【第3章】 第53話
【第3章】行き先は『バニラアイス』
登場こそ軽かったが——
リオが持ち込んだ情報は、重かった。
今回の件。
そもそもの発端は、ヴィクトルとクラリスの両親にある。
古代遺跡から帰還した二人。
だが——
長期間、水晶竜の領域に囚われていた弊害によって、
身体が少しずつ“結晶化”していた。
水晶竜自身も、それを止めることは出来なかった。
だからこそ、詫びるように一つの情報を残した。
“不死身の魔物”——ヒュドラ。
切り落としても再生する首。
尽きることのない命。
そして、猛毒の血液。
それらを利用すれば、
結晶化した身体を治療できる可能性があるという。
⸻
「先日、手に入れた聖杯では駄目なの?」
真琴が、リオへ視線を向ける。
聖杯。
その機能の一つに、“不老不死”がある。
「駄目だね」
リオは即答した。
「不老不死っていうのは、“今の状態を固定する”だけだ」
一拍。
「永遠に結晶化した身体で苦しませたいなら、止めないけど」
「……っ」
真琴は、思わず身体を震わせた。
⸻
王都へ戻ってきた時。
ヴィクトル達の両親は、子供達の前では気丈に振る舞っていた。
だが——
二人きりになった時の苦痛まで、
隠し切れていたわけではない。
皮膚の内側から軋むような音。
呼吸のたびに広がる鈍い痛み。
そして、少しずつ“人間ではないもの”へ変わっていく恐怖。
それを見てしまったからこそ——
「先に海辺の街へ向かいます」
そう告げた二人を、
誰も止めることが出来なかった。
⸻
要職についているヴィクトルとクラリス。
出立出来るまでは、手の空いているもの達で準備を進める。
「私が陣頭指揮取らせてもらいます!」
執事のアスターが早々に宣言をした。
無駄な荷物は増やさない。
必要なものは厳選して。
現地で調達出来るものは持ち込まない。
お菓子は一人——
「バナナは、おやつじゃありません」
リオがボソッと呟いた。
古代遺跡への旅でやらかした人が引いたのは言うまでもない。
⸻
「お菓子は一人三つまでです」
「少なっ!?」
「レオンハルト様、前回は荷物の半分がお菓子でした」
「違う!携帯食料!」
「溶けたチョコレートを携帯食料とは呼びません」
「ぐっ……!」
⸻
「あと、現地調達可能なものは極力削ります」
「水も?」
真琴が聞く。
「海辺の街ですので、真水確保の手段は向こうで整えます」
「へぇ……」
「その代わり」
アスターが静かに微笑んだ。
「“海の街特有の危険”への備えは増やします」
「危険?」
真琴が顔を上げる。
「海霧、潮魔獣、そして——海難呪い」
一瞬、部屋が静まった。
「特にバニラアイス周辺は、“帰ってこない船”の噂が絶えませんので」
⸻
ヴィクトルとクラリスは、準備を進める仲間達を横目に、
それぞれ仕事の引き継ぎに追われていた。
前回は、皇后陛下直々の依頼。
だからこそ、多少強引でも話を押し通せた。
だが——
今回は完全な私用である。
しかも、両親が帰還していること自体まだ公にはしていない。
だからこそ、
引き継ぎも根回しも細心の注意が必要だった。
⸻
「クラリス」
執務机に書類を積み上げたまま、
アレクシスがゆっくり口を開く。
「僕は、君達兄妹の長期休暇を認めた覚えはないんだけど?」
穏やかな声音。
だが——完全に止めに来ている。
クラリスの手が、ぴたりと止まった。
「……殿下」
静かに振り返る。
その笑顔は、完璧だった。
「休暇ではありません」
「では?」
「家族の問題です」
一瞬。
部屋の空気が張る。
アレクシスも気づく。
——今、踏み込んではいけない領域に触れた。
だが。
王族として。
そして、彼女を放っておけない人間として。
引くわけにはいかなかった。
「君達だけで行かせるつもりはない」
「お断りします」
即答だった。
「危険性が不明です」
「だからこそ——」
「殿下」
クラリスが、言葉を切る。
その声音だけで、
部屋の温度が下がった。
「今の私は、王族への礼節よりも家族を優先します」
「…………」
「それでも止めるのであれば」
クラリスは、にこりと微笑んだ。
完璧な宮廷用の笑み。
だからこそ怖い。
「私は今後一切、殿下の執務補佐をお断り致します」
「待って、それは困る」
返答が異様に早かった。
⸻
クラリスは、すん……と真顔に戻る。
「では、通してくださいませ」
「…………」
アレクシスは深く溜息を吐いた。
「本当に君は、僕の扱いだけ雑だよね」
「気のせいです」
「絶対違う」
⸻
「真琴、アリアさんとグリズリー店長から餞別頂いたわよ」
旅支度を終えたフィオナが部屋へ入ってきた。
「クラリスが超お疲れモードだから、甘いもの助かる!」
すでに目の下に濃いクマを作ったクラリスが、
ふらり……と現れる。
「やはり引き継ぎは大変だったのですね。馬車の中でヒールをかけますからね」
フィオナが慌てて支える。
そのまま抱えられるように馬車へ乗り込んだ。
「……俺にも頼む」
ヴィクトルも、珍しく疲れた声で言った。
「お兄様まで……」
クラリスが呆れたように言うが、
兄妹そろって限界なのは誰の目にも明らかだった。
今回もレオンハルトが御者を務め、
他の面々は馬車の中へ。
「では、ご無事で」
屋敷の人々が見送る中——
馬車の車輪が、ゆっくりと動き出す。
王都を離れ、
潮風の街へ。
目的地は——
海辺の街『バニラアイス』
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