【幕間】 真琴の逆鱗②
【幕間】真琴の逆鱗②
夜の帷も深く、今宵は新月のとき。
「流石に夜目が効くな」
リオが、屋根から屋根へ飛び移りながら感心したように言った。
隣を駆けるルナミナは、ふんっと鼻を鳴らす。
「見てるわけじゃないからね。脳に直接、空間の状況が浮かぶ感じ?だから目が開いてる方が邪魔なのよ」
見るより、“認識している”。
夜に相応しい能力だな、とリオは思った。
そうこうするうちに、二人は神殿へ辿り着く。
「場所は?」
ルナミナが短く聞いた。
「地下最下層の宝物庫。この時間なら見張りも薄い」
「流石に神殿ねぇ。宝物庫の管理も軽いわ」
ルナミナは、頭の中で神殿内部の構造空間を読み取っていく。
「僕もついて行くから、案内頼む」
ルナミナは、ちらりとリオを見た。
「助けないわよ?」
「問題ない」
二人は、そのまま神殿内部へと降り立った。
⸻
深夜の神殿は静かだった。
巡回の気配も少ない。
最下層の宝物庫まで、ほとんど迷うことなく到達する。
「流石だな。迷いがない」
「当然!」
ルナミナは胸を張った。
もっとも——
宝物庫前に立っていた見張り二人は、
眠らされて床に崩れている。
躊躇する二人ではなかった。
重厚な扉が開く。
その先に広がっていたのは、古今東西の財宝だった。
金貨。
宝石。
装飾品。
そして、大量の聖具。
「はぁ……私腹肥やしてるわねぇ」
ルナミナが呆れたように呟く。
「神殿なんてものはそういうものだ。寄付や寄進って耳障りのいい言葉で私腹を肥やす。真面目に働いてるのが馬鹿らしくなるだろ?」
「私に“真面目に働いてるのか?”って聞いてくるあんたが凄いわ」
ルナミナは肩をすくめた。
「で?目的の品は?あっちに聖杖がずらっと並んでるけど」
視線の先。
そこには様々な聖杖が並べられていた。
豪奢なもの。
宝石だらけのもの。
いかにも“高級品”とわかる杖ばかり。
「これかしら?」
ルナミナが、一際豪華な杖へ手を伸ばす。
「やめとけ」
リオが即座に止めた。
「泥棒除けだ」
ルナミナが、さっと手を引っ込める。
「嫌なトラップね……」
リオは、その横を通り過ぎる。
一本一本、静かに見ていき——
そして。
最も見窄らしい杖を手に取った。
「これだな」
「えぇ?それ、ぼろっちいじゃない」
「じゃ、持ってみろ」
ルナミナが杖を握る。
その瞬間——
全身が硬直した。
「あ゙ー……☆◻︎△×……っ」
言語が崩壊する。
リオは即座に杖を引き剥がした。
「魔人が聖杖を持つとそうなる」
「知ってて持たせるな!!」
「まあ、この聖杖はトップクラスだからな」
リオは平然としていた。
ルナミナは本気で涙目だった。
⸻
帰ろうとした時だった。
「……おや?」
リオが、棚の隅に目を止める。
そこにあったのは——
ワイングラスのような形をした、
金属製の杯だった。
「こんな所にあったのか」
ひょい、と軽く持ち上げる。
「何それ?」
「まあ、ついでだ」
それだけ言って、リオは懐へしまった。
⸻
二人は宝物庫を後にする。
眠らせた門番達は、
記憶だけ抜いて元の位置へ戻した。
「慣れてるわねぇ」
ルナミナが感心する。
「情報収集家とはそういうものです」
悪びれもしない返答。
ルナミナは呆れたように肩をすくめた。
神殿を出ると、そこで二人は別れる。
「借りは返したから」
「律儀だな」
「借りを返すのと、仕事をしたのは別物よ」
「どんな理屈だ……」
リオは呟きながら、真琴たちの元へ戻っていった。
⸻
「たっだいまー」
深夜。
リオが真琴の寝室へ戻ってくる。
「ルナミナは?」
「外で別れた」
「お礼言いたかったのに」
「借りだろ?」
「借りを返すのと、お礼は別!」
「理不尽だなぁ……」
そう言いながら、リオはテーブルへ荷物を置いた。
聖杖。
そして金属製の杯。
その瞬間——
真琴のログウィンドウが、
一斉に反応を始めた。
ピコン。
ピコン。
ピコンピコンピコン——
「うわ、元気な杖」
今までも、ヴィクトルやクラリスの杖は見てきた。
フィオナの聖杖だって見ている。
だが——
ここまでログが暴れる杖は初めてだった。
⸻
その時。
寝室の扉がノックされる。
入ってきたのは、クラリスとヴィクトルだった。
「フィオナに聖杖を用意しようと思ってね」
真琴が杖を立てる。
「古そうな杖ですわね」
クラリスが興味深そうに覗き込む。
「さっきから真琴のログが暴れているが……何だその杖は」
ヴィクトルが嫌そうな顔をした。
「リオが探してきてくれた聖杖なの」
そこまで聞いて。
ヴィクトルは頭を抱えた。
「知りたくない。知ってはいけない。知られちゃいけない物だな?」
「「もちろん!」」
真琴とリオが同時に答える。
「でも、お兄様。ログが反応してるということは……問題ありでは?」
「どうなんだ?」
ヴィクトルが真琴を見る。
真琴はログを開いた。
⸻
【聖杖:識別番号不明】
状態:稼働中
最終使用者:不明
適合者:未登録
⸻
【警告】
現在、“代替適合判定”により稼働しています。
本来の認証工程が省略されています。
⸻
「……は?」
ヴィクトルの顔が引き攣る。
真琴はさらにスクロールした。
⸻
【運用モード】
緊急運用状態:継続中
継続時間:
▶︎ 481年 3ヶ月 17日
⸻
部屋が静まり返った。
「……はぁ?」
今度はクラリスだった。
「四百年……?」
「止める人が居なかったんだろうね」
真琴は淡々と言う。
「この杖、本来の持ち主を失った後も——」
一拍。
「無理やり動かされ続けてる」
⸻
【深刻なエラーを検出】
■適合率不足
■魔力循環不全
■精神負荷蓄積
■祈祷補助機能 一部破損
■安全制御 応答遅延
⸻
「待て」
ヴィクトルが低く止めた。
「それを……今まで誰が使っていた?」
「使ってないよ?宝物庫に置いてあったんだから」
リオがあっさり答える。
稼働中のまま放置。
魔法庁なら、何人か首が飛ぶ案件だった。
真琴はさらにログを開く。
そして——
少しだけ、顔をしかめた。
⸻
【推奨事項】
使用者への負荷軽減のため、
以下の処置を推奨します。
・適合者の再設定
・安全制御の修復
・補助詠唱UIの再構築
・長時間使用の禁止
⸻
真琴が、ぽつりと言う。
「使えるようにしてあげないとね」
頑張って動き続けていた道具を、
放っておけない。
それが真琴という人間だった。
「クラリス協力して。フィオナ専用聖杖作るから」
「わからないようにやれよ?どこにでもあるような聖杖にカモフラージュしろ」
ヴィクトルが青い顔で呟く。
⸻
そして——
廃墟へ向かう出発日。
フィオナが、聖水を持ってやって来た。
「フィオナ、これ使って」
真琴が杖を渡す。
「え?これって……ブリーフト用の聖杖じゃない?」
「フィオナ用に特別に魔法庁で作ってもらったの」
真琴が悪びれもせず嘘をついた。
本当は——
神殿流出の真琴&クラリス製である。
だが、正直に言えばフィオナは返しに行きかねない。
ヴィクトルは、無言を貫いた。
「クラリス、帰ったら聖水浄水器作るからね!」
「クラリス、フル稼働やりまーす……」
妙にヘロヘロなクラリスを見て、
レオンハルトがポーションを差し出す。
「なんか疲れてんな?飲んどけ」
「ありがとうございますわ……」
⸻
その横で。
真琴は、フィオナへ“取り扱い説明書”を渡していた。
そして——
ログウィンドウを確認する。
次の瞬間。
大量のウィンドウが、一斉に展開された。
ピコン。
ピコン。
ピコンピコンピコン——
「うわっ!?」
真琴が目を丸くする。
⸻
【適合者確認】
対象:フィオナ
適合率:
▶︎ 98.7%
⸻
【認証工程】
旧認証情報を停止します。
新規適合者を登録中……
▶︎ 完了
⸻
「……は?」
真琴が固まる。
ヴィクトルは、嫌そうに顔をしかめた。
「嫌な予感しかしない」
「更新速度が異常ですわ!」
クラリスは逆に目を輝かせている。
⸻
【緊急運用モード】
解除します。
⸻
【通常運用モード】
移行完了
⸻
【安全制御】
応答正常
⸻
【精神負荷軽減機能】
再接続完了
⸻
【補助詠唱UI】
再構築完了
⸻
「……え?」
フィオナが、きょとんと杖を見る。
古びて見えていた杖が、
淡く光を帯びていた。
鈍かった魔力循環が、
まるで息を吹き返したように滑らかに流れている。
「元気になってる……?」
真琴がぽつりと呟く。
ログは、まだ続いていた。
⸻
【長期未接続状態 解除】
▶︎ 481年ぶりに正常適合者を確認しました。
⸻
部屋が静まり返る。
「…………」
「…………」
「…………」
最初に口を開いたのは、レオンハルトだった。
「えっ、重くない!?」
「そこ!?」
真琴が即ツッコミする。
「いやだって!?四百年以上待ってましたって怖ぇだろ!」
「わかる」
真琴は真顔で頷いた。
ヴィクトルは額を押さえる。
「神殿は何を管理していたんだ……」
「飾ってたんじゃない?」
リオがさらっと言った。
「最悪ですわね」
クラリスが即答した。
⸻
フィオナは、静かに杖を見下ろす。
すると。
ふわり——
柔らかな光が、杖から溢れた。
優しく。
包み込むような光。
「……あ」
フィオナが小さく息を呑む。
「この子……喜んでる」
真琴が、にやりと笑った。
「でしょ?」
「真琴さん……」
「頑張ってたんだよ。ずっと」
四百年以上。
壊れかけながら。
誰にも正しく使われず。
それでも、
役目を果たそうとしていた。
だから——
放っておけなかった。
⸻
【適合者登録:完了】
登録名:
▶︎ フィオナ
⸻
【権限移譲完了】
現在の所有者:
▶︎ フィオナ
⸻
【起動メッセージ】
——ようこそ、新たな担い手へ。
⸻
「うわっ!?喋った!?」
レオンハルトが飛び上がる。
「違う違う!ただの起動ログ!」
真琴が笑いながらウィンドウを閉じた。
その横で。
ヴィクトルだけが、
ぼそりと呟く。
「……証拠隠滅は完璧にやるぞ」
「「はーい」」
真琴とクラリスの返事だけが、
やたら良かった。
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