【第3章】 第54話

【第3章】第54話 鐘のなる海


王都から海洋都市バニラアイスまでは、
インフラも整っていて、思いの外早く着いた。

しかし、馬車は馬車である。

「ああ〜タイヤ開発忘れとったわ〜」

という真琴の嘆きが響く程度の事はあった。

「じゃ、街で情報収集してくる」

とリオが飛び降り、

「私たちも冒険者ギルドに行ってくるわ」

とヴィクトルとクラリスは、両親の最後の通信情報から
冒険者ギルドに向かった。

「じゃ、私達は馬車を預ける場所と仮宿って所?」

「クラリスの両親は、エルシオン島に渡ったと思うのよね」

フィオナと真琴はそう話をする。

「フィオナ、馬車は民営と神殿系どっちにする?」

レオンハルトがそう聞いてくる。

「神殿系は、安いけど、面倒ごと押し付けるから民営一択」

「へーい」

フィオナもレオンハルトも地方の神殿にコネがないわけではない。
だが、長く居たからこその彼らの姑息さも良く知っているのだ。



海沿い特有の潮風が吹く。

王都とは違う。

空気に、水の匂いが混じっていた。

「……おお」

真琴が、きょろきょろと辺りを見回す。

港には大小様々な船が並び、
荷運びの掛け声が飛び交っている。

魚。

香辛料。

酒樽。

見たこともない魔物の骨まで積まれていた。

「賑やかねぇ」

「海洋都市だからな。物流の中心でもある」

レオンハルトが答える。

その時——

「おい!そっち流れるぞ!」

怒鳴り声。

どさどさどさっ——!

大量の木箱が崩れた。

「うわっ!?」

真琴が反射的に身を引く。

次の瞬間。

ざぱぁっ——!!

木箱の中から、銀色の何かが飛び出した。

「魚……?」

「違う!」

フィオナが叫ぶ。

銀色のそれは、空中を滑るように跳ね——

真琴の顔面へ一直線に飛んできた。

「へぶっ」

べちん。

見事な勢いで顔面に張り付く。

「…………」

「…………」

ぴちぴちぴちぴち。

「……何これ」

真琴の顔に張り付いていたそれは、
羽のようなヒレを持つ、妙に平べったい魚だった。

しかも微妙に吸い付いている。

「吸盤あるんだけど!?」

「海跳魚ね。たまに飛ぶわよ」

フィオナが平然と言う。

「たまにで済ませていい生態!?」

「ぷっ……」

レオンハルトが吹き出した。

珍しく腹を押さえて笑っている。

「真琴、お前、海の魔物に好かれる才能あるな」

「いらんわそんな才能!」

ようやく魚を引き剥がした真琴は、
じとりと濡れた顔で睨み返す。

その様子を見ていた港の男達から、
どっと笑いが起きた。

「ははは!姉ちゃん災難だったな!」

「歓迎されてるぜ、バニラアイスにな!」

王都とは違う、荒っぽいが明るい空気。

その喧騒の向こう。

遠く、海霧の先に——

うっすらと島影が見えた。

「……あれが」

真琴が目を細める。

「エルシオン島……?」

誰ともなく呟いたその言葉に、
潮風だけが静かに吹き抜けた。



リオは、街を散策していた。

先ほどから、耳に飛び込む噂話も気になっている。

「また、船が……」

「外国からの客船までもが……」

(ちょっと、不穏過ぎますね)

そんな中、リオはこの街でも見つけた。

「わーい!ドワーフ印の道具屋さん!」

喜んでお店の扉を開く。

王都と同様に背の低い、
頑固で渋い顔のドワーフが店番をしている。

「やあ、僕王都から来た旅人なんだけどさ」

ドワーフは、人々の生活に根付いている。

それは、表も裏も。

「何かおすすめの道具ってある?」

「何が希望だあ?」

「そうだね。エルシオン島行きの船とか用意できるかな?」

道具屋に船?

普通ならば、他へ行けと言うだろう。

「ドワーフ印の船か?」

「それを用意できるなら、僕の方で改造も出来るよ?」

「面白い。使わなくなったらうちに戻してくれるなら用意してやろう」

「えー僕のコレクションにしようと思ったのに〜」

「コレクションには、もっと別のものを用意してやるよ」

ドワーフは、ニヤリと笑った。

エルシオン島に行くなら必須な道具だ。

ドワーフは、カウンター下から何やらガチャガチャと道具を出した。

「何これ?」

「人数は?」

「えっと、とりあえず僕入れて6人」

さらにカウンター下でガチャガチャと人数分揃えたらしい。

「エルシオンまで行くんだ。どうせ深海に行く道具〜とか言うんだろう?」

リオは、目を見張った。

「お前のことは、王都の兄貴から連絡来てたよ。お得意さんだから良くしてやってくれってな」

「へぇ〜、話が早くて助かる」

リオが感心したように道具を眺める。

ごつごつした金属製。

丸い硝子窓。

妙に重い。

「……潜水帽?」

「簡易潜水具だ」

ドワーフが鼻を鳴らす。

「深海まで行ける代物じゃねぇが、浅瀬探索程度なら問題ねぇ」

「いや、十分すごくない?」

「ドワーフ舐めんな」

ぶっきらぼうに返しながらも、
どこか誇らしげだ。

リオは、机の上の装備を一つ持ち上げる。

内部には細かい術式刻印が刻まれていた。

「へぇ……水圧軽減に空気循環。
しかも簡易浄化まで入ってる」

「海は舐めると死ぬからな」

ドワーフの声音が少し低くなる。

先程までの軽口とは違った。

「特に最近はな」

「……やっぱり?」

リオが視線を細める。

店の外。

港の喧騒は変わらない。

だが——

人々の顔には、微妙な疲労と警戒が混じっていた。

「船が戻らねぇ」

ドワーフが短く言う。

「戻ってきても、中身がねぇ」

「中身?」

「積荷も、人もだ」

空気が少し冷えた。

「幽霊船?」

「だったらまだマシだ」

ドワーフは、静かに煙草へ火をつける。

「戻ってきた船員がな。
口揃えて言うんだよ」

ゆらり。

紫煙が揺れる。

「“海の底で鐘が鳴ってた”ってな」
「船が戻らねぇ」

ドワーフが短く言う。

「戻ってきても、中身がねぇ」

「中身?」

「積荷も、人もだ」

空気が少し冷えた。

「幽霊船?」

「だったらまだマシだ」

ドワーフは、静かに煙草へ火をつける。

「戻ってきた船員がな。
口揃えて言うんだよ」

ゆらり。

紫煙が揺れる。

「“海の底で鐘が鳴ってた”ってな」



「鐘?」

リオが首を傾げる。

「海底遺跡か何か?」

「知らん」

ドワーフは短く答えた。

「だが、その鐘を聞いた船は——帰ってこねぇ」

店の空気が静まり返る。

「……正確には、“帰ってきてもおかしい”」

「おかしい?」

「船だけ港に戻るんだ」

リオの目が細くなる。

「乗員が消えたまま?」

「いや」

ドワーフは、煙を吐いた。

「“居る”んだよ」

「…………」

「ただな」

ぎぃ……と椅子へ身体を預ける。

「誰も動かねぇ」



潮風が、窓を揺らした。

「舵を握ったままの奴」

「甲板を磨いたままの奴」

「見張り台に立ったままの奴」

「全員、その場で止まってる」

リオの笑みが、少し消える。

「……生きてるの?」

「呼吸はしてるらしい」

「でも、起きねぇ」

ドワーフの声が低くなる。

「目だけ開けたまま、
海の方を見続けてるそうだ」



「それ以来だ」

ドワーフは、潜水具を軽く叩いた。

「この街で“深海装備”が売れ始めたのは」

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