【第2章】 遺跡は静かに導く

第12話 見えざる導き


花祭りの騒動から1か月。
山の若葉が目立つようになったように、中央広場の痕跡も石畳が張り替えられ、広場中央には慰霊碑代わりのモニュメントが建てられた。流石に神殿も、もう一度鐘を鳴らせとは言えなかったのだろう。

そんな広場を遠くに目にしながら、真琴は王城の図書館へと歩いていた。
本日のランチは、クラリスと約束をしている。

ドン!

歩く真琴の背中に何かがぶつかった。
振り返ると、フードを深く被った人物が立っている。

「……ごめんなさい💦 前をよく見ていなかったから」

フードがハラリと外れ、薄明かりに透けるようにその顔が現れる。

ーーふわぁ、凄い美少年……。ーー
真琴は素直にそう思った。だが、どこか不思議な違和感が胸に残る。

「いえ、大丈夫よ。でも前はちゃんと見たほうがいいわ」

少年は、微かに笑みを浮かべるだけで、何も言わずに歩き去った。
その後ろ姿には、どこか遠い場所から来たような空気が漂っていた。

王城の図書館。
城に隣接したこの図書館は、この国の知恵袋と言われている。

その図書館の中にクラリスの執務室もある。
肩までの緩やかなカールした髪は緑色。前髪は両目が隠れるほど長い。いわゆるマッシュルームカットというやつだろうか。
そんな彼女が机の上のガラスケースを、上、下、右、左と姿勢を変えて見ている。

「クラリス、ランチを……ってどうしたの?」

言い終わらないうちに、真琴の前にステータスモニターが開いた。

「え?何これ……魔法じゃないのに」

「どうしたの?真琴」

戸惑う真琴にクラリスが声をかける。

「えっと、そのガラスケースの中身が水晶竜の鱗で、“現存する最後の竜”って……」

「え!?」

クラリスの表情が一変した。

「これ、皇室から“宝石なのか鉱石なのか分からない素材だから調べて”って預かったものなの。まさか竜の鱗だったなんて……」

「竜なんているの?この国には」

「この国にはじゃなくて、竜の目撃情報なんてこの国の建国時代にだってないわよ。古代のお伽噺レベル!」

「でも、“現存する”って……」

「それって、素直に報告あげていい内容かな?」

ガラスケースの中で、プリズムのように不思議な色が光っている。
クラリスと真琴は顔を見合わせた。

「……とりあえず、ランチ行こ?」

クラリスがぱん、と手を打った。

「こういうのは考えても仕方ない時は、一旦離れるのが一番よ」

「いやいや、それ絶対あとで大変になるやつじゃない?」

「大丈夫よ。逃げじゃなくて“戦略的撤退”だから」

どこか自信満々に言い切るクラリスに、真琴は思わず苦笑した。

——でも。

(現存する最後の竜……)

頭の中に、あの言葉が引っかかる。

それに——

(さっきの子……)

ぶつかった時の、あの少年の顔。
そして、あの妙な気配。

「真琴?」

「え? あ、ううん。なんでもない」

「そう? じゃあ行きましょ。今日は新作のスープがあるらしいのよ」

真琴は執務室の扉に鍵を閉めた。

「それは気になる」

軽い足取りで歩き出すクラリスの後を追いながら、真琴はもう一度だけ振り返った。

——誰もいないはずの廊下の奥。

けれど一瞬だけ、
フードの影が揺れた気がした。

ランチの新作スープがテーブルに置かれる。

ふわりと立ち上る香りに、思わず頬が緩んだその瞬間——

クラリスのポーチから、けたたましい警告音が鳴り響いた。

「真琴、戻ります!部屋に誰かが侵入したらしいわ」

「え、そんなの分かるの?」

「鍵を持たない人間がドアに触れると鳴るようにしてるの。私の新作」

クラリスと真琴は、新作スープに後ろ髪引かれつつ執務室へと戻った。

ドアの前に駆けつけると、すでに人だかりができている。

その中心にいたのは——

先ほどぶつかった、あの少年だった。
まるで最初からそこにいたかのように、当然のように立っている。

「あなたは……」

真琴は目を見張った。

「真琴の知り合い?」

「いえ、そうじゃなくて……」

「そうだよ!」

少年が一歩前に出る。

「真琴お姉ちゃんを追ってきたの!ここに居るって聞いて」

「え?真琴お姉ちゃん?真琴、弟いたの?」

「弟はいるけど、目の前のこの子は……」

「弟だよー!僕は真琴の弟!」

その瞬間、真琴の頭の中に声が響いた。

ーー高瀬真琴、目の前の少年は私の分身だーー

(まさか、オルフェウス?分身って……直接干渉は出来ないんじゃなかったの?)

ーーお前に任せてたら進まないから必然だよーー

(任せるな!!)

ーー色々と制限があるんだよ!分身だって100%僕じゃない。これからは情報収集と共有及び指示していくからなーー

(えー面倒くさい!)

ーーまずは、目の前の少年を解放させろ。弟ということにしてーー

(名前の知らない弟ねー)

ーー名前は、“リオ・オコーネル”。面倒をみろーー

「その子、どういう関係?」

クラリスの視線が鋭くなる。

「えっと……その……」

言葉に詰まる真琴の横で、少年が一歩前に出た。

「弟だよ」

にこりと笑う。

「事情があって、今まで離れてただけ」

「……そんな話、聞いてないけど?」

クラリスの疑いは当然だった。

——どうするのよこれ……

その時、頭の奥に声が響く。

ーー任せろーー

(任せるな!!)

「最近になって分かったの!」

気づけば、真琴は口にしていた。

「色々あって……ほら、戸籍とかそういうの!」

「戸籍って……」

クラリスがこめかみを押さえる。

明らかに納得していない。

だが——

「行くところ、ないんだよ?」

少年がぽつりと呟いた。

その一言で、空気が変わった。

「……はぁ」

クラリスは深くため息をついた。

「一時的よ」

「え?」

「一時的に、だからね。うちで預かるのは」

「クラリスありがとう!」

「礼はいいから、あとで全部説明してもらうわよ」

(終わった……)

真琴は内心で崩れ落ちた。

――その時。

「……で?」

低く落ち着いた声が、その場に差し込まれた。

一瞬で空気が張り詰める。

「その子は何者だ?」

振り返るまでもなかった。

この屋敷の当主——ヴィクトルが、そこに立っていた。

「ヴィクトル兄様……」

クラリスがわずかに表情を引き締める。

「事情があって、一時的に預かろうかと——」

「クラリス」

やわらかい声だった。

だが、それだけで言葉が止まる。

「ここは孤児院じゃない」

静かな指摘。

責める口調ではないのに、逃げ場がない。

「……分かってるわよ。でも」

クラリスがわずかに眉を寄せる。

その表情を見て、ヴィクトルは小さく息をついた。

「お前は昔からそうだな」

「え?」

「拾う」

ぽつりと、呆れたように言う。

だがその声音には、どこか優しさが混じっていた。

「……放っておけないのよ」

クラリスが小さく呟く。

ヴィクトルは一瞬だけ目を細め——それ以上は何も言わなかった。

そして、改めて少年を見る。

「で、お前だ」

空気が変わる。

完全に“当主の顔”だった。

「……面白い気配をしているな」

その言葉に、少年の笑みがわずかに揺れる。

「いいだろう」

「え?」

真琴が思わず声を上げる。

「置いてやる」

「ただし」

一歩、距離を詰める。

「俺の目の届く範囲でだ」

静かな圧が落ちる。

「妙な真似をすれば——」

言葉は最後まで続かなかった。

だが、それで十分だった。

少年は一瞬だけ黙り、

それからにこりと笑う。

「うん、分かってる」

その笑顔を見て、

ヴィクトルはほんのわずかに目を細めた。

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