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【第2章】 第28話


【第2章】第28話 斜め上の構造


——振り返らなければ、ね。

不敵に歪んだ口元が、妖しく揺れる。



「——振り返るな」

真琴の声が、静かに落ちた。

誰も返事はしない。

だが、その意味は全員が理解していた。



足音だけが続く。

乾いた煉瓦の通路。

同じ景色。

同じ距離感。

変化はない——はずだった。



「……」

先頭を歩いていたリオが、ふと足を止めた。

「リオ?」

真琴が声をかける。

返事はない。



「……おかしい」

小さく呟く。

その声はいつもより低く、どこか慎重だった。



「何が?」

ヴィクトルが問いかける。

リオは、わずかに警戒を滲ませながら口を開いた。

「……今、後ろから」

一拍。

「“何か”が来た」



空気が張り詰める。



「——やめて」

真琴が即座に言った。

「振り返らないで」



沈黙。



誰も、動かない。

——だが。

「っ……!」

リオの肩が、わずかに揺れた。

「……っ、待て——」

ヴィクトルの声。

次の瞬間。

リオの視線が——

“引きずられるように”後ろへ向いた。

——その瞬間。

「っ……!?」

クラリスが息を呑む。



通路が——歪んだ。



まるで、空間そのものが引き裂かれるように。

壁の位置がズレる。

床の奥行きが狂う。

「——下がって!」

ヴィクトルが叫ぶ。

レオンハルトが咄嗟に真琴の腕を引く。

フィオナが後退る。

だが



「……え?」



その声は、クラリスのものだった。

一瞬。

本当に、一瞬だけ——

クラリスの姿が、消えた。

「今の……!」

空間が、元に戻る。

何事もなかったかのように。

だが。

クラリスだけが——いない。

「……っ、クラリス!?」

真琴が叫ぶ。

「振り返るな!」

リオが鋭く言った。

「確認に振り返れば——次は誰が消えるかわからない」

「でも……っ」

真琴の声が震える。

フィオナも、レオンハルトも、視線を落としたまま動けない。

振り返りたい。

確かめたい。

——だが、それが“危険”だと理解してしまっている。



沈黙。



「……違う」

リオが、低く言った。

「今のは——振り返ったからじゃない」

一拍。

「振り返らされた」

空気が、凍りつく。

「……いるね」

リオが、静かに呟いた。

「この迷宮——」

一拍。

「“見てる側”がいる」



「ククク……」



空間に、声だけが滲んだ。

「迷いなさい。楽しませてあげるから」

セラフィナの声だった。

「……っ」

フィオナが息を呑む。

レオンハルトが剣に手をかける。

「姿は……見えない……!」

「どこからだ……?」

ヴィクトルが周囲を睨む。



沈黙。



その中で。

リオだけが、わずかに気配を探るように立ち止まった。

「……」

何も言わない。

その沈黙が——異様だった。

「……大丈夫だ」

低い声だった。

ヴィクトルが、一歩前に出る。

拳は、わずかに震えていた。

それでも——声だけは揺れていなかった。

「クラリスは、自慢の妹だ」

一拍。

「あいつの知識は——窮地こそ、発揮される」



「あたた……」

クラリスは尻餅をついたまま、小さく息を吐いた。

「……いきなりですのね」

ゆっくりと立ち上がり、スカートについた砂を払う。

「……ここは」

周囲を見渡す。

「同じ……でも、別の場所」

床に視線を落とす。

「……足跡が、ない」

自分のもの以外——何も。

「……なるほど」

「“選別された”のですわね」

「これは——“観測されることで成立する構造”ですわ」

「舐められたものですわね」

一歩、踏み出す。

「このトレジャーハンター・クラリスの前に——」

「このようなダンジョン」

「速攻、攻略してみせますわ!」

——その足元で。

ほんのわずかに。

影の向きが、ズレていた。

クラリスは、ゆっくりと歩き出した。



一歩。

二歩。



「……変わりませんわね」

足を止める。

「では——」

振り返ろうとして——止めた。

「……そういうことですのね」

「“見ている方向”で、構造が変わる」

視線を、わずかに逸らす。

“斜め”を見たまま、歩く。

——その瞬間。

カチ、と。

何かが“噛み合う”感覚。

「……当たり、ですわね」

——だが。

それが“正解”である保証は、どこにもなかった。

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