。

それなのに金だけ欲しいなんて。

そんな都合の良い話はないでしょう?

兄は顔を真っ赤にしていた。

そのまま、私につかみかかって来たから

その顔に依頼されていたミノタウロスの首被せてやったわよ!

ピーピー腰抜かしてたわ。

そして、私はそのまま背を向けた。

兄と会ったのは、それが最後。

……まあ。

今思えば。

あの日、失ったのは兄じゃなかったのかもしれないわね。

私が勝手に抱いていた幻想。

そっちの方だったのかも。

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