【第7章】 第163話
【第7章】第163話 夜へ誘う手帳
グレアムとエマは、コレット前王妃の手帳を読んでいた。
「懐かしいわね。コレット前王妃がまだ護衛騎士の頃から書いてあるわ。あの子らしい文章ね」
シンプルかつ、事実だけを淡々と記したメモのような文章。
実際、側室から皇后の座に就いた現在の皇后陛下は、アレクシス王子にレイチェル第一王女の実母という事もあり、在位が短かったコレット前王妃の事を詳しく知るものも少ない。
「エマ?」
数行の短い文章の羅列である。
でも、その中に自分たちとの交流や彼女の思いが残っていた。
「コレットらし過ぎて…ごめんなさい。貴方読んで」
エマは、目頭を抑えて、席を外した。
「…アレクセイ、水にあたりジェイクの胃薬貰う。って、ジェイクの胃薬は、水あたり用ではないのだが?」
ペラペラとめくっていく。
「おや?この辺りからコレット前王妃の筆跡が乱れているな」
前王妃が亡くなる一年ほど前から、筆跡に乱れがある。
「遅効性の毒か。手の痺れ大」
グレアム達に報告がなかった事項だ。
何故、コレット前王妃は国王に訴えなかったのか?
ひとり、毒を甘んじて受けていたと?
その文章に疑問を感じていると、クラリスが部屋にやって来た。
「お父様、先ほどの前王妃の手帳に何か手掛かりがありましたか?」
「すまんな、まだ最後まで読んでいなくて、ただ前王妃が毒殺で亡くなった事は、報告には上がっていたが、ご本人様も気がついておられたようだ」
手帳をクラリスに見せながら、グレアムは言った。
「知っていて、なぜ甘んじて受け入れられたのか」
「遅効性の毒と言われていますから、心当たりがお有りのようですね。例えば、国王様から健康に良いと言われて贈られたお茶とか?」
「確かに。コレット殿の性格から言えば、あり得るな」
「そうそう、お父様今夜真琴達と星見の塔に登りますの。」
「星見の塔?見晴らしが良いだけの何もない所だぞ?」
「こちらの屋敷にお勤めの精霊様が夜の2時に星見の塔に幽霊が現れるとおっしゃっているので」
「えっと、まずだクラリス」
「はい」
「屋敷にお勤めの精霊様とは?」
「勝手に住み着いている闇精霊だそうです。少し抵抗のない言い方をしてみたのですが、引っかかりましたか?」
「いや、変な気を使わせて悪いね。パパには素直に言っていいよ。クラリス」
「では、白薔薇離宮には、奥深くに眠っているリッチがいるのと、先ほどの闇精霊が生息しています。本人曰く、幽霊は自分ではないって、星見の塔に出るコレット様が何か心残りがあるからだろうって言い切ってやがるです」
「怒ってる?クラリスってば」
「いいえ、怒ってませんよぉ。ダンジョンから疲れて戻って来たら屋敷は焼けてるし〜、避難先では騒動解決を押しつけられるし〜、その横で王子様はキラキラした目で『面白そう!』ってウロチョロしてるだけですもの〜」
「まあ…ね。ダンジョンは兎も角、お家が焼けたのは、真琴さん達にも関連ある事だし。王子様は…あの子は、父親似だね」
グレアムは、悩みに眉間の皺が深くなりそうだった。
エマが気持ちを落ち着けたのか、お茶を持って戻って来た。
クラリスの不満げな様子に、グレアムとエマは顔を見合わせて
「それだけ愚痴が言えるなら、まだ元気そうで安心したよ」
「誰のせいだと思っているんですか」
ぷくっと頬を膨らませるクラリスに、エマが優しく微笑む。
「でも、真琴さん達と一緒なら大丈夫でしょう?」
「ええ。……大丈夫だと思います」
そう答えながらも、クラリスの視線はグレアムが手にしている手帳へと向けられた。
コレット前王妃。
彼女は何を知り、何を残そうとしたのだろう。
「お父様。その手帳、お借りしてもよろしいですか?」
「いや、今夜は私が最後まで読んでみようと思う。もしかすると、まだ重要な記述が残っているかもしれない」
グレアムは再びページをめくる。
乱れていた筆跡は、さらに先へ進むにつれ、ところどころ読めないほど震えていた。
それでも、一文だけははっきりと読み取れる。
『夜になると、あの塔へ呼ばれる。』
「……塔?」
グレアムは眉をひそめる。
続く文章はインクが滲み、何が書かれていたのか判別できない。
『あの方は、まだ――』
そこで文章は途切れていた。
「お父様?」
クラリスが覗き込む。
「星見の塔のことかもしれんな」
静かな部屋に、誰も言葉を返せなかった。
偶然とは思えない。
幽霊が現れると言われる星見の塔。
そして、亡くなる前のコレット前王妃が残した『夜になると、あの塔へ呼ばれる』という言葉。
「……今夜、何か分かるかもしれませんね」
クラリスが静かに呟く。
グレアムはゆっくりと手帳を閉じた。
「真琴殿達には、あまり無茶だけはしないよう伝えておこう。」
「それ、多分無理です。」
「なぜ?」
「真琴さんが止めても、レオンハルト様とアレクシス殿下が面白そうだからって先へ進みます。」
「ああ……」
思わず三人同時にため息が漏れる。
その頃、当のアレクシスは白薔薇離宮の廊下で、夜になるのを今か今かと待ちきれない様子で歩き回っていた。
「幽霊か……。本当に出るのかな」
少年のように目を輝かせる王子の姿を見つけたリオは、小さく肩をすくめる。
「嫌な予感しかしないな……」
白薔薇離宮の時計が、静かに夜へ向かって時を刻んでいた。
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