【第7章】 第162話
【第7章】第162話 託された手帳
白薔薇離宮は、コレット前皇后が建てたわけではない。
元々は、皇后宮としてはここがその存在を示してきていた。
現在の皇后である皇后陛下の名前は、エレオノーラ・フォン・ヴァルハイト。アグニス帝国から嫁ぎ、アグニスからヴァルハイトに変わった。
政略結婚で側室となった時に建てられた青薔薇離宮が現在の皇后宮となっている。
「白薔薇離宮が賑やかね」
エレオノーラがメイドに聞いた。
「先日、火災でシュバルツ邸が焼失いたしましたため、陛下がシュバルツ家の皆様の避難先として、白薔薇離宮をお貸しになったとうかがっております」
このメイドも私付きになって五年は経つというのに、相変わらず私にはどこか余所余所しい。
私の祖国であるアグニス帝国は、もう存在しない。
姓もヴァルハイトとなった今なお、私はこの国ではよそ者なのだろう。
「第一王女を呼んでくれる?」
「かしこまりました」
メイドは一礼すると、第一王女を呼びに部屋を出ていった。
ほどなくして、第一王女レイチェルが姿を現す。
「お呼びにより、参りました。母上」
「2人にして」メイドに言った。一礼して部屋を出るメイド。
「母上、あのメイドまだ使ってるの?」
「そつなく動いてくれるわよ」
「でも、アラゴン家ゆかりの者でしょう?」
「そこに気を使ってくれるのはレイチェルくらいよ。本当にうちの男どもときたら。相変わらず私に報告も相談もなし」
「…もしかして、白薔薇離宮の事もこちらに相談なし?私は母上も承知でお呼びしたと思ってましたわ」
「あのアレクセイがそんな気遣い出来るわけないでしょうが!」
アレクセイとは、この国の国王である。
「直ぐに、グレアム様エマ様をお呼びしますわ」
レイチェルは、慌てて連絡すると言う。しかし、
「クスッ、もう遅いわ。レイチェル」
皇后陛下がドアを目配せした。
ノックの音が響く。
「入りなさい」
ドアの向こうにはグレアムとエマそれにヴィクトルにクラリスも来ていた。
⸻
ドアが開き、グレアムを先頭に一同が静かに部屋へ入る。
全員が皇后の前まで進むと、深々と頭を垂れた。
「皇后陛下。突然のお目通り、失礼いたします」
当主であるグレアムが代表して口を開く。
「シュバルツ家当主、グレアム・シュバルツにございます。このたびは、白薔薇離宮をお貸しいただき、心より御礼申し上げます」
その言葉に続き、エマが優雅に一礼する。
「妻のエマ・シュバルツでございます。このようなお心遣いを賜り、誠にありがとうございます」
ヴィクトルも胸に手を当て、頭を下げた。
「長男ヴィクトル・シュバルツにございます。陛下、皇后陛下のご厚情に深く感謝申し上げます」
最後にクラリスが一歩前へ出る。
スカートの裾をつまみ、美しいカーテシーを披露した。
「長女クラリス・シュバルツでございます。本日はお目通りの栄を賜り、光栄に存じます」
エレオノーラは四人を穏やかな眼差しで見つめ、小さく頷いた。
「顔を上げてください。ここは謁見の間ではありません。どうか楽になさって」
四人は「失礼いたします」と声を揃え、ゆっくりと顔を上げた。
⸻
エレオノーラは四人を見渡し、穏やかに微笑んだ。
「まず、お聞きします。陛下には、きちんとお礼を伝えましたか?」
グレアムが一歩前へ出る。
「はい。国王陛下には避難先を賜りましたこと、心より御礼申し上げました」
「そう。それなら安心しました」
エレオノーラは小さく頷く。
「火災のことは耳にしています。皆さん、ご無事で何よりでした。長年住み慣れた屋敷を失われ、その心痛は計り知れません」
一度言葉を切ると、柔らかな笑みを浮かべた。
「改めまして、白薔薇離宮へようこそ。ここにいる間は、どうか遠慮なさらず、おくつろぎください。皆さんが安心して過ごせるよう、私からも使用人たちへ申し伝えておきます」
続けて、第一王女のレイチェルも労いを述べた。
それから、エレオノーラは続けた。
「先日の古代遺跡探索は、シュバルツ家にとって大変ご迷惑をおかけいたしましたわ」
その言葉は、エマが受けた。
「もう、水晶竜の件については、お気持ちの整理はつきましたか?」
「ええ。少なくとも、水晶竜は人の手でどうにかできる存在ではないと、皆が痛感いたしました。ねえ、クラリス。」
先日の第一王子との婚約破棄な話までを顧みれば、シュバルツ家が水晶竜と関わりがあると思うこと必須。だが、
「人智が踏み込める領域ではございません。どうか、この件はそれ以上お詮索なさらぬようお願い申し上げます。」
エマが深く頭を下げた。
「ところで、陛下より白薔薇離宮の幽霊騒動について、調査の依頼を受けているとか?」
「はい。正式な命ではなく、あくまで非公式のご依頼として承っております。」
グレアムが一拍置いて、さらに聞いた。
「もし皇后陛下に何かご存じのことがおありでしたら、ご教示いただけますと幸いです。」
エレオノーラは小さく微笑んだ。
「皆、私とコレット前皇后は仲が悪かったと勝手に思っているようですけれど……」
一度グレアムたちへ視線を向ける。
「貴方方は、コレット前皇后と直接交流がおありでしたでしょう? あの方は、そのような瑣末なことに心を砕かれるお方ではありませんでしたわ。」
そう言うと、エレオノーラは静かに立ち上がり、部屋のチェストへ歩み寄る。
引き出しを開け、中から一冊の手帳を取り出した。
「ここに、あの方の想いが残されているかもしれません」
エレオノーラは、一冊の革張りの手帳をグレアムへ差し出した。
「あの人らしいでしょう? 豪華な日記帳ではなく、飾り気のない革の手帳です。日々の執務と、時折思いついたことを書き留めていたようですわ」
それは、コレット前皇后が実際に使用していた執務手帳だった。
「アレクセイ陛下ではなく、私に託されたものです。」
エレオノーラは手帳を優しく撫でた。
「託されて以来、私は何度もこの手帳を読み返しました。ですが、あの方が本当に伝えたかったことだけは、ついに分からないままでした。」
一度瞳を伏せ、小さく息をつく。
「この中に、あの方の心残りが記されているかどうかは分かりません。ですが、あなた方の調査の助けになるのであれば、お役立てください。」
ーーーーーーーーーー
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になったら、スキやフォローで応援してもらえると嬉しいです!
←前の話
→次の話
→【第7章】まとめページ(制作中)
→【第6章】まとめページ
→【第5章】まとめページ
→【第4章】まとめページ
→【第3章】まとめページ
→【第2章】まとめページ
→【第1章】まとめページ
