【第3章】 第55話

【第3章】第55話 戻る船


海洋都市バニラアイスの冒険者ギルドは、
王都のそれよりも遥かに騒がしかった。

船乗り。

海洋冒険者。

護衛依頼。

魔物討伐。

怒号と酒と潮の匂いが混ざっている。

「……海だな」

ヴィクトルがぼそりと呟く。

「研究所より五月蝿いです」

クラリスが即答した。

そんな二人の前。

ギルド中央の大型掲示板には、
一枚の依頼書が貼られていた。



【特殊指定依頼】

調査対象:
海域異常及び消息不明船多数発生事案

危険度:
SSS級指定

内容:
海霧海域及びエルシオン周辺における
船舶消失・帰還異常・深海鐘音現象の調査

備考:
多数の冒険者及び船員が消息不明。
一部帰還者に精神異常及び昏睡症状あり。



「……」

クラリスが無言になる。

「上がりましたか」

「元は段階調査依頼だったみたいね」

受付嬢が疲れた顔で答えた。

「最初は“船の行方不明調査”程度だったんです」

だが。

一隻。

また一隻と船が消えた。

帰ってきても、中身がおかしい。

そして——

「鐘の音を聞いた」

その証言が増え始めてから、
依頼の危険度は一気に跳ね上がった。

「現在、受注者なし」

受付嬢が依頼書を見る。

「正直、海のベテラン冒険者達ですら嫌がってます」

周囲の冒険者達も、
ちらちらと依頼書を見ては視線を逸らしていた。

「深海絡みはな……」

「海魔物だけじゃねぇから」

「最近のはマジで帰ってこねぇ」

酒場側からもそんな声が漏れる。

クラリスは、依頼書をじっと見つめた。

(お父様達は……この先に行った)

ヴィクトルも同じ結論に至っているのだろう。

静かにモノクルを押し上げる。

その時だった。

ギルドの扉が、ばんっと開いた。

潮風が吹き込む。

「いやー探した探した」

軽い声。

見れば、リオだった。

しかも。

後ろには——

「何で船ごと連れてきてるんですか」

クラリスが真顔になる。

「いやぁ、話早い方がいいかなって」

リオが笑う。

「ドワーフ印の改造前提小型船!
しかも深海装備付き!」

ギルド内が、一瞬静まり返った。

「……は?」

「深海装備?」

「おい待て、ガチじゃねぇか」

ざわりと空気が揺れる。

そんな周囲を気にせず、
リオは依頼書を見上げた。

「ふーん」

にこり。

いつもの笑顔。

「じゃ、これ受けるね」
ひらりと紙を引き剥がし、受付へと進む。

ヴィクトルとクラリスは、固まりながらも
「やるのねこの話を」っと考えていたが、

冒険者ギルドにとっては、何だこの非常識な連中は?で固まっている。その温度差は経験差だけではないだろうと思いたい。



「……何で私は毎回こうなるの」

真琴は、半眼だった。

目の前には、
山積みの海塩キャラメル。

「おすすめされたので!」

店員が満面の笑みである。

「いや、そんな“採れたて魚です!”みたいな勢いで言われても」

「真琴、諦めなさい。
この街、食文化強いわよ」

フィオナが既に試食している。

「美味しい」

「裏切り者ぉ!?」

レオンハルトまで普通に食べ始めた。

「いや、これは美味いな」

「そっちもぉ!?」



海沿いの市場通りは、
王都とは空気が違った。

焼き魚。

香辛料。

見たこともない貝。

干物。

海藻。

「海産物特化型異世界って感じだ……」

真琴が呟く。

すると——

ぴこん。

「ん?」

視界の端に、
小さなログが開いた。



【警告】

深海由来術式反応を検知

周辺観測域に異常干渉あり



「……は?」

真琴の顔から、すっと表情が消える。

「どうしたの?」

フィオナが気づく。

その瞬間だった。

——ゴォン……

遠く。

本当に遠く。

海の底から響くような、
鈍い鐘の音が鳴った。



市場の喧騒が、一瞬止まる。

誰かが、小さく呟いた。

「……また鳴った」


真琴の反応を受けて、外へ飛び出した三人。

「真琴反応ありってことは、魔法のバグ系か?」

レオンハルトが海へと視線を飛ばす。

海自体には、通常の凪が見えるのみだ。

だが、市場の喧騒は止まるところを知らない。

震える者。

頭を抱える者。

怒りを海へ向ける者。

様々だった。

「また鳴りやがった……!」

「今日は昼間だぞ……!」

「くそったれ、これじゃ船が出せねぇ!」

普段なら活気に満ちているはずの港町に、
重苦しい空気が広がっていく。

真琴は、海を見たまま動かなかった。

ぴこん。

ぴこん。

ぴこん。

視界の端で、ログが高速展開していく。



【観測異常】

深海域より広域干渉発生

空間位相ズレを検知

未確認術式との接続反応あり

警告:
観測者への逆探知発生



「っ……!」

真琴の背筋に、ぞわりと悪寒が走る。

「真琴?」

フィオナが肩を支えた。

「……見られた」

「は?」

「いや、違う……でも……」

真琴自身も上手く説明できない。

いつもの“ログを読む”感覚ではなかった。

向こう側から、
こちらを“認識した”ような感覚。

「……海の方だ」

真琴が、小さく呟く。

その時だった。

ざわり——

周囲の空気が揺れた。

「おい……あれ……」

誰かが、震える声を漏らす。

海霧の向こう。

ぼんやりと。

巨大な影が浮かび上がっていた。



船だった。

だが——

おかしい。

帆は、破れている。

船体には大量の貝殻と海藻。

まるで何年も海底に沈んでいたような姿。

それなのに。

ゆっくりと。

静かに。

こちらへ向かって来る。

「幽霊船……」

市場の誰かが呟いた。

その瞬間。

港中の人間が、一歩後ずさった。

「おい、鐘の後だぞ……!」

「また出やがった!」

「逃げろ!」

悲鳴が上がる。

だが。

真琴だけは動けなかった。

ぴこん。

ログが、強制展開する。



【警告】

未登録大型構造体を確認

識別:
失敗

状態:
存在判定異常

備考:
“帰還済”



「……帰還済?」

真琴が、息を呑む。

船は、確かにそこに存在している。

だが。

ログが示す情報は、
あまりにも異常だった。



【乗員情報】

観測不能

生死判定:
処理失敗



「……何これ」

目に見えるもの。

見えないもの。

その全てへ、異常を知らせるログ。

フィオナの手が、
真琴の手をぎゅっと握る。

避けては通れない“異常”という敵へ。

まるで——
救いを求めるように。

その時。

海霧の向こうで。

幽霊船の鐘が、
もう一度だけ鳴った。

——ゴォン……


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